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阪神タイガース たいがーず

22人目 川藤幸三

何事にも左右されない男。常に肩で風を切って歩く男。そして、三枚目。言動から想像すると、元クレージーキャッツ・植木等さん(故人)演じる〝無責任男〟がピッタリくる。今回、第七代OB会会長に就任した川藤幸三さんが醸し出す雰囲気だが、私、同会副会長の立場上、身勝手なリーダーを選ぶわけにはいかない。選出の基本はいうまでもない。まわりに気配りのできる人。現役選手をはじめ、若手OBに信望が厚く、誰にでも声がかけられる人材であ… >>続き 月刊タイガース 2011/02/01発売号 (2月号)

21人目 並木輝男

東京生まれの、東京育ち。紛れもない〝都会っ子〟。並木輝男(故人)さん。出身校は名門・日大三高。エースで四番。大黒柱として甲子園球場での全国大会で大活躍。年齢はひとつ違い。その雄姿は高校時代から、この目でしっかりと見届けている。名声はすでに全国区。当然マスコミの注目度は高い。取材慣れしている。大舞台を経験しているからか、物怖じしたところはない。容貌はどちらかというとオッサン顔。ちょっぴりおませな若者に見えた。… >>続き

20人目 鎌田実

鎌田実さん。まさに“職人”だった。普段は、そんなそぶりは見せないが、ある時、あることに関して、突然頑固になる。人の話に耳を貸さなくなる。何が気にいらないのかわからない態度をとる。全く無愛想で箸にも棒にもかからない人間に見える時があるが、そんな時でも 仕事をさせたら、実直で正確。寸分の狂いもなく、実に見事に仕上げる。自分の技術には絶対の自信を持つ守備の人。打ち取った打球がセカンドへ飛ぶ。平凡な… >>続き

19人目 三宅秀史

『長嶋が、横っ飛びでファインプレーにする打球を、三宅は体の正面でなんなく捕球していた。打球に対する出足、そのあとの処理すべてを総合すると、三塁の守りでは三宅がナンバーワンだろう』 巨人等で采配をふるい、三塁のコーチャーズボックスから攻撃の指揮を執っていた、水原茂さん(故人)のこんな談話を目にしたことがある。かつては、本人も名三塁手といわれた選手だった。目の前でプレーを見ていた人の評価だから間違いはない。 三宅秀史さん。… >>続き 月刊タイガース 2010年11月号

18人目 吉田義男

タイガースを唯一“日本一”に導いた人。吉田義男さん。二度目の監督に就任した年である。掲げたスローガンが、フレッシュ、ファイト、フォア・ザ・チームのスリーF。ペナントレースに突入する。第一目標のスタートダッシュに成功した。勢いに乗るかと思ったが、なにぶん、優勝から遠ざかること二十年。重圧はのしかかる。中埜肇社長(故人)の不慮の事故が重なった。一時は、広島に首位を明け渡す時期はあったが、優勝が見え出してからの同監督。インタビューでは『… >>続き 月刊タイガース 2010年10月号

17人目 岡崎義人

〝小さな巨人〟正式な身長、体重は定かでないが、現場で選手達と一緒にいると、なおさら小さく見える。ところがである。小柄な身体に似合わず、やることは 大胆な人だった。岡崎義人元社長(故人)。野球大好き人間。大学(京大)時代は野球部に在籍。名二塁手として大活躍されたとか・・・。阪神タイガースでは 役員として十二年。その間、常務取締役、同球団代表、専務取締役を歴任して、1985年、十月二十一日、取締役球団社長に就任。こ… >>続き 月刊タイガース 2010年09月号

16人目 小津正次郎

今ある私の恩人の一人。タイガース復帰へ手を差し延べてくれた人。小津正次郎元社長(故人)。お蔭様で、大好きな野球に携わったまま、定年退職を迎えることができた。本当に幸せ者だと思うし、大いに感謝している。当時の同社長を思い浮かべてみる。実に情の深い、人間味のある人だった。面倒見も良かった。ファンを非常に大事にする人でもあった。マスコミ報道などで、世に知られる『オズの魔法使い』とか『ブルドーザー社長』という、ダーティーなイ… >>続き 月刊タイガース No.391

