Vol.02 HIGUMA: Paris 「高校の化学の勉強が、パリでラーメン屋を開業するのに役立った」|世界ラーメン屋繁盛期

Vol.02 HIGUMA: Paris 「高校の化学の勉強が、パリでラーメン屋を開業するのに役立った」|世界ラーメン屋繁盛期

世界各地で活躍する日本人ラーメン店主の奮闘に迫る当連載。今月は、欧州ラーメン界のパイオニアとして知られるパリの老舗を紹介します。
店主は、東大法学部から旧国鉄勤務を経てラーメン店を始めるに至った、異色の人です。

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パリのオペラ座界隈で、30年以上も行列が絶えない人気店「HIGUMA」。フランス人は「イギュマ」と発音するが、屋号は札幌ラーメンの名店「ひぐま」にちなんでいる。

「札幌勤務の頃、ススキノのラーメン横丁によく通ったんだ。うまかったね」

こう語る平田建州さんは、もともとは国有企業のサラリーマン。順当にキャリアを積み、やがてパリに転勤となる。3年間の駐在時代に懐かしく思い出したのが、札幌で食べたラーメンだった。あの味を、フランスでも再現できないものだろうか──そう思ったことから、平田さんの人生は思わぬ方向へと進んでいく。

「自分でうまいラーメンを食べたいというのもあったけど、あれをフランス人にも食べさせてみたい、食べたらどんな反応をするだろうと思ってね」
平田さんは茶目っ気たっぷりに言うが、80年代初めのフランスでラーメンを作るのは容易ではなかった。

まず、フランスには強力粉がない。フランス産の小麦は高品質だがグルテンが乏しいため、ラーメンの麺に不可欠なコシの強さが出せないのだ。通常、中華麺には「かん水」を加えて独特の弾力性をもたせるのだが、これもフランスでは入手できない。

そこで諦める人が大半だろう。だが、平田さんはこう考えた。手に入らないなら、自分で作ればいい!
「かん水というのはある種の鉱物でできあがるもの。記号式がわかれば、自分で生成できるはずなんです」

当時はインターネットもそれほど普及していない。平田さんは日本の製麺組合に問い合わせて、かん水がカリウムなどの混合体であることを知る。材料をパリのファーマシーで買い求め、試行錯誤を重ねて、ついにメイド・イン・パリのかん水を完成させてしまった。

「高校のときの化学の知識だから、どうってことはない(笑)。物事の原理など基礎的なことを知っておくと、いろいろな局面ですごくラクですよ。勉強というのは、何かの目的のためにするものではない。人生のさまざまな場面で大きな視点、視野を与えてくれるものなんです」

パリっ子に長年愛されるラーメン店は、そんな知的好奇心から始まったのである。

「ひぐま」の自家製麺

「ひぐま」の自家製麺


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客のほとんどがフランス人

客のほとんどがフランス人

駐在を終えて帰国した平田さんは、40歳を目前にしてサラリーマン生活に見切りをつけ、パリでラーメン店を開く決意をする。

フランスで個人が、しかも外国人が起業するのは並大抵のことではない。1984年当時で4000万円ほどの開業資金が必要だったという。だが「あまり物事を深く考えると、新しいことなんて始められない」。苦労の末に現地で融資を得るに至り、足掛け1年半でオープンにこぎつけた。

当初のおもな客層は、フランス在住の日本人。折しもラーメンブームに沸いていた日本から来て、ラーメンを渇望していた駐在員や留学生が長蛇の列をつくった。
「80年代のパリには日本からの留学生がたくさんいてね。お金がない若い人にもお腹いっぱい食べてもらいたかったから、うちはものすごい大盛りなんだ」

それが、フランス人のニーズにも合致した。価格も、パリの外食事情を考えれば驚くほど安い。「安くてうまくて満腹になれる」というラーメンそのものの魅力を大事にしたかった、と平田さんは語る。輸入品に頼らずにフランス産の原料で賄っているのも、価格を抑えるためだ。

いまや客の95%をフランス人が占めるが、現在ほどラーメンが認知されていない時代、フランス人に「美味しく食べてもらう」にはどうすればよいかと頭を悩ませたという。

というのも、フランス料理ではズルズルと音を立てて食べるのはご法度。だから彼らはスープを静かに飲み干し、そのあと麺に手をつける。しかし、ラーメンはアツアツをズルっといかなければ美味しくない。麺も伸びてしまう。

開店当初は、店内に「どうぞすすって食べてください。日本ではマナー違反ではありません」と貼り紙を出したり、客に「正しい食べ方」を指南したりしたものだった。だが、そのうち平田さんは気づく。ここはフランス。好きなものを、好きなように食べればいいのではないか──。

「フランス人というのは、楽しむことを一番大切にする人たちです。どれほど健康志向が叫ばれていても、タバコは吸うし脂っこいものも食べる。体より“人生”が大事なんです。恋愛が好きなのも、そういうことだと思いますよ」

欧州にラーメンブームが上陸するずっと以前から、こうして着々と支持を集めてきた「ひぐま」。最近は、有名店ならではの悩みを抱えるようになった。

成功の秘訣を探るためか、中国人がよく店に“偵察”にやってくるのだという。カウンター前に陣取り、調理工程を1時間近くもカメラで撮り続ける。ロゴをそっくり盗用されたこともある。
「お客さんである限りは、何を撮影してもまったく構わない。ただ、外に行列ができていてもお構いなしなので、参っちゃいますね」

現在はオペラ座界隈で3店舗を展開し、全店でおよそ80人が働いている。
厨房を任されているのは、フレンチ出身の松崎シェフ。意外なようだが、フレンチで修業をした料理人は基本ができているので、その技術は何にでも応用できる。一方で、日本のラーメン店で働いていた人はノウハウが完成されているため、フランスのやり方には対応できないこともあるという。

フランス料理の修業を積んだ松崎シェフ

フランス料理の修業を積んだ松崎シェフ

平田さんは他に、寿司店や焼肉店も手がけている。
「ラーメンの次に食べたかったのが寿司、それから焼肉。自分の好きなものから順番に始めていった結果です。好きこそものの上手なれですよ」

KIMUCHI LAMEN

KIMUCHI LAMEN

キムチラーメン 9.5€(約1200円)
創業以来、ラーメンは味噌、塩、醤油の3種を定番としてきたが、開業10年目にメニューにのせたキムチラーメンが、現在は一番人気。リピーターも多い。
【麺】フランス産小麦を使用した、コシのある自家製麺。日本から輸入した製麺機で打っている。
【具】たっぷりの野菜炒めの上に、キムチをトッピング。多めの挽肉でコクをプラスしている。
【スープ】オーソドックスな鶏ガラに豚骨を合わせて。キムチの辛味が溶け込めばさらに旨味がアップ。

従業員は“多国籍軍”。両端は中国福建省出身のファンさんとチェンさん、その間が勤続25年のポルトガル出身ウェイトレスのフェルナンダさん、そして松崎シェフ

従業員は“多国籍軍”。両端は中国福建省出身のファンさんとチェンさん、その間が勤続25年のポルトガル出身ウェイトレスのフェルナンダさん、そして松崎シェフ

Restaurant HIGUMA
ひぐま
32 Bis Rue Saint-Anne, 75001 Paris
www.higuma.fr
パリ中心部のサンタンヌ通り沿い。餃子やチャーハン、丼ものなどメニューは多彩で、常連客も多い。他にパレ・ロワイヤル店、オペラ店がある。回転寿司「江戸っ子」、焼肉と寿司「ジパング」は系列店。11:30〜22:00営業、年中無休。

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