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  • 富士山”六”変化
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ニッポンの世界遺産へ
日本が誇る“聖地”へ、バイクで巡ろう

今年の6月に世界遺産に登録された富士山は、登山客が押し寄せて大渋滞ができるほどの混雑ぶりしかし、9月に入ると、そんなラッシュもひと段落。富士山は絶好のツーリングシーズンに突入するそこで今号では富士山を筆頭に、バイクで出かけてみたい世界遺産をご紹介!アナタもニッポンの世界遺産をバイクで巡ってみませんか?

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夏のマイカー規制がついに終了!
富士山を駆け上がるなら、いまがベスト!!

防寒装備を忘れずに安全運転で五合目へ

ユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦する日本の世界遺産候補に記載されてから約6年。今年6月22日、「信仰の対象と芸術の源泉」として、ついに富士山が世界遺産(文化遺産)に登録された。となれば、「ぜひ記念に登ってみたい……」と思うのが、古くから富士山を愛してきた日本人の心理というもの。実際に今夏は、富士登山が大ブームとなったようだ。しかし登山となれば、それなりに準備も体力も必要。そこでライダーにお勧めなのが"バイクでの富士登山"。富士山には五合目までバイクで登れる道路が3本もある。山頂からの景色は歩かなければ拝めないが、中腹からの景色なら手軽に楽しめるのだ!ちなみに富士山の五合目に登る3ルートは、登山客が多い7-8月の期間にはマイカー規制が行われていて、一部の平日を除いてバイクで走ることができない。そして規制の解除は、富士スバルラインでは去る8月25日、富士山スカイラインとふじあざみラインではこの9月1日(日) 17時。つまりこれからの時期が、世界遺産になりたての富士山をバイクで登るベストシーズンというわけだ。どのルートも一気に標高が上がるため、五合目付近ではかなり気温が下がる。訪れる際は、防寒装備を忘れずに。また、今年は例年以上に観光客が多め。走りごたえのあるワインディングルートだが、事故に細心の注意を払いながら、富士山ルートを楽しもう!

富士スバルライン


富士山の山梨県側、河口湖南側から五合目まで、標高差1400m以上を登る。距離が長いため、急こう配や急カーブは少なめ。起点から8.9㎞の剣丸尾駐車場からは富士山、22.7㎞の大沢駐車場からは南アルプスが見える

全長:約30㎞
通行料金:1600円(往復)
営業時間:24時間(9月30日まで。営業時間は季節により異なる)
冬季閉鎖:通年営業。ただし、天候及び路面状況により通止めになることあり
現地連絡先:富士山みはらし TEL0555-72-1266
http://www.fyn.jp/fujisan5/
問:山梨県道路公社 富士山有料道路管理事務所
TEL0555-72-5244 http://subaruline.jp/

ふじあざみライン


道の駅・すばしりの近くにある東口本宮冨士浅間神社前を起点に、富士山東側の須走口五合目まで、標高差1160mを一気に駆け上がる。中間までは道幅も広くて走りやすい。林の間を走るが、五合目には絶景が待つ

全長:約12㎞ 通行料金:無料
問:小山町商工観光課
TEL0550-76-6114
http://www.fuji-oyama.jp/

1日中、富士山を眺めたい欲張りなアナタに贈る
絶景富士出会い方ガイド

富士山は、とりあえずその場所に行けば必ずある
だからといって、いつでもきれいに見えるとは限らない
絶景富士に出会うためのポイントを、いくつか紹介しよう!
文/田宮徹

