今なぜ幕末・維新か?現代の政治・経済・社会の難問を解くカギ、新たな時代へのヒントがそこにあるから。

日本主義

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世界ぶらぶら縄文探求漫遊紀

世界ぶらぶら縄文探求漫遊紀 1、リビアー古都の自由への道三月、リビアに行ってきた。飛行機は、静かにリビアのトリポリ空港へ降下して行った。懐かしさが胸に込み上げてきた。三十数年振りのリビアへの訪問である。過去の出来事が走馬燈のようにクルクルとまわり始めた。一九七〇年代リビアは、最高指導者カダフィが権力を掌握して間もない頃であった。イスラムを軸としたアラブ文化は、当時の私にとってはまるで異文化であり、最初のリビア訪問は異文化への旅でもあった。リビアには長期滞在… >>続き 日本主義 No.07

最後の戊辰戦争

最後の戊辰戦争 〔出席者・発言順)早川 廣中(はやかわ ひろなか 財団法人白虎隊記念館理事長) 河野 十四生(かわの としお 房総半島会津藩士顕彰会会長) 笠井 尚(かさい たかし 作 家) 司会・編集部 ー 今日はお忙しい中をお集まりいただき、ありがとうございました。これまで本誌は、幕末明治の変動期をもう一度見つめなおすことによって、現代日本が陥っている危機状況を打開する鍵を見つけたい、という思いで毎回特集を組んで… >>続き 日本主義 No.07

会津の山河に慰霊の香絶ゆることなし

会津の山河に慰霊の香絶ゆることなし 尊王かつ藩屏を 貫いた矛盾と悲劇会津の山河は、会津戦争で倒れた者たちの霊で今なお満ちている。それを弔うべく、毎年四季を通じて各所で慰霊祭を行われ、線香の香が絶えるときがない。遠雷のような砲声が、徐々に近づいてきたのは、慶応4年8月22日になってからであった。石延口・母成峠が敵に突破されたとの報が伝わると、若松城下にも緊張が走ったのである。いつ攻め込まれてくるか分からないからだ。土佐藩の板垣退助らに率い… >>続き 日本主義 No.07