第19回 山と渓谷 編集長 神谷有二さん

- ストレスの多い日常生活を送っていませんか。特に都会の人や情報の洪水のなかなどで暮らしていると、「山」という大自然は憧れの対象になってしまいます。そんなときこの雑誌を手にしてみてください。見ているだけでも癒されますよ。
…位置付けされる雑誌なんだと思うんです。
よく競合誌として「岳人(東京新聞出版部)」があげられますが、あちらはより専門的ですね。うちはあくまでも一般的で山の初中級者向けの雑誌だと思います。
―2007年にリニューアルされていますが、インプレスによる買収となにか関係していますか?
いえ、インプレスとの関係はありません。大きな編集方針の変更はありませんでしたし、具体的な編集部企画に関しては、親会社は関与していません。
むしろ、もっとふつうに雑誌をつくろうよ、といった雰囲気のなかでのリニューアルでした。あまり専門的に難しくしないで、脱アルピニズムで一般的な登山雑誌として基本に返ろうと。その流れの上に僕が編集長を引き継いでいる形です。
僕になってからはより原点回帰というか、素直に“山が好き”という人へしっかりしたメッセージを届けたいという気持ちで編集しています。
山を難しく考えるのではなく、読者に自然と山に行きたくなるような気持ちを持ってもらえることが大事です。
普通の山好きの話題でいえば、ことしの6月号は「剱岳と新田次郎」を特集しましたが、これは完売しました。話題の映画「劔岳 点の記」の公開にあわせた企画でしたが、こういうテレビや映画からの相乗効果というのも大いに期待できますね。
―古きよき伝統のある媒体ですが、その伝統を次世代に伝えていく役割を担われています。後世に伝えるものとして何に一番重きをおかれますか。

各県の山のガイドも貴重な資料だ

日本中の山の地図も保管されている
山や自然というものに対して謙虚であれ、ということです。ともすればわれわれはこのところを忘れがちです。そこは常に忘れないで、編集の基本にもおいているつもりです。
その前提の上で新しいスポーツ、たとえばトレールランニングなどのスポーツが山の世界に入ってきても、やみくもに排除するのではなく、受け入れて発展させていく。山の世界を小さな世界観で閉じ込めないほうがいいと思っています。自然に対する謙虚ささえあれば。
逆にその基本がないと、大きな事故につながってしまいます。
「ヤマケイ」としては、それにプラスアルファとして、しっかりとした情報……まぁ、情報と言うよりは“知恵”と言った方がいいかもしれませんが、そんなものを伝えることに重きをおいています。
つい最近の残念な例では夏山史上最悪の遭難であるトムラウシ山の事故がありましたが、これについては10月号の巻頭から特集、事故をしっかり検証して、二度とこのようなことが起きないように読者にもしっかりした知識と情報を共有してもらうべく努力をしています。
―あとは環境問題ですね。
そうですね。安全と環境は欠かせないテーマです。
昨今、山に登る人たちのマナーは大変よくなってきていますし、山小屋の環境対策もしっかりしています。やはり自然に親しむ人たちは環境意識が高いと思います。自分たちのフィールドは自分たちで守らなきゃということをよくわかっています。
でも、たとえば鹿がこの10年くらいで日本全国で大量に増えているといった事態があります。ハンターの数も少なくなっていますので、彼らはどんどん数を増やし、分布を拡大しています。それに伴って森や高山植物が大きな被害を受けています。
環境問題といえば自然と人間との共生ということですが、このように登山者が直接自然に接することができるような問題はさまざまありますね。
―ヤマケイのように古くても価値のある専門情報は、デジタルアーカイブ化しておくことでより価値が増すと思いますが、そのへんはいかがですか。
うちは雑誌のwebサイトもない状態で(笑)。
山小屋などの情報を知ることができる「山と渓谷モバイル」(yamakei@mail.cave.co.jp)というのはありますが、あとは何もない。
やったほうがいいのは分かっていますが、まあ、これは会社全体のタイミングの問題ですね。
確かに若い人たちの間でも、とくに女性など、山に登る人は最近かなり多いんですよね。今年の夏に涸沢で山を愛する人たちが集うフェスティバルを開催し、大変好評でした。それを見ていると、やはり若い世代に対する情報はwebや携帯とうまく活用した展開が不可欠です。ぜひお力を貸してください(笑)。
―編集長の好きな山を教えてください。

編集長が富士山好きになった別冊
そうですねえ・・・知床の羅臼岳、山形朝日連峰の大朝日岳、それに・・・やっぱり富士山かな。
羅臼岳は頂上に登ると知床半島が見事に眼下に広がって美しいんです。大朝日岳はなんといってもブナの森の美しさとたおやかに続く懐深い朝日連峰の山並みがすばらしいです。
それに富士山は、いろいろ言われますが、これは登山のピュアな喜びのある山です。混んでいるし、寒いし、高山病で頭痛いし・・・ひどいことばかりなのですが、ただ登頂の喜びだけのために登るという意味で、本当に純粋になれる山ですよ。
ちょうどきのう雲仙普賢岳に登ってきましたが、普賢岳もおもしろかったですよ。火山のパワーを実感しました。
―それは仕事ですか(笑)。
もちろん仕事です(笑)。「ヤマケイ」の著者は全国にいらっしゃいますし、スポンサーも同様です。
そんな方々と酒を酌み交わし山を語り、ともに登るのもわれわれの大切な仕事です……というと、うらやましがられるんですが(笑)。
(2009年9月)

- ヤマケイの編集部は都会のど真ん中にありながらどこか山小屋の風情があります。編集長の神谷さんはさながら山小屋の大将・・・といっても、いかつい人ではなく、柔和で自然好きな研究者。
/>/> 山好き、かつ活版雑誌で育った私には、この都会の異空間の匂いがなんとも心地よい。時間もゆったりと流れているようでした。
「山と渓谷」というシンプルで詩情豊かな響きは、田部重治の著書の表題から頂いたものだそうですが、ワーズワースの世界が目の前に広がるようです。神谷さんは、そんな伝統の最先端にあって古きよき時代精神ををいまに伝え、いまに生かす、貴重な語り部でもあるようですね。

インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。
「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。







