北海道○帯広「小川」

蕎麦春秋 VOL.14 発売日: 2010/07/26

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最初は、ただただ蕎麦、蕎麦、蕎麦。
何もわからなかったから手当たり次第、やれることはすべてやってきた。
主人の小川昌弘さんは蕎麦屋開業からのこの二十余年をそう振り返る。
かつて東京の某蕎麦屋の主人は、小川さんをして「宇宙人」と評した。
浮世離れというのとは違う。蕎麦屋ではあるが、蕎麦屋の通念では計り知れない蕎麦の世界に一人遊んでいる。
それくらい蕎麦に魅了された希有な人、といった意味合いであった。
当人すら予測もしなかった領域に、いつの間にか足を踏み入れていたのだろうか。
きっかけは思いもかけないところに埋もれていた。
地元デパートで食品を扱っていた小川さんは、贈答品として「手刈り蕎麦」と銘打った乾麺開発の企画を担当する。
「地場産品の掘り起こしということでいろいろな農作物を扱う中で、なぜか蕎麦には強烈に引きつけられたんです。一気にのめり込んでしまっていました」
病膏育に入る。
小川さんの四十歳を過ぎてからの蕎麦人生は、蕎麦屋への転職というより、蕎麦そのものへの尋常ではない傾倒から始まっていたようである。
平成元(一丸八九)年に勤めを辞めた小川さんは、翌年七月に「小川」を開業した。
修業は、蕎麦教室と某有名蕎麦屋でのわずか数力月だが、年齢のこともある。
当人にとっては致し方のない選択だったに違いない。
めざしたのは「自分かすべてを手掛ける蕎麦屋」。
すべてとはたんなる自家製粉にとどまらず、蕎麦の栽培まで遡ることを意味する。
帯広のある十勝地方は古くからの蕎麦の一大産地。
その地の利を生かしてというのはあり得ない発想ではない。
開店二年後には一町の畑を借りて栽培に挑戦している。
昔ながらの手刈り天目乾燥だったが。
「見事に失敗でした。やはり蕎麦屋の片手間にできる仕事ではない、専門家に任せるべきだと悟りました」
ただし、専門家である農家が栽培するからいいとはならないのが、蕎麦のむずかしいところである。
たとえば手刈り天日乾燥にしても、水分調整など収穫後の処理がまずければ何にもならない。さらに、保管の仕方一つで蕎麦の質は大きく左右される。 

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