今なぜ幕末・維新か?現代の政治・経済・社会の難問を解くカギ、新たな時代へのヒントがそこにあるから。

世界ぶらぶら縄文探求漫遊紀

日本主義 No.07 発売日: 2009/07/04

Original

16弁の「菊のご紋」さまの古代彫刻

1、リビア
ー古都の自由への道

三月、リビアに行ってきた。飛行機は、静かにリビアのトリポリ空港へ降下して行った。
懐かしさが胸に込み上げてきた。三十数年振りのリビアへの訪問である。過去の出来事が走馬燈のようにクルクルとまわり始めた。
一九七〇年代リビアは、最高指導者カダフィが権力を掌握して間もない頃であった。
イスラムを軸としたアラブ文化は、当時の私にとってはまるで異文化であり、最初のリビア訪問は異文化への旅でもあった。リビアには長期滞在する予定であった。
イスラムが何故多くの人たちの心を捕らえたのだろうか。ムハンマドが登場した当時、カソリックは、各地の貿易中継点において、貿易商から法外なマネーを徴収していた。これで不利益を被るムハンマドのようなラクダ隊商は、ビザンチンの連中と組んで、カソリックの悪習を打破するために立ち上がったのだった。
これが民衆に受けて、たちまちの内にイスラムは広がっていった。
だが、イスラム・リビアで大変奇異に感じることもあった。リビアの人たちが厳しく禁酒していることであった。トリポリもベンガジでもホテルやレストランでは酒を飲めなかった。暑い砂漠地帯で酒を飲んでいたら、生命に危険を及ぼすであろうから、合理的な根拠があるようにも思えた。しかし、オアシス地帯やトリポリやベンガジなどの都市での禁酒については、疑問が残った。
案の定、禁酒の戒律も、結構抜け穴があるみたいで、リビアの指導者は、ヨーロッパに行った時は飲んでいるらしい。
それができるイスラム上の解釈もあるらしかった。トリポリのある家庭を訪問した時、そこで、こっそり自家製のビールをご馳走になった。
禁酒の話はさておいて、前回のリビア訪問で一番印象に残ったのは、トリポリの人民考古学博物館を見学した時の体験である。入口を入ったところに相当古い時代の大きな記念碑が展示されていて、その頂点に一六弁の菊がデザインされた飾りがあった。仲の良かった異色の作家、故矢切止夫さんにその点に触れて絵葉書を送ったところ、「天皇アラブ渡来説」なるものの根拠とされ、同名の彼の著書にまでなってしまった。しかし、後で良く調べたら、菊のマークに見えたデザインは、太陽のシンボルマークとしてよく使われていたらしい。日本のアマテラス神は太陽神であるから、天皇家と太陽のシンボルマークが結びついてもおかしくはないのではあるが。

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