東側から反時計周りで走るのがお薦め!
朝 山中湖 夕 朝霧高原

定番は東側スタート、北周りで西側ゴール


周囲に高い山がない富士山は、グルリと360度周ってその雄姿を眺められる山。きれいな台形を思い浮かべがちな富士山だが、実際には見る角度によって印象が異なる。例えば西側は、山頂直下から標高2200m付近まで最大幅500mで広がる大沢崩れなどが、荒々しさを感じさせる。富士山を堪能するなら、バイクを走らせ、いろんな富士山の表情を探し出してみるのも楽しい。
 周遊ルートはいくつもあるが、中でも定番となるのは、朝早くに山中湖などの富士山頂東側を出発して、お昼前後は北側で遊び、夕方にかけて朝霧高原などの西側へと、反時計回りに富士山を巡るルート。これなら、朝夕には山肌に日光が多く当たった(順光の)富士山を眺めることができる。逆光に対して順光は、写真を撮った際に色が出やすいし、肉眼で見る際にもクッキリとしている。
日中には富士山の北にいるため逆光となるが、太陽が高い時間帯なので、意外とキレイに見える。常に順光を目指すなら、山中湖から時計回りで朝霧高原を目指す方法もあるが、富士五湖などの湖面と富士山が織りなす絶景のことを考えると、南周りはもったいない気も……なんて悩むなら、いっそのこと山中湖スタートで1周半しちゃうなんて方法も!?

Mt.Fuji know-how Advance

富士山の姿が美しいのはこの湖畔沿い

富士山とのコラボレーションスポットとして、1年を通して楽しめるのが湖。富士山の周辺には、いずれも富士山の噴火による堰止湖である富士五湖(本栖湖、精進湖、西湖、河口湖、山中湖)をはじめ、農業用水確保のため元々の沼を人工的に拡張した田貫湖、少し離れれば芦ノ湖と、多くの湖がある。とくに、蒼き水をたたえる富士五湖と富士山がつくる絶景は、日本人はもちろん、海外から富士山を眺めに来た外国人にとっても、心癒される風景となっている。
 手前に湖を挟んで富士山を眺めるメリットはいくつかある。そのひとつは、近くに視界を遮る建造物や森などがなくなることから、富士山の容姿をよりすっきりと楽しめるようになる点。本栖湖や河口湖などでは、富士山のかなり麓のほうまで見られるスポットもあり、人気となっている。
 また、湖を挟むもうひとつのメリットが、湖面に富士山が映った逆さ富士に出会える可能性があること。こちらは、無風であることや光の加減など、様々な条件が組み合わさらないと拝めないが、少なくとも湖畔にいなければ、逆さ富士に出会うチャンスはない。
 地図上では、比較的近い場所に並んでいるかのように見える富士五湖だが、実際には富士山頂に対して山中湖は東側、本栖湖は北西側にある。距離もそれなりに離れているが、バイクであれば各湖の移動にはそれほど時間はかからない。太陽の位置なども考慮して、ベストと思われる時間にすべてを巡ってみよう!

Mt.Fuji know-how Advance

大通りから一歩踏み込むと別世界が広がる

富士山を東から西へ半時計周り
で周遊する場合、もっとも一般的
なルートは国道139号。少しひねりを入れても、富士五湖の北側を通る県道を走るとか、北側の鳴沢氷穴手前から山梨県道71号を利用するくらいになってしまう。
しかしこれでは、いつもお決まりの富士山しか眺められない。ときには、これらの定番ルートから1本脇道に踏み込んでみると、新たな富士山の絶景に出会えることもある。
 ただし、私有地などに立ち入ってしまわぬよう、そしてそこで生活する人たちの迷惑にならぬよう、細心の注意を払うこと。マナーを守って、新しい富士山を探そう!

Mt.Fuji know-how Advance

少し離れて高台から遠望富士に挑戦する

近くで眺める富士山の雄大さはとても魅力的だが、裾野までをすべて視界に収められる場所というのは、かなり限られている。
 そこで富士山ツーリング中級者以上に提案したいのが、富士山からやや遠くて高い場所からの富士山遠望鑑賞だ。これなら、富士山の全景を視界に収められる可能性はグッと高まる。
 場所選びのポイントは、当然ながらそのスポットと富士山の間に、高い山がないこと。ここで紹介した二十曲峠や足柄峠は、その代表的なポイントとなる。
 また、高い場所からでなくても、富士山の裾野までをきれいにできる場所は存在する。たとえば、東名高速が横切る富士川の河口付近からは、その雄姿をしっかり眺められる。そもそも、世界遺産の登録時に認められるかが心配された三保の松原も、駿河湾越しに富士山を遠望できるポイントだ。富士山との位置関係を常に気にして、自分好みの遠望スポットを発見してみよう!



