2017/5/9発売号

ムー

吉田悠軌のマージナル・リサーチ 30歩目 今月の怪しい現場 癒しの霊泉

癒しやヒーリングという「効き目」を求めるなら、 スピリチュアルな温泉に浸かるのが一番!
オカルトスポットと同じく温泉も巡ってきた吉田が、 心から気持ちいい霊的な秘湯を案内する!

入野谷温泉。昔は研修施設および登山客やライダー用の公共宿泊施設だったが、ゼロ磁場ブームによって様変わり。分杭峠の石をはじめとするパワーストーン風呂の他、瞑想室まである。

ゼロ磁場の「波動水」で練ったどら焼き「氣どら」は普通に美味しい。

分杭峠でもパワーの強いスポットという「気場」。ベンチには人々が座り、ある人は一生懸命に、ある人はボーっと波動を感じとろうとしていた。

分杭峠のおひざ元にあるゼロ磁場の温泉宿

 温泉の本場は冬? いや僕にとっては初夏に向かうこれからが湯巡りの本番だ。 温泉地は山間部が多いため、どうしても雪による交通難と戦う羽目になる。 初春までは東北どころか箱根ですら積雪の危険があるので、新緑の季節まで待たないと安心できないのだ。
 そしてもちろん僕が巡る温泉はオカルト的なスポットばかり。今回はその中から「スピリチュアル温泉」とでも呼ぶべき名湯を紹介していこう。

吉田悠軌(よしだゆうき)
怪談サークル「とうもろこしの会」会長、オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談の収集とオカルト全般を研究する。編著書『ホラースポット探訪ナビ』(学研)、『怪談現場 東京23区』(イカロス出版)、『恐怖実話 怪の足跡』(竹書房)など。今月の写真は、ゼロ磁場入浴施設・入野谷にて、湯上りの風をパワースポット幟とともに受けているところ。

七沢荘の玄関にある巨大三波石(さんばせき)。

ゼロ磁場の源泉と気源石によって「日本初の波動露天風呂」を作り上げた七沢荘。気や波動を感じられるかはともかく、高アルカリ性のヌルヌル湯は温泉として普通にレベルが高い。

 まずは日本のパワースポットの代表格、長野県・分杭峠のゼロ磁場近くにある温泉だ。分杭峠はスピリチュアルによる観光・町おこしの最大の成功例だろう。長野の山間(やまあい)なのに、今なお多くの人々が集まって往復シャトルバスは満員。ヒーリング効果があるという「気場」のベンチに座ったり「波動水」を汲んだりと、パワスポ観光に勤しむ人たちの姿が見受けられた。
 そんなゼロ磁場の「発見」は佐々木茂美工学博士による。彼の著書『「見えないもの」を科学する』では「断層上の特異点にあり、地殻変動の巨大なエネルギーがぶつかりあっている」ため地層下でプラスとマイナスの力が拮抗、これにより磁場がゼロとなり、ストレス減少・免疫を高める良エネルギーが放出するという。さらに佐々木氏は95年に気功師・張志祥氏を招いて「世界でも指折りの磁場」とお墨つきをもらい、分杭峠のパワースポット化が始まったのだ。
 その余波はさまざまな町おこしに利用され、峠から数キロ離れた入浴施設・入野谷も「ゼロ磁場の宿」を謳うようになった。ここで提供される湯水は(温泉法で定める)温泉ではないのだが、「活性丸と6種類のセラミックス」を通した「エネルギーを持った活性水」を使用。また分杭峠からレンタルしてきた自然石を投入した「気のパワーが流れる」浴槽まであって、スピリチュアル的サービス満載だ。
 さらに売店では「ゼロ磁場水」、その水で練ったどら焼き「氣どら」まで販売。ゼロ磁場の経済効果はとどまるところを知らないようだ。

宇宙と縄文のパワーで心身のコリがほぐれる

 神奈川県厚木市の「七沢荘」は、船井総研が主催する精神世界ジャンルの祭典「船井オープンワールド」出展の経緯をもつ老舗スピリチュアル宿。またこの付近は、分杭峠に続いて張志祥氏が認定した第2 のゼロ磁場としても有名だ。
 「宇宙と地中から元気をもらう宿」という触れ込み通り、玄関に鎮座する巨大パワーストーン「三波石(さんばせき)」、ストーンサークルや気功の九宮(きゅうきゅう)飛びができる「元気の広場」など見所たっぷり。先代館長が温泉を掘り当てた「源泉の地」は最上級のゼロ磁場らしく、そこで生成した「気源石」なるものも販売している。
 温泉脈を掘削するボーリング塔には「船井幸雄先生 エヴァへの道」なる文言が掲げられており、感慨ひとしきり。また現館長は「縄文気功」なる指圧法を会得しており、なんと無料体験もできるのでぜひ受けておこう。ツボを指圧しながら悩み相談もしてくれる、体と無意識、両方のコリがほぐれるヒーリング・マッサージだ。
 そして一番の見所は「宇宙エネルギーパワーボックス」。ボックス内の薄闇で、ヘッドフォンごしに音楽や鳥のさえずりを聞く。周囲には色とりどりの水晶が置かれ、任意でスイッチを押せば、天井上のタービンが回転する仕掛け(たぶんよい波動が出るのだろう)。45分2000円と少々お高めだが、お好きな方はぜひ一度体験を。
 ちなみに温泉そのものはアルカリ性高めの泉質が素晴らしい。湯量が豊富なのか、洗い場の蛇口からも温泉水が出てきたのには驚いた。

