どこまでが此ウチ頃!?曖昧な輪郭が現す住まい。

Casa BRUTUS Vol.107 発売日: 2009/01/10

Original

あらゆる方向で外につながる室内。
単なる此穴頃とガラスをはめ込ん
だ此穴頃とが重なり、今いるのが
室内か屋外かを見失ってしまう。

室内にいるのに外にいるような、あるいは外にいるのに室内にいるような……。
シンプルな住空間が無限に変化する。それは見たこともない建築です。
家。その言葉が指すのは、どんな範囲なのだろう?
藤本壮介による<House N>に、そんなことを考えた。大分駅近くの住宅街。
大きすぎも小さすぎもしない家々が行儀よく並ぶ、日本のどこにでもある風景だ……突如現れる、巨大な真っ白の箱を除いては。
 子供が自立し、夫婦2人と犬とで暮らす施主のために藤本が提案したのは、入れ子状に重なる3つの箱。
いちばん外側の箱は敷地全体を覆い、外部とも内部ともつかない庭をつくる。
2番目の箱の内側が室内で、これが3番目の箱によってスペースを区切られている。
リビングダイニングのほか、主寝室、畳を敷いたスペースと、住まい部分は最低限のもの。
しかし窮屈な感じが全くしないのは、それぞれの箱にランダムに切り取られた、四角い“穴”のせいだろう。
場所を変えるたび、外の景色や空の見え方がさまざまに変化する。
 いちばん内側の箱の中、リビングダイニングは、“穴”によって外につながっている感覚はあるが、都合3枚の箱に囲まれ、よりプライベートで親密な雰囲気。
対していちばん外側の箱、半外部の空間に敷かれたデッキテラスの椅子に腰を下ろせば、殻に守られたような感覚は残しつつ、“穴”の向こうの通りの往来がぐっと近くに感じられてくる。
つまるところいちばん内側の箱から外側に向けて、「外部のような内部」から「内部のような外部」へとグラデーションを描きながら連なり、最終的に外部(街)に至るのである。
そのどこからどこまでを、「家」と規定するべきなのか?
 家の輪郭が引きづらいのだ。
バタンと玄関のドアを閉めれば内側と外側が隔てられる、これまでの住宅とは全く異なる家が、ここにある。
 家の中と外が、この住まいではごく曖昧につながる。
壁'枚でしかなかった境界線を、藤本は無限の空間に引き延ばしてみせた。

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