蕎麦春秋 関連記事

リベラルタイム出版社 ソバシュンジュウ

Special Interview

Special Interview 信州・安曇野と松本を舞台にしたNHK の連続テレビ小説『おひさま』は、主人公・陽子(井上真央)が昭和の激動を、希望を忘れず、明るく生きる一代記。陽子の義理の父で、松本の老舗そば屋「丸庵」の店主を演じる俳優・串田和美さんにドラマとそばについて、話を伺った 終戦を迎えて、陽子の旦那が帰ってきて、一緒にそば店を切り盛りするんだけど、戦後はそば粉等材料もない。そんな中、家族みんなで終戦直後の苦労を暗くならずに、明… >>続き 蕎麦春秋 Vol.18 2011/06/24

埼玉◎秩父「こいけ」

埼玉◎秩父「こいけ」 迷信めいた話ではあるが、数え年の四十二歳と六十一歳は男の厄年ということになっている。厄災に遭う恐れが多く、忌み慎むべき年齢。とりわけ四十二歳は大厄という。しかし、小池重雄さんにとってこの厄年はまるで意味合いの違うものとなった。 小池さんが玄蕎麦からの石臼自家製粉を導入したのは昭和六十一 二九八六)年。これによって「こいけ」の蕎麦はがらりと変わったわけだが、この年は満年齢で四十一歳、すなわち大厄であ… >>続き 蕎麦春秋 VOL.16

江戸蕎麦と「遊女」

江戸蕎麦と「遊女」 高価な「夜具」を贈る 川柳に、 一分が蕎麦を食に行きのびた客 一分は四分の一両。銭に換算すれば一両六千文として一千五百文。一杯十六文の二八蕎麦を九十杯ほどの勘定になる。 吉原の中級以上の妓楼(遊女屋)では、仕出屋に誂えさせる料理を台の物という。川柳ではその代金はすべて一分。蕎麦も同様ということらしい。でれでれ鼻の下を長くするのと、蕎麦の縁語「のびる」を掛けた句である。まともなやつなら、蕎麦なんぞにそん… >>続き 蕎麦春秋 VOL.16

軍鶏そば 埼玉・さいたま「三次郎」

 軍鶏そば 埼玉・さいたま「三次郎」 「三次郎」の屋号は、ご主人の小島一浩さんが、五代前の先祖の名前からとって、二〇〇四(平成一六)年に開店した。「周りが近代化する中、もとは『長屋(作業場)」と呼ばれた古い建物を保存する目的で改築し、田舎風の料理屋にした」という通り、店内は古民家風の作りだ。売り物の「奥久慈・軍鶏」は、奥さんの出身地である茨城県久慈郡大子町周辺が産地で、肉質の柔らかいブランド肉。この軍鶏を使った「軍鶏そば」は、軍鶏の胸肉… >>続き 蕎麦春秋 VOL.15

北海道○帯広「小川」

北海道○帯広「小川」 最初は、ただただ蕎麦、蕎麦、蕎麦。何もわからなかったから手当たり次第、やれることはすべてやってきた。主人の小川昌弘さんは蕎麦屋開業からのこの二十余年をそう振り返る。 かつて東京の某蕎麦屋の主人は、小川さんをして「宇宙人」と評した。浮世離れというのとは違う。蕎麦屋ではあるが、蕎麦屋の通念では計り知れない蕎麦の世界に一人遊んでいる。それくらい蕎麦に魅了された希有な人、といった意味合いであった。当人すら… >>続き 蕎麦春秋 VOL.14

鉄道で訪ねた悠久の出雲蕎麦

鉄道で訪ねた悠久の出雲蕎麦 非日常の極地 旅の楽しみは、移動する過程にこそある。飛行機で雲の上を飛び越えるか、あるいは自分でハンドルを握り、愛車を繰ってハイウェイを駆け抜けるか。いずれも楽しい旅の形だ。 しかし、寝室ごと、夜の町を運んでくれる寝台列車の旅は、なんといっても一番の贅沢だろう。非日常の極地といってもいい。夜の闇を駆け抜ける、この不思議な魔法の絨毯に乗り、神々の国・出雲の、うまい蕎麦を味わいに行こう。 ひと豊前のブルートレインとは… >>続き 蕎麦春秋 VOL.14

天ぷら

天ぷら 「文政時代」の川柳に登場 具をあしらった蕎麦を種物という。概ね、温かいかけ蕎麦に具をのせる。そのため最近は、蕎麦の風味が損なわれると嫌う蕎麦屋もままあるようだが、江戸喬麦の伝統に則るならば絶対にはずせない品書きである。 その代表格として天ぷら蕎麦の右に出るものはないだろう。江戸云々は別にしても、一般に、蕎麦屋が暖簾を出すに、まずはずせない品書きのひとつといっていい。 天ぷら蕎麦がいつ頃発明されたもの… >>続き 蕎麦春秋 VOL,13