16人目 安藤統男

激情的である。頑固者である。天の邪鬼でもある。我がままな人特有の気性すべてを持ち備えていたが、意外や、もうひとつ、性格から見て珍しい一面があった。人の話を聞く耳を持っていたことだ。無理矢理自我を通すところ、自重するところを心得ていた人。しかし、久々の対面も安藤氏が監督として、私が広報担当としては初めての体験。お互い、野球の本質、マスコミの内幕は知り尽くしているものの、不安がないはずがない。キャンプに入っ… >>続き 月刊タイガース No.390

15人目 安藤統男

安藤統男元監督(現評論家)。凡プレーが続くものなら、ベンチの中は大変。大声で怒鳴る。火鉢に限らず、手当たり次第に物を蹴っ飛ばす。関東出身。口調はベランメイ調。おまけにガラガラ声。迫力は満点。性格は温厚そうに見えて、実は短気。反面、聞く耳を持った理解ある人。勝敗の全責任をかぶる立場。いつ解任されるかわからない身分。悔いを残さず、己の野球を貫くためには我がままであってもいいはずだが、我々の意見でもよく聞いてくれ… >>続き 月刊タイガース No.389

14人目 藤井栄治

口数が極端に少ない。無愛想に見える。ぶっきらぼうにも感じる。典型的だった選手が藤井栄治氏である。無駄口はたたかない。不言実行タイプ。男は黙って勝 負。関大出身で私と同学年。気心の知れた我々と接する時は、普通に喋るし、屈託のない笑顔を見せる。ジョークも結構出てくる。実力は、一年目から右翼の定位置を確保するほど。関西六大学リーグでは首位打者に輝いている。物静かで、目立たない存在。つかみどころのない男に見えて、… >>続き 月刊タイガース No.388

13人目 遠井吾郎

実働二十年―。実に不思議である。遠井吾郎(故人)さん。彼を若い頃からよく知る人であれば、『まさか、こんなに長く』の疑問符をつけたに違いない。ちょっと失礼・・・。とは思ったが、そこは同期の好み。少々のことは許してくれるだろう。何ぶん、一番驚いているのが本人。まわりがビックリするのは当たり前だ。晩年、話の中でよく出てきた。『何でやろ。同期で一番悪いやつが、一番長いこと野球をやっとるなぁ』は、あえて悪ぶっ… >>続き 月刊タイガース No.387

12人目 山内一弘

甲子園球場での自主トレーニング。当時(1964年)はまだ、ポストシーズン制度などない。一月であっても初日からユニホームを着て練習した。グラウンドで間近に見る・背番号8・の背中は、私の目には物凄く大きく映った。山内一弘(故人)さん。前年のオフ、小山さんと『世紀のトレード』で関心を集めた大物選手。エースと四番の交換トレードで、タイガースへ。オールスター男のニックネームを持つほどの大試合に強いバッター。大毎(現ロッテ)の四番というより、パ・リーグの顔。オープン戦… >>続き 月刊タイガース No.386

11人目 ジーン・バッキー

ジーン・バッキー。タイガースファンならご存知の人は多いだろう。二度目のリーグ優勝した1964年、二十九勝をマーク。ペナント奪回の原動力となった投 手。日本球界で通算、百勝を挙げた実力者だったが、来日していた時代が悪かった。シーズン途中のテスト入団。期待度の大、小はあったにせよ、住まいは木造 で二間のアパート。家賃は自分持ち。甲子園球場への往復は徒歩。数十万円する高級住宅に入居。家賃は球団持ち。球場往復はタクシー。現在の外国人待遇とは 雲… >>続き 月刊タイガース No.385