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培倶人 2013年10月号

培倶人

2013年10月号
(2013年08月31日発売)より

発行間隔:月刊
1冊定価:778円

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  • 土佐 竜馬脱藩の道を行く
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心の炎を再燃させる旅[ 第二部]
坂本龍馬 脱藩の道
~自らの成すべきことを問う旅~

土佐の郷士(下級武士)として生まれながら、明治維新という舞台で大いに活躍した坂本龍馬。彼の生き様は、今でも多くの人の心を揺さぶり続けている。
自分の中にくすぶり続けている熱き心を取り戻すため、龍馬の歩いた道を追った
文・斎藤直人写真・武田大祐写真提供・高知県立坂本龍馬記念館

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高知県高知市にある、和霊神社。なんとも素朴な神社だが、実は坂本龍馬が脱藩する際、最初に立ち寄った場所なのだという。当時、脱藩という行為は重罪であったらしいが、28歳の龍馬はそんなことに縛られなかった。この場所から、確固たる決意とともに歩き始めたのである

土佐――。龍馬が生まれ、そして、飛び出した町。

龍馬の足取りをたどってみたい

日本人に”好きな歴史上の人物”のアンケートを取ると、第一位になるのは織田信長か坂本龍馬になることが多いそうだ。確かにその結果には「そうだろうな」という納得がある。織田信長は戦国時代を語る上で欠かせない人物であるし、坂本龍馬は、幕末という時代のヒーロー的存在といっていいだろう。〝もっとも好きな本"というアンケートにおいても、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を挙げる人は多いし、高知には『高知龍馬空港』という空港すらある。たとえ歴史に興味がなくても、坂本龍馬の名前を知らないという人はいないだろうし、幕末という時代において坂本龍馬の存在は光り輝いている。
 個人的な話をさせていただくと、実は僕自身はさほど坂本龍馬が好きではなかった。おそらくそれは『竜馬がゆく』よりも前に、新選組の土方歳三を描いた『燃えよ剣』を読んでしまったことが大いに影響しているだろう。日本人特有の判官びいきな心情もあって、かつての僕は幕末のヒーロー的存在である坂本龍馬よりむしろ幕府側に立って戦った人物の方が好きだったのである。
 しかしながら、激動の幕末をあらためて俯瞰してみると、新政府側・幕府側を問わず「何とまぁ、〝男"の多かったことか」と思わずにいられない。主義主張や人生の結末はさまざまだが、すべての志士に共通するのは「このままでは日本が列強の植民地にされてしまう! どうにかしなければ!」という熱い思いである。彼らには〝憂うだけ"とか、〝傍観している"という選択肢はない。「日本のために、成すべきことを成す。そのためには命など惜しまない」という信念があるのだ。こういった男たちが、一人や二人ではなく綺羅星のごとく世の中に満ちていたということ。それが、幕末という時代に人々が惹き付けられる理由だろう。もちろん坂本龍馬も、今の僕には尊敬すべき志士の一人だ。
 そして、現代や我が身を考えてみると…。あまりの落差に落ち込むわけである。彼らの〝成すべきこと"に向かっていく姿勢は、どんな時代の人間においても見習うべきところだと思うが、彼らと同じように突き進んでいる人はどれだけいるだろう。自分はすでに中年になってしまったが、はたして成すべきことが見えているのだろうか? 彼らのような熱さをまだ持っているだろうか?
そんな思いから、僕は四国へと旅立ったのである。高知から愛媛へと続く〝坂本龍馬・脱藩の道"をたどってみようと思ったのだ。 坂本龍馬は、1835年に高知城下で生まれた。数え年で19歳になると江戸へ剣術修行へ行くのだが、この年がまさに1853年。「いやー降参」の語呂合わせで覚えたペリー来航の年である。風雲急を告げる時代とともに龍馬は見聞を広げ、27歳のときには、武市半平太の結成した土佐勤王党に加盟。しかし、龍馬が抱く大望のもとでは土佐は小さすぎたのだろう。1862年、28歳のとき。坂本龍馬は、盟友の沢村惣之丞とともに脱藩をするのである。