石川◎金沢「更科藤井」

石川◎金沢「更科藤井」 午後六時半から午前二時。夜だけの営業で、しかも深更に及ぶ。場所は石川・金沢の繁華街片町。犀川大橋東詰の路地裏である。営業時間、立地ともやや特殊な部類に入るだろう。 客席はカウンター五席にテーブルが二卓。わずか九坪ほどの小体な店である。しかし、蕎麦屋としての評判はおそらく市内随一ではないか。週末には席待ちの行列が当たり前の光景となる。価値のある店である。 金沢は昔からのうどん圏。蕎麦の伝統が極めて希薄な土地柄… >>続き 蕎麦春秋 VOL,13

東京◎水道橋「浅野屋」

東京◎水道橋「浅野屋」 「町場」という言葉がある。本来は、人家・商家の入り交じる町の中というほどの意味だろうが、どちらかというと「街」のように取り澄ましたところのない、普段着の町といったニュアンスが強い言葉だろう。 かつて、この言葉は飲食業でもよく用いられた。たとえば、昨今のフレンチではなく重々しくフランス料理と呼ばれていた時代、料理人の仕事は町場とホテルと分けて語られたものだ。当時、ホテルのレストランはいわば先端の「街」であった。 今や、こうい… >>続き 蕎麦春秋 VOL,12

東京◎築地「さらしなの里」

東京◎築地「さらしなの里」 店は築地市場から本願寺を越えて新富町に出る手前、新大橋通りに面した白壁の一戸建て。玄関脇には小さいながらも石をあしらった前栽があり、すっきりして品のよい、東京の商家らしい佇まいを見せる。平成十五(二〇〇三)年五月、通りをはさんで反対側の路地にあった旧店を移転したもので、赤塚滋行さんはこれを機会に老舗の四代目を継いだ。三十歳の時のことである。「さらしなの里」は明治三十二(一八九九)年、墨東の下町、深… >>続き 蕎麦春秋 VOL,11

「いまの品書きを大切にしていきたい」

「いまの品書きを大切にしていきたい」 手打ち蕎麦の名店として知られる「神田まつや」だが、その店構えも話題になることが多い。普請は八十年余り前の昭和二(一九二七)年。幸い戦災を免れ、昔の蕎麦屋の佇まいをほとんどそのまま残しているからだ。たとえば、店の顔である正面中央。竹垣をめぐらせた小さな前栽があり、その左右に「生そば」の暖簾の掛かる玄関と袖看板の行灯が二ヵ所。玄関の引き戸の上には、松葉を象った明かり窓がある。格天井や障子の格子模様と白… >>続き 蕎麦春秋 VOL.10

錦そば

錦そば 東京・一番町に店を構え、今年で二十六年目。ご主人の吉田伸一さんは、関西の割烹や、精進料理、蕎麦店で十二年間腕を磨いた。「錦そば」は、開業当時からある看板メニュー。七種の具材(千切りにして煮込んだにんじん、椎茸、ごぼう、うす揚げと、湯葉、錦糸卵、焼き海苔)と薬味の三つ葉がのった彩り豊かな一品。「豚の背脂と千切り野菜を煮た『沢煮椀』がヒントになりました。ただ、豚の背脂は蕎麦には合わない。代わりに甘辛く煮たう… >>続き 蕎麦春秋 VOL.10

伝統に胡坐かかない東京最古の「老舗」

伝統に胡坐かかない東京最古の「老舗」 「巴町砂場」は、数ある「砂場」の中で最も古い暖簾を下げる蕎麦屋であり、東京の蕎麦屋の中で最も古い店でもある。萩原 昭さんで五代目になる。ただし、五代目というのは、江戸時代後期の天保十年(一八三九)に現在地で営業を始めてからの話である。もともと「砂場」の発祥は大坂。「巴町」がその支流であることはほぼ間違いのないようだが、江戸へ出た時期や店を構えた場所など天保以前の経緯が未詳のため、現在の場所で代を数… >>続き 蕎麦春秋 VOL.09

おかめそば

おかめそば 赤坂は再開発が進み、かつてとは様変わりしているが、一本奥まった通りのビルの間で、開業時(一九六四年)の姿をそっくり残しているのが、ここ。元は置屋だった。お店は通し営業。いかにも「蕎麦屋で一杯」やりたくなる風情だ。ご存知通り「天ぷらそば」が一番人気。だが、「おかめそば」も侮れない。蒲鉾は目、鼻は海老、玉子焼きは頬、椎茸は口と見立てる。昆布で結んだ湯葉はリボンにあらず。「島田湯葉」と称し、「文金高島田の… >>続き 蕎麦春秋 VOL.09