金融取引への課税はまったく見当違いだ――...週刊東洋経済 今週の読み得「NEWS」 公開日: 2011/12/05 11:00 ![]() 金融取引への課税はまったく見当違いだ――ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授 9月末に欧州委員会は、欧州の景気低迷と金融問題に対処するために、金融取引税(FTT)の導入に向けた法案を提出した。欧州はすでに苦境に立っているのだから、もっと痛めつけてもいいのではないか──。FTTの背後には、こうした考え方があるようだ。 金融取引への課税には、感情に訴える効果がある。欧州諸国の一般国民は、モノやサービスを購入する際にはほぼすべての場合、付加価値税を払う。ならば、株式・債券・デリバティブの購入についても課税すべきだ、という考えだ。この種の税が直撃するのは、一般の人々よりも、豊かな人々や金融機関である。 欧州委員会の推定によると、株式と債券の取引へのわずか0・1%の課税とデリバティブへの0・01%の課税だけで、1年当たり500億ユーロを上回る税収が見込めるという。加えて、FTTを導入すれば、金融市場の不安定化要因である投機に歯止めがかかるだろう。 だが、実際にはそれほど単純な話ではない。FTTは、リベラル派の経済評論家や正義感に燃えたNGO(非政府組織)には支持されているものの、意義のある成果を上げるためのアプローチとしては、まったく見当違いだといわざるをえない。 確かに、ケインズや、ノーベル経済学賞の受賞者であるトービンなどの偉大な先達が、経済の不安定な動きを抑えるための方策として、金融取引課税に関するさまざまな見解を展開した。しかしその後に行われた研究の結果は、金融取引税に否定的な見解を示している。 金融取引に課税すると、金融市場の流動性が縮小する。取引量が減少すると、価格の情報量もおそらく減少することになる。だが、理論上の結果も、シミュレーションの結果も、ボラティリティの明白な低下を示していない。また、非常に低い税率で極めて大きな税収が見込める点は魅力的だが、取引量が減少すると税基盤は急激に縮小する。その結果、税収増が期待外れに終わるおそれが強い。これは、スウェーデンが20年前に金融取引への課税を試みた際の経験を見れば明らかだ。 さらに悪いことに、長い目で見れば、金融取引税のコスト負担者は移り変わる。取引税が強化されると資本コストが上がり、その結果として投資が減少する。資本ストックが縮小すると、生産活動が下落傾向を示すようになり、取引税から直接得られる税収が大幅に減ってしまう。長期的には、給料が下がり、一般勤労者がコストのかなりの部分を負担することとなってしまうのだ。 金融取引への課税に欧州がこだわる理由 以上のような金融取引税の負の側面は、著名なオピニオンリーダーや政治家、博愛主義者には無視されているが、専門家にはよく知られている。事実、欧州委員会は国際通貨基金(IMF)から強い警告を受けている。IMFのエコノミストたちは、FTTのプラス面とマイナス面のすべてを指摘している。 ではなぜ、欧州委員会は金融取引税導入を推進したのだろうか。 最も寛容な解釈としては、欧州委員会はエコノミストたちの判断や分析を信用せず、FTTは一般に理解されているよりも有用だとの見方を取っているのかもしれない。確かに、中南米諸国の政府、とりわけブラジル政府は、銀行預金引き出しへの課税(荒っぽい手法のFTT)により、政策アナリストの予測を超える歳入増に成功した。しかし、中南米諸国の長期的な成長記録は、この手法の正しさを示す材料とは言いがたい。むしろ逆に、GDPの減少による税収減が、芳しくない財政状況を生み出した原因であることを示している。 別の解釈としては、FTTの政治上のプラス面は経済面のマイナス面に勝る、と欧州委員会が判断したとも考えられる。FTTは大衆の感情に訴える力が非常に強いために、政治的な影響力の強い金融関係者もこれを阻止することはできない、という主張だ。 さらにシニカルな解釈もある。官僚たちは、欧州ではすでに事実上すべての物事に重税が課されていることに気づいた。そのため、既存の税基盤への課税強化よりも、新たな収入源を模索するほうがいいと考えたのかもしれない。また別の解釈としては、欧州委員会は、FTTが否決されることは承知でありながら、大衆受けする提案をすることで政治的な得点を得ようとしているだけなのかもしれない。 金融危機が世界を直撃したとき、FRB(米国連邦準備制度理事会)議長経験者であるポール・ボルカーは、この数十年間に銀行が発明した役に立つ新技術はATM(現金自動出入機)だけだ、と述べた。また、アカデミー賞受賞のドキュメンタリー映画『インサイド・ジョブ』が正しく指摘しているように、役に立たない技術を生み出して金融危機を発生させた人々は、誰一人としてその代償を払っていない。 金融関係者に怒りをぶつける理由は多々あり、金融業界には真の改革が必要だ。しかしFTTは、たとえ高潔で知的な由来があったとしても、欧州、ひいては世界が直面する問題の解決策とはならない。 Kenneth Rogoff
(週刊東洋経済2011年11月12日号)
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