世界でも船井幸雄宅と新潟と七沢荘にしかないという宇宙パワーボックスも見どころ。

気軽に手に取ることができる「気源石」。

釈迦の霊泉では、ロビーや浴場にて源泉「御神水」を蛇口から飲むことができる。ちなみにここも温泉の泉質はかなり上質。

回復報告が多数......!浸かって飲める御神水

 日本全国に霊水を謳う温泉地は数多くあるが、群馬県にある「釈迦の霊泉」はかなり特徴的だ。この地で採掘された鉱泉は、「御神水」なる万病に効く浴用水・飲料水として、がん患者はじめさまざまな病人に求められた。その名称から察せられる通り、背景には宗教的要素がある。
 もともと、この奈女沢(なめざわ)温泉=釈迦の霊泉とは、仏神会という新興宗教団体が開いたものだ。教祖の今井貴美子は、かつて発毛剤「ケミコローション」の開発・販売によって名をなした人物。しかしあるとき、こんな神の啓示を受けたのだという。
 「頭髪が抜けて死ぬものはおらぬ。奈女沢に行き医者で助からぬ者を助けてやれ。ここから人類を救うていくのじゃ」(「スポーツニッポン」平成2年10月29日付「新平成の教祖たち7」より)。
 こうして仏神会を開いた今井教祖は、古くから「上杉謙信の隠し湯」と噂されていた源泉を復興し、そこに湯治宿でもあり信者たちの宿泊所でもある本部・釈迦の霊泉(旧称・月光館)を建設した。また同時に建てられた仏舎利塔も宿の手前に現存している(信徒向けに不定期に開放、一般人は立入禁止)。
 かねてから気になっていた釈迦の霊泉だったが、実際に訪ねてみると、かなり山深い地にあることがわかった。県道脇にある「仏神道教会」なるアーチをくぐり、現地へとたどり着く。表の看板には「心臓 末期癌 胆石 糖尿病......」などあらゆる病名が書かれ、「難病を除去する御神水の奇跡」なる一文も。
 2代目女将(今井教祖の娘さん?)に明るく出迎えられ、霊泉は食堂にある蛇口からいくらでも飲んでいい、「御神水」の通販もしているなどの説明を受ける。館内には病気が治ったなどの手紙をまとめたノートや「水分子クラスターによる結晶」なるものが瓶詰めにて置かれているが、それ以外はいたって普通の温泉宿で、特に宗教色はない。
 「霊泉湯」なる温泉自体はヌルヌル感があり悪くない湯だし、壁に描かれた蓮の花の絵も素敵な風情を醸し出している。浴槽脇に「御神水」と書かれた蛇口が設置されており、そこからも源泉が飲用できる。
 湯上りに、食堂テーブルに置かれた数々の「病気回復ノート」をぱらぱらと見てみた。症例別の人々からの手紙コピーが丁寧にファイリングされており、この湯水によって回復したとのお礼が次々に述べられている。御神水の科学的効果はともかく、少なくともここを頼る人がおり、元気になった人々も実在するようだ。もちろん病気の回復自体は喜ばしいことだし、そもそも温泉文化と宗教的信仰とは不可分な面があるのも、また確かなことである。

ロビーのテーブルには御神水の効能を示す「水分子クラスターによる結晶」(写真上)や「釈迦の霊泉によって病気が治ったという喜びのお手紙」(写真左)が並んでいる。

もともとは参拝者の清めの湯として使われていた恐山温泉。入山料さえ払えば入浴は無料。立ち寄りの場合は開山時間の6~18時までだが、宿坊に泊まれば夜中でも入浴可能。それはさすがに怖そうだが......。

恐山温泉で湯けむりの向こうに見える黄泉

 別府、大涌谷(おおわくだに)、川原毛(かわらげ)......温泉はよく「地獄」と呼ばれる。地熱や硫黄のため草木が育たない場所も多いので、荒涼とした風景が地獄を思わせるからだろう。そういえば「黄泉」という字もミネラル成分の濃い湯水を思わせる。「あの世」との親和性が高い温泉文化の中で、恐山温泉こそがその代表格だろう。
 寺の境内には4つの温泉小屋が建てられている。どれも「地獄」ならではの硫黄臭があり、白濁または緑がかった湯だ。
 「冷抜の湯」=男性専用、「古滝の湯」=女性専用、「薬師の湯」=男女交代制、「花染の湯」=混浴と、用途によって小屋が分かれている。恐山への入山料さえ払えば、どれも無料で入浴可。 また場所が場所だけに、ここならではの温泉怪談もある。
 ───4つの小屋のうち、どれかはわからない。ともかく、ひとりで温泉に入っていると、窓の外で人の気配がすることがあるそうだ。湯気と逆光のせいで、ガラスを隔てた向こうはうっすらと人影が見えるだけ。にもかかわらず、それが見知った人間のように思えてならない。ふと気づくと、人影はいつのまにか姿を消してしまっている。何が起こったというわけでもないのに、なぜか心の底から寂しさがこみ上げてくる───。
 そんな噂が、恐山ではいい伝えられている。これはどうやら、死に別れた家族や友人が、一目だけ会いにきたということらしい。湯気の向こう、窓越しの曖昧な再会というのが味わい深く、まさに温泉ならではの怪異譚ではないか。

癒しを求める意味で温泉文化はある種の信仰と不可分な面がある

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