第27回 ダ・ヴィンチ 編集長 横里隆さん

- とにかく中味と企画力で勝負。話題の出来事、噂の人物などと「本」の世界とをつなぐ、“本とコミックの情報マガジン”。すべての道は「本」に通ず。


- ダ・ヴィンチ
- 一冊定価:490円
- 発行間隔:月刊
- 発売日:毎月6日
- 出版社: メディアファクトリー

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メディアファクトリー
「ダ・ヴィンチ」編集長 横里隆さん 
- よこさとたかし 1965年愛知県まれ。ダ・ヴィンチ編集長。信州大学卒業後88年(株)リクルートに入社。93年より書籍情報誌準備室(現ダ・ヴィンチ編集部)に所属。その後『ダ・ヴィンチ』が(株)メディアファクトリーへ移管されるのにともない転籍。現在に至るまで、本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』の編集に携わる。
…言われました(笑)。
―何をやらかしたんですか?
何もやらかさないんです。編集知りませんし、できませんから何も。
僕は、てっきり先輩が教育係をつけてくれて、手取り足取り教えてくれるものだと甘えた考えをしてたんですね。「ばかやろう、編集なんて自分から学ぶものだ」と編集長は言いたかったんでしょう。カルチャーショックでした。
でもやりたかったことなので何とかついていこうと頑張りましたが、編集会議はきつかったです。「特集企画を300本考えて来い」と言われて、必死で考えたんですが、60本くらいしか出せず、ストレスから耳鳴り、めまいなどのメニエール病になったくらいです。
―1000本ノック(笑)
いやぁ、大変でした。でも鍛えられました。お蔭で雑誌は生き残ってますし、評価もいただいています。
僕がいま属しているのはメディアファクトリーになっていますが、ここはもともとリクルート出版だった会社です。現在は200人くらいの所帯で、音楽やゲームや映像を扱っています。
雑誌も音楽は「ザッピィ」ゲームは「じゅげむ」とあったのですが、残念ながら両誌とも休刊してしまいました。
―読者はどんな人が多いのですか。
読者層を年齢グラフで書くとピークがないんです。年配の方から若い方まで、なだらかに推移しています。
平均年齢をとると29歳くらいで、男女比も五分五分に近い感じ。葉書のアンケートですと7:3で女性ですけどね。だいたい下は中学生から上は40代くらいの本好きな人全部が読者だと思っています。
本好きの人って若い人もお年寄りも、ある程度同じ本を楽しめるんです。ですから作り手もあんまりジェネレーション・ギャップを意識しなくていいんです。
―読者の声は聞きますか。いわゆるCGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア。読者の投稿などで生成する媒体)的なものをどうお考えですか。

漫☆画太郎さんの描く強力な京極夏彦像
アンケートなど、参考にすることは多いですが、読者から寄せられた企画をそのまま使うことはほとんどないですね。
本というのは読むのに時間がかかるメディアですし、個人の生理が色濃く出るものなので、マスになりにくいんです。
CGM的なことで言えば、以前niftyに会議室を設けてみましたが、どうしてもネットワークが閉じていく傾向にあるんです。話題が個人的なものになって小さなっていく。ですから、そこに頼って何かを仕掛けても、マスではないので読者を限定してしまうんですね。
本好きのマーケットって、たぶん核の部分には非常にマニアックな世界があって、それは強い磁力にはなっているけど、そこに向けて雑誌をつくってもあまり売れないでしょう。そもそもコアな本好きは自分が何を読めばいいかとっくに分かっていますから、本の情報誌なんて必要としていません。
ですから、われわれの戦略は、その周辺にいるライトな読者なんです。広い層に向けていろんなチャレンジをしていこうと。
―なるほど。では、いま編集会議はどんな感じなんですか。
最初は気になるテーマのキーワード出しをかなりやりましたが、いまは昔とはちょっと変わってきています。
発売日の3ヶ月以上前に特集会議をやって向こう2ヶ月分を決めます。4月6日売りの号だと1月の会議で決まったものを2月に取材するといった具合です。営業も参加する会議でひとり2〜30本は企画を持ち寄ります。
僕が今44歳で、一番若い編集者が24歳。同じテーブルで企画を議論検討します。僕が一応リードしますが、基本は自由に話をさせます。僕が出した企画を若いスタッフが痛烈に却下することもしばしば(笑)。
―ダ・ヴィンチ文学賞について少し教えてください。