それ以降の龍馬がどのような活躍をしたのか、多少なりとも歴史を知っている人には説明不要だろう。亀山社中の設立、薩長同盟の仲介、船中八策、大政奉還…。京都近江屋で暗殺されたのが33歳のことなので、脱藩からわずか5年間で八面六臂の活躍をしたことになる。まさに〝水を得た魚"という言葉がふさわしく、歴史的に見ても、龍馬が成したことは日本を大きく動かしたと言っていい。 今回のツーリングは、そんな龍馬の〝飛躍の第一歩"をたどる旅である。龍馬脱藩の道は、細かい部分に諸説はあるらしいが、おおまかなルートは判明している。土佐(高知)から伊予(愛媛)へと抜ける山中のルートをたどったそうなので、バイクでアクセスできそうなスポットはできるだけ立ち寄ってみるというのが、今回のツーリングの主旨だ。
旅のスタートは、当然ながら龍馬の生誕地である高知県高知市から。まずは龍馬像のある桂浜と、すぐ近くにある坂本龍馬記念館へと訪れ、龍馬の人生をおさらいしつつ気分を盛り上げた。そして、冒頭のページでも紹介している和霊神社へ。ここは龍馬が脱藩するにあたりまず立ち寄った場所で、坂本家の先祖も祀られているという。龍馬はここで、自分の決意を先祖に報告したのだろう。神社そのものは非常に素朴なものなのだが、155年前の龍馬の決意が残っているような気がして、心が奮えるものがあった。

ただひたすら自らを信じ、龍馬はこの道を歩んだのだろう。

数多くの志士が旅立った"梼原"


高知と愛媛の県境のあたりに、梼原(ゆすはら)という町がある。龍馬と惣之丞は、脱藩の翌日にこの梼原へと到着し、ここで勤王の志士・那須俊平・信吾の家に宿泊したという。ちなみにこの那須父子も後に脱藩し、動乱の時代の中で散っていくのだが…、それはともかく。梼原からは他にも勤王の志士たちが脱藩したという歴史があり、まさしく今回のツーリングにおいては必須スポットと言ってもいいだろう。
 ここでぜひ見ておきたかったのが〝維新の門"と名付けられた銅像群だ。坂本龍馬や沢村惣之丞だけでなく、那須父子、吉村虎太郎らも銅像となっており、のちに〝天誅組"として散っていった面々はまさに戦場を駆け抜ける姿となっている。その勇ましい姿と天誅組の終焉を考えると悲しみもあるが、ともかく梼原では、たくさんの志士たちの情熱を感じることができるのだ。
ちなみに梼原から先の脱藩ルートは2つあり、一つは〝韮ヶ峠"を越えて伊予へ入るというもので、もう一つが〝九十九曲峠"を越えるというものだ。龍馬らは韮ヶ峠を、その他の志士たちは九十九曲峠を越えたというのが定説となっているのだが、たまたま宿泊した梼原の民宿でおもしろい話を聞いた。その民宿はおばあちゃんが一人で切り盛りしていたのだが、以前、おばあちゃんは脱藩ルートのガイドなどもよくしていたとのこと。そして両方のルートを何度も歩いた結果「龍馬も九十九曲峠を通ったのではないか」というのだ。「歩いてみるとわかるんですが、九十九曲峠の方が最短ルートなんです。今では韮ヶ峠ということになってますが、やはり脱藩しようとしたら最短ルートを行く方が自然だと思うんですよね」
 民宿のおばあちゃんとこういった話ができるなんて、まさに地元ならではだ。もちろん僕は学術的な知識などまったく持ち合わせていないけれど、地元の人にこういう話を聞くと、どうも信憑性が高いような気がしてしまうのである。「よし、それなら九十九曲峠にも行ってみよう」と、さっそく僕はルート変更。こういったフットワークの軽さが、バイクツーリングのいいところだ。
 しかし…。実際に走ってみるとしみじみと実感するのだが、なんと山深いところだろうか。単に〝高知から愛媛へ抜ける"というだけなら、国道沿いに快走できるのだが、なんせ今回のテーマは脱藩の道である。このスポットを巡ろうとすると、非常に山深いところを行ったり来たりすることになる。ここで僕は、〝一般的な四国のイメージ"をくつがえす風景にも出くわすことになったのだ。

