第63回 FJ(フィナンシャルジャパン) 編集長 濱田優さん

- 金融経済月刊誌『フィナンシャル ジャパン』が、2011年7月号から大幅にリニューアル!「“攻める”オトナの教養マガジン」と題して、経済や金融はもとより、政治や文化、ビジネス、キャリアアップなどをテーマに、大学生から 40〜50代まで幅広く楽しめる内容に生まれ変わりました。


- FJ(フィナンシャルジャパン)
- 一冊定価:500円
- 発行間隔:月刊
- 発売日:毎月21日
- 出版社: ナレッジフォア

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ナレッジフォア
「FJ(フィナンシャルジャパン)」編集長 濱田優さん 
- はまだまさる 1974年山口県生まれ。96年岡山大学卒業後、読売新聞西部本社。退社後、社会人学生を経てナレッジフォア入社(web・映像ディレクター)。フィナンシャル ジャパン編集記者、デスクを経て09年編集長に就任。
…“教養”ということです。広告的にも金融という面を押しだすのはきつかったですし。
“教養”ということです。広告的にも金融という面を押しだすのはきつかったですし。
教養を前面に出したのは、やはりこんな時代だからこそ引きこもってないで、若者がしっかり議論をして意見を闘わせてメッセージを出していかないと、世の中よくならないという気持ちがあったからです。豆知識じゃなく、ちゃんとした知識と知恵、そして教養を身につけて、議論して、攻めて行こうというメッセージを出したいんです。
―「SPA!」っぽい匂いもあります。

編集長の近頃の愛読書は
特に狙っている世代は20〜30代の男性なので、近いかもしれません。でも書店などのデータを見ると30代〜40代の男性が中心のようですね。
「ロールキャベツ男子」って言うじゃないですか。中味は肉食なんだけど草食の皮をかぶっている。あんな感じですよ。見た目からして、「起業しようぜ!」みたいに肉食だとひいちゃう人も多いんじゃないかなあ?(笑)。
ですから、オタクカルチャーっぽいものを表に持ってきて、興味をもってもらって、中ではしっかりゲーム理論や政治哲学を学べる。そんなつくりを目指しています。
―濱田さんはどういう経緯でこちらにこられたのですか。
僕は最初、新聞記者だったんです。でもあまり“いい新聞記者”にはなれそうもなかったし、一生転勤暮らしは避けたかったので、辞めて2年間webやCGについて勉強しなおして、web・映像ディレクターとしてこの会社に採用されたんです。
だから最初はFJの取材にくっついて行ってビデオ回して、それをwebで配信してました。でもYouTubeなどが出てきて課金も難しくなってきたとき、「お前、記者あがりだから原稿書けるだろ」ということで、原稿を書いたり編集をしたりするようになった。そしてデスクをやった後、2009年から編集長です。
―ネット読者との接点も多いのですか。

次号の表紙もこれで校了に
多いほうではないでしょうか。でも彼らをリアルに集める場所をつくらないといけないと思います。それはマネタイズの点からもブランディングの点からも。
以前は、雑誌で個人投資家を集めてセミナーをやっていましたが、いまは投資に限らずあらゆるテーマで読者をリアルに集めるイベントをやらなければいけないと思っています。取材に読者ご招待とか(笑)。Facebookのページで「いいね!」をつけてくれた読者中心に集めて何かするとか。ネットをツールとして上手につかってリアルにつなげる、これが当面の課題ですね。
(2011年7月)

- 大幅なリニューアルをして、「FJ」の新創刊をされた濱田さん。確かに表紙のインパクトはあるし、特集もニューアカ(ごめん、古いですねw)の再来かと思わせるもので、一見、金融や投資を扱ってきた雑誌とは思えないものになっています。
表紙で思わず微笑んでから、中味を読み進めるに、これがなかなかしっかりとつくられていて、この人の雑誌好き度合いが分かります。ディテールにもコワザがあって、それがネットメディアとの親和性を高めてもいます。
新聞記者を辞めて、自分で新しい表現を模索されてきた濱田さんの新たなる試みには、可能性がつまっていると思いました。

インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。
「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。