第4回ダ・ヴィンチ文学大賞も書籍化
今年で5回目ですが、クオリティは上がってきています。編集部が選んだものを読者から選んだ100人の審査員に読んでもらって、それから編集部で再度選考会議をします。選考委員に作家さんはいません。
作風は、あえていえば河出書房新社の文藝賞に近いかもしれません。最近の新人発掘型の文学賞におしなべて言えることですが、文学なんだけどエンターテインメントの要素もある、という作品が中心になりますね。
アイデア(原案)を募集する「ゼロワングランプリ」も、大賞受賞作品は小説化、別の入選作品はドラマ化と動いています。またオープン形式で、どこの出版社、会社が作品化(小説化、マンガ化、映画化、ドラマ化、ゲーム化など)してもいいようにしています。
―デジタル・メディアとの親和性は高いように見えますが。
ええ、でもwebも少ない人数でつくってますので、あまり大々的なことはできませんし、携帯の対応も遅れていると思います。
デジタルの世界にもいろいろトライしましたが、ダ・ヴィンチと永続的にタックを組んで新しい試みに挑戦しようという相手がいなかったというのが正直なところかもしれません。
―いま、仕事以外で打ち込まれているものはあるのですか。

山岸さんの人気連載は、幅広い層に支持されている
実はバレエ、クラシック・バレエです(笑)。
きっかけは、山岸凉子さんにバレエマンガを連載してもらってからなんです。「テレプシコーラ」ですが、すごく人気の高い連載です。山岸さんといろいろ話すうち自分もやらないわけにはいかなくなり・・・それで、レッスンを始めたのですが、女性のなかに入ってぴちぴちもっこりのタイツをはいて・・・たぶん周りにはゲイだと思われているんじゃないかな(笑)。
この歳で無理するからひざを痛めてしまって・・・これってわが身を知れですよね(笑)
(2010年2月)

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「ダ・ヴィンチ」の創刊編集長を務めた長薗安浩さんから、当時の苦労話を聞いたことがあります。創刊前に彼は過労で倒れ、病院のベッドから指示を出しながら雑誌を完成させていったという武勇伝でした。確かに雑誌の創刊、それも大きな創刊となると、1日が24時間しかないことがうらめしく思えるほどに大変です。
これでおしまいというような作業がない上に、協力してくれる著者や取材先、デザイナーらのクリエーターとのやりとり、スポンサーとの折衝、書店対応、メディア対応、キャンペーン、それに意外と気をつかう社内調整・・・考えただけでも恐ろしい。それでも、編集者は雑誌を創刊しようとする。なぜか、と言われても、それがレゾン・デートルであるかのように。単に会社の命令で片付くものではなく、そこに編集者の業のようなものを感じるのです。
横里さんは、何も知らない状態でそんな加熱した現場にいきなり投げ込まれ、編集長から「辞表を書け」としかられながら、自分の編集の世界をつくりあげていった人です。飄々とされていますが、人に言えない苦労もたくさんあったことだと思います。自分でつくりあげていった世界が形になり、世に出て評価にさらされる。仮に高い評価を得ても、儲からないと潰される。なんで好んでそんな割に合わないことを・・・と思う人も多いはずです。でも、彼もまた編集者の業のようなものに突き動かされたひとりなのでしょう。
アラーキーこと荒木経惟さんが巻頭でタレントさんを撮っておられます。撮影場所のルージュというバーは新宿にある荒木さんのいわば夜の事務所。話しているうち、横里さんも私も酔っ払って荒木さんとディープキスした(笑)仲間だということがわかりました。

インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。
「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。