土佐から伊予へ。
このときの龍馬はまだ、
一介の〝脱藩浪士"でしかなかった。

脱藩した龍馬の胸に去来したものとは


関東の人間からすると、四国は南国というイメージがある。〝南国土佐"という言葉もよく使われるし、実際に緯度として南に位置していることは間違いない。しかしながら、四国はかなり標高差があることを忘れてはならないのだ。
梼原から先、まずは民宿のおばあちゃんから教えられた九十九曲峠へ向かうことにしたのだが、県道を上っていけばいくほど、道路脇の風景が白くなっていくのだ。それでも路面はどうにかアスファルトが見えていたので、恐る恐る走っていく。すると、とうとう路面にも雪が残っているところが現れ始めた。圧雪路面の長さは10mほどだったので「ここさえクリアすればドライ路面に戻るかも…?」と思い、ベタベタと足を着きながら越えてみたのだが、その先へ走っていくと希望を打ち砕くかのように、さらにひどいアイスバーンとなっていた。
「これはいくらなんでもバイクじゃ無理だ!」と、別ルートにて九十九曲峠を目指すことにする。すると、このルートもやはりアイスバーンに行く手を阻まれてしまったのである。事実上、九十九曲峠へ行くルートは断たれたため途方に暮れていると、上の方から軽トラックが次々に降りてきた。ドライバーたちは皆オレンジ色のベストを着ていたので、きっと猟師なのだろう。
「どこ行くの? こっから上はやめた方がいいよ~、路面がずっとこんな状態だから」「はい! ちょうど今、撤退を決めたところです!」
 もはや明るく笑い飛ばすしかないが、ともかくここで「標高の高いところは無理だな」というあきらめがついた。徒歩であれば行けたかもしれないが、今回の旅ではそこまでの時間はない。そこで僕は、峠の区間をパスして、一気に大洲まで出ることにしたのだった。
 大洲市は、〝伊予の小京都"という名前もある城下町。龍馬の時代にも大いに発展していたことだろう。龍馬たちは、峠越えをした後に川を下る船に乗ったという。そして、川の流れのままに大洲城下を過ぎ、瀬戸内海に面した伊予長浜まで下ったのだ。峠を越えるまでは土佐という国内の移動でしかないが、伊予に入ったからには名実ともに〝脱藩"ということになる。龍馬はきっと、脱藩という罪について何も臆してはいなかったと思うけれど、やはり大洲城下の町並みを見たときには気が引き締まったのではないだろうか。何せ、自分にはもはや〝土佐藩士"という肩書きはなく〝脱藩浪士"でしかなくなったのだから…。このころにはまだ勝海舟とも出会っていないわけだし
何の後ろ盾もない、坂本龍馬という一人の男でしかない。大半の日本人が、〝藩"というものに縛られていた時代、一介の脱藩浪士になったことは、龍馬にとってどのような気分だったのだろうか。きっと龍馬のことだから、将来への不安など微塵もなく、晴れ晴れしい気分しかなかっただろうなと思う。「これでようやく自分のやりたいことができる!」という、明るい未来しか見えていなかったことだろう。そんな龍馬が、正直、うらやましく感じた。

