第60回 子供の科学 編集長 柏木文吾さん

- 1924年創刊の小学校高学年・中学生向けの科学雑誌です。次世代を担う子供たちに“科学の入口”を提供しています。内容にはかなり高度なものも含まれますが、優しく解説されていて、親子で楽しめるつくりになっています。
…「アウトドア・サイエンス・クラブ」。おじさんと子供が無人島に流されて、そこから知恵を使って脱出するというゲーム仕立ての連載記事。海水を真水に変える方法とか保存食のつくり方とか、自分が主人公になってサバイバルゲームを楽しみながら、体験的に学んでいけるものになっているので、親子で楽しめるようです。
―柏木さんも科学少年だったのですか。

顕微鏡のある編集部は珍しいかも
はい、それはもう(笑)。僕は宮崎の田舎で生まれて育ちました。小さい頃から「子供の科学」や「天文ガイド」はよく読んでいました。最初は虫にはまって昆虫博士といわれるほどのめりこみ、そのあとは宇宙です。小学校の高学年で、夏休みには天体望遠鏡もって明け方まで寝ずに、オリオン座が上ってくるまで空を見ているような子でした。
そして自分で集めた虫や、夜空を眺めて得たものをノートにまとめたりしているうちに本をつくりたいという思いが、そんなことをするなかから自然と沸いてきたのかなと思います。
かっこつけて言えば、その頃の自分に向けていま本をつくっている、って思っているんです。
―雑誌を編集するうえで気をつけておられることは。
やはり全体のバランスには気をつかいます。科学という名の下で何だって扱うことができるわけですから、あまり偏っては読者が離れてしまう。編集部は僕を入れて3人ですから、どうしても得意分野に偏りがちなんですね。
それと、子供向けだからといって決して手を抜かないこと。子供の目のほうが鋭いし、知識においても優れていたりしますので、やはり内容は高度で深いものにしておかなければなりません。
だいたい4ヶ月くらい先まで企画を決めて動いています。今回は震災で大幅にスケジュールは乱れましたが。
―震災や津波も取り上げておられます。

編集部は本と資料であふれている
はい。タイムリーなテーマに応えることは大切です。次は原発も扱おうと思っています。いまの段階ではまだどういう扱いにするかは言えませんが、私は長期的に見て脱原発ということを考えていかねばならないと思っています。反原発ではありません。脱原発です。原発は過渡期において必要な技術でした。でも読者が大人になるころにはいまの原発がすでに過去のものであってほしいと。
つまり、ここが科学を学んで欲しいところで、科学って現状をベターな方向にする気持ちから生まれます。現状に疑問を持ち、それを克服しようとする気持ち、これが科学の目だと思うんです。
子供の時に見た一枚の写真、ひとつの記事をいまだに覚えていたりするんですが、ひとつの記事が将来を決めることだってあるし、一生その人のなかに残ることもあります。
それを思うと本当にこちらも真剣勝負しないといけないと、常に思うんです。
―タブーなテーマはあるのですか。
酒、タバコ、性の問題はまだ扱えていません。とくに性の問題はしっかり扱いたいと考えていますが、まだ落としどころが煮詰まっていないんです。でも、これはやります。
―子供たちって、どんなこと聞いてくるんですか。

味わいのある昔の表紙
いろいろ各論的に聞いてくるんですよ。子供たちの疑問に全部応えることはできませんが、かなり参考にさせてもらっています。web上でQ&Aをやれるようにも検討しています。でも実情は、読者である子供たちが自由に家でパソコンを使える環境にはまだありません。家にパソコンはあるのですが、ネットの世界には変な情報もあるので親が規制していますしね。
紙の雑誌は手で触れて五感で感じられて我々にはわかりやすいのですが、これからはやはりデジタルになっていくかもしれませんね。意外と簡単にするりとデジタル化されてしまうのかもしれません。私だって手書きからパソコンで書くようになってもはや違和感がないわけですから、デジタル・ネイティブ世代は我々の予想をはるかに超えたことをしそうですね(笑)。
(2011年5月)

- 学研の「科学」が休刊になったとき、少なからずショックを受けたのは私だけではないと思います。とくに私のように高度成長期に少年時代を送った男の子は、たいてい理科好きだったのではないでしょうか。なにせ白黒テレビで「鉄腕アトム」ですから(笑)。科学が未来を切り拓いてくれると信じ、プラモデルを作りまくり、実験と称して怪しいことをしまくっていたころです。雑草の生えた広場には土管やタイヤが積み上げてあって、そこを基地と称して日の暮れるまで一生懸命遊ぶ。学校の勉強なんかしません。ランドセルを家の玄関に投げ捨てるとあとはひたすら遊ぶだけです。でもそんななかで、遊びと科学は密接に結びついていたんですね。
それを考えるといまの子供たちは最初から体験的に学ぶ機会を奪われていてかわいそう。やはり子供はフィールドでちゃんと遊ばなければ、学ぶこともできないと思います。この雑誌にはそんな子供たちへの応援メッセージが痛いほど詰まっています。
柏木さんは、少年時代の自分に向けてこの雑誌をつくっている、と言われましたが、よく分かります。同時にいまこんな雑誌の編集ができる人を羨ましいとも思いました。

インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。
「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。