10人目 渡辺省三

シーズン真只中。ローテーションの一角を担う投手が『スマン。ちょっと投げさせてくれるかぁ』自ら、バッティング投手を志願してきた。私が新人の年だ。 『まさか・・・』初めはビックリしたものの、以降、同じ光景を何度も目にして納得した。故・渡辺省三さんの独自の調整法だ。己の投手生命を心得た人。コン トロールの修正を図るための行動で、ごく当たり前のようにスイスイ投げ始める。コントロールの悪い我々と違って、ほとんどがストライク。バッターは気持ち よさそうに… >>続き 月刊タイガース No.384

本間勝交遊録 8人目 尾崎将司

『この男には、どうあがいても勝てん』完全に脱帽した。 野球の話ではない。シーズンオフになって勝負したのはゴルフである。相手が悪かった。あの“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司プロ。当時の名前は『正司』だったはず。まわりから『そんなの当たり前やないか。何寝惚けとんねん』と怒りの罵声が飛んできそうだが、お互い、まだ西鉄ライオンズのユニホームを着ていた時代の話。私も、80台前後のスコアーでラウンドしていたころだ。ある程度の自信は… >>続き 月刊タイガース No.382

本間勝交遊録 7人目 稲尾和久

西鉄黄金時代の大投手。故・稲尾和久さん。私がライオンズに移籍した年は、酷使による故障の後遺症もあってか、もう全盛時代の迫力はなかったが、どこから、どう見ても勝負師が持つ独特の雰囲気はない。実に温厚な人。ゆったりとした動き。ニコやかな表情。穏やかな口調。体だけはいかついが、トレードマークの細い目がすべてを物語っている。愛称はこの風貌からくる“サイちゃん”(動物の犀)。先発に、リリーフに大車輪の活躍。神様、仏… >>続き 月刊タイガース No.381

本間勝交遊録 6人目 中西 太

私が、西鉄ライオンズへ移籍したときの監督。後にはタイガースのユニホームを着て指揮を執った人。中西太さん。入団した当初は怪童と呼ばれ、高校から入団していきなり12ホーマーを放つなど、打率も.281の好成績で新人王に輝いた。持ち味は長打力。ホームランにまつわる伝説はたくさんある。四年連続を含め五度、ホームラン王のタイトルを獲得した実績の持ち主。ショートがジャンプして捕球しようとした打球が、そのまま左中間スタンドに突き刺さったとか。平和台球場(福岡… >>続き 月刊タイガース No.380

本間勝交遊録 5人目 真弓明信 その2

『選手・真弓』=『野球』=パワー。私個人が選手時代の魅力を集約するとこうなる。人気面も男前にパワーが重なっている。分厚い胸板。強力な腕っ節。自然に身につくものではない。その過程には、物事を中途半端にはしない真弓明信がいた。 私がタイガースの広報担当に就任した年のこと。八月の長期ロード中、福岡(平和台球場)に遠征した。そこで、久々にライオンズのコーチをしていた伊藤光四郎氏に会った。伊藤さんは私より二年先輩でタイガースのO… >>続き 月刊タイガース No.379

本間勝交遊録 5人目 真弓明信

性格は明るい。男前だ。おおらかな心の持ち主で、やさしく見えがちだが、そこは九州男児。なかなかの頑固者。一度言い出したことは曲げようとしない。人付き合いはいい。気遣いもできる。やや神経質な面はあるが、方言で表現するなら、人間味のある“ヨカニセドン”。そして、人一倍の凝り性で、どちらかと言えばお喋りマン。話題は豊富だ。特に野球、ゴルフを語らせたら終わりはない。私が接してきた選手時代の真弓明信監督とは… >>続き 月刊タイガース No.378

桜井広大

桜井広大 雪辱への始動 桜井広大選手の入団から8年目、一軍デビューから3年目のシーズンが終了した。チームは最後の試合までクライマックスシリーズ出場をかけて戦い抜いたが、結果は5年ぶりとなるBクラスに終わった。課題が結果を上回ったシーズンではあったが、そんな中でも桜井選手はしっかりとその存在感を示すことができた。雪辱の2010年に向けて、彼に対する期待は更に大きくなっていくだろう。結果を残せばそのハードルの高さは年々上がっていく。それを受け止… >>続き 月刊タイガース No.382