世の人は 我を何とも言わば言え
我が成すことは 我のみぞ知る
――坂本龍馬

ゴール地点での空が今回の旅を象徴していた


若干話が前後することになるが、僕は大洲へと下りる前に〝泉ヶ峠"という場所にも立ち寄っていた。せっかく脱藩の道をたどるツーリングをしているのだから、一つくらいは峠を見てみたいと思ったのだ。ここまでの峠はアイスバーンに阻まれて行くことができなかったけれど、地図を見る限り、泉ヶ峠には行けるんじゃないだろうか? あくまでも勘でしかないが、ともかく僕は泉ヶ峠へ向けてバイクを走らせたのである。
 予想どおり標高が上がるにつれて気温は下がってきたものの、道路脇の雪がまだ見えてこない。「これは行けるかもしれない…!」と自信を感じたところ、無事に小さな案内板を見付けることができたのだった。
泉ヶ峠は、龍馬が伊予に入ってから最初に宿泊した場所らしい。その跡地を初めて見ると「ここが?」と首をかしげてしまうほど普通の杉林なのだが、かつてはここに宿場があったのだとか。注意深く見れば、建物があったであろう平坦な場所や、斜面に石垣なども残されている。また、山の所有者が山小屋風の別荘を建てており、かつての宿場町の雰囲気をわずかに感じることもできる。伊予の国に入り、名実ともに〝脱藩浪士"となった坂本龍馬と沢村惣之丞。はたして2人はここの宿でどんな夜を過ごしたのだろうか。
 司馬遼太郎は『街道をゆく』のなかでこう書いている。土佐の脱藩浪士たちは、伊予の国に入ると申し合わせたように「これからはオラ(俺)、オマン(お前)でいこう」と言い交わした…と。身分制度が厳格だった土佐では、身分が少し違っているだけで〝俺・お前"と呼び合うことすらできなかった。志士たちが国境を越えてまず感じたのは、その息苦しさから解放されたことだったのかもしれない。龍馬とともに脱藩した惣之丞は、〝地下浪人(じげろうにん)"という、龍馬よりもさらに低い身分の出身だったという。龍馬と惣之丞は、泉ヶ峠の宿屋で初めて、〝ただの男同士"として酒を酌み交わしたかもしれない。そんなことを考えながら、杉林を吹き抜ける風の音を聞いた。
 大洲では、当時のままに木造で復元された大洲城を見学。その後は船に乗った龍馬と同じく、ひたすら川沿いに下っていくのみである。瀬戸内海が近づいてくると、いよいよこの旅のゴールが近づいてきたことを感じる。龍馬たちは伊予長浜から瀬戸内海を越え、長州へと上陸している。〝脱藩の道"は下関まで続くのだが、今回の僕の旅は四国路まで。河口部の伊予長浜が終点なのである。
具体的に伊予長浜のどこをゴール地点とするかは決めていなかったのだが、肱川(ひじかわ)の河口付近でウロウロしていたら、偶然にも龍馬が降り立ったという船溜まりに着くことができた。ここには長浜大橋という橋が架けられているのだが、この橋は昭和10年竣工、国の重要文化財なのだとか。しかもこの橋は中央部を跳ね上げる可動橋で、現在も稼動している跳ね上げ式の橋としては日本最古のものというではないか。「それは貴重なものを見ることができたな」と思わぬ出会いに感動していると、僕は驚くべき光景を目にした。橋の向こうに広がる空が、みるみる変わってゆくのだ。
 実はこの日、河口へと向かっているときは一面の曇り空だったのである。そのため少々ガッカリしつつ走っていたのだが、しばらく橋を眺めているうちに雲がどんどん流れていき、金色の夕日が現れた。空も雲も川も、目の前に広がるすべての景色が金色に染まっていく。少々センチメンタルが過ぎるかもしれないが、どうにもこれは、龍馬や幕末の志士たちの〝熱き心"を象徴しているような気がしてならなかった。
「世の人は 我を何とも言わば言え我が成すことは 我のみぞ知る」…。龍馬の詠んだ有名な句が、胸の中に火を灯したような気がした。



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風まかせ

No.61
(2017年03月06日発売)より

発行間隔:隔月刊
1冊定価:820円

おすすめ
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  • RIDE IN THE USA OR DIE USAツーリング
  • RIDE IN THE USA OR DIE USAツーリング
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アメリカを走らずに終わるのかい?
RIDE IN THE USA OR DIE?

USAツーリング
ハーレーが生まれたアメリカ。
どこまでも続く広大な大地を走ってみたい。そう思っているだけじゃはじまらない。
選択肢はふたつ。走るか、走らないかだ。さぁ、あこがれのアメリカツーリングに出かけよう!

text&photo/T.Numao 沼尾哲平 photo/T.Masui 増井貴光
取材協力/ナビツアー TEL03-3539-5365

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ROAD to ROUTE 66
アメリカ行くならルート66を走りたい!

大自然と旧きよきアメリカを体感する旅。
ラスベガスを出発し、グランドキャニオンなど絶景を見ながら、憧れのルート66を目指す。

LAS VEGAS
ラスベガス

ネバダ砂漠の中にあるエンターテインメントの街。参加者たちの相棒となるハーレーは、ラスベガスハーレーダビッドソン(lasvegasharleydavidson.com)でレンタルした

VALLEY OF FIRE
バレーオブファイヤー州立公園

ラスベガスからわずか1時間ほどでたどり着く、この旅最初の絶景ポイント。入場ゲートを入ると一面オレンジの切り立った岩山があり、その間を抜けていく道路が続く

ZION
ザイオン国立公園

真っ赤な岩石に囲まれた渓谷地帯。途中約1.7キロほどある照明なしのトンネルやヘアピンカーブが続く難所

ANTELOPE CANYON
アンテロープキャニオン

ページからキャメロン間は映画『イージー・ライダー』のロケ地となったところ。どことなく見たことがあるような風景

GRAND CANYON
グランドキャニオン国立公園

この旅最大の見どころであるグランドキャニオン。地殻変動やコロラド川の浸食によって形成された総面積4927平方キロメートルもある渓谷地帯。国立公園内にはたくさんのビュースポットがあり、代表的なところをめぐるだけでもかなりの距離を走ることになる

WILLIAMS
ウィリアムズ

旧ルート66沿いにあり、旧きよきアメリカの姿を残す街。北にあるグランドキャニオンとを結ぶ鉄道の終着駅がある。ルート66グッズが手に入るショップが多数

SEDONA
セドナ

赤い岩山に囲まれたネイティブアメリカンの聖地で、世界有数のパワースポット。リゾート地としても人気で、街中の道は整備されている。大地のパワーの影響か、ここではよく眠れる、らしい

OATMAN
オートマン

ルート66最大の難所といわれる険しい山道を越えたところにある。かつては鉱山として栄え当時の姿を残す。街中には野生のロバがいて、ロバ渋滞が起こることもしばしば

HISTORIC ROUTE66
ヒストリックルート66

アメリカで最初にできた国道のひとつ。現在は廃線になっているが、アメリカの文化を象徴する道として、今でも多くの人に愛されている

この広大さ、大陸でしか味わえない!

 どこまでも続く真っ直ぐな道、巨大な岩石の間を抜けていくワインディングロード。日本では味わうことができない、広大な大地を駆け巡るアメリカでのツーリングはハーレー乗りならば誰もが憧れるはず。その夢を夢のまま終わらせるのはもったいない。アメリカを走るのは、確かに時間とお金はかかる。しかし、アメリカの大地を一度走ったら、それだけの価値を感じるし、また走りたいという気持ちになる。
今回クラブハーレーが企画したUSAツアーはアメリカ西部、5日間で全行程1000マイル、約1 6 00キロを走る旅だ。参加者は14名、タンデムで参加の夫婦が2組で、総勢12台で絶景ルートを走るというものだ。メンバーのうち、なんと半数が過去のツアーに参加したことがあるリピーター。それだけアメリカの道は魅力がある、ということだ。
 スタートはラスベガス。ここでハーレーをレンタルし、西へ向かう。ハイウェイにのって少し走ると、そこは荒野。これぞアメリカという風景だ。そんな道を突き進んでいくと徐々に周囲が山で囲まれていく。
 このアリゾナ州とユタ州の州境のあたりはグランドキャニオンやザイオンなどといった山岳や渓谷がある域。アップダウンが激しいワインディングロードが続く。
 さらに西へ進み、ページという街を過ぎたら、そこからは砂漠を南下していく。そのあたりはネイティブアメリカン、ナバホ族の居住エリアだ。この旅最大の見どころであるグランドキャニオンや、パワースポットとして有名なセドナは彼らネイティブアメリカンの聖地でもある。確かにこのあたりを走っていると、大地のパワーをビンビンに感じるような気がする。
ツーリングの後半はいよいよアメリカを象徴する道、ルート66を走る。アメリカで最初の高速として誕生したルート66は、シカゴとラスベガスを結び、アメリカのモーターカルチャーを支えてきた道路だ。今は廃線になってしまっているが、一部旧道という形で残っている。そのハーレー乗りの憧れのルート66をさらに東へ進んでいく。セリグマンからキングマンまでは両サイドを平原に囲まれたストレート、その先オートマンまでは一歩先は崖という、ワインディングロードを越えていく。
ここからは再びラスベガスを目指す。1泊したコロラド川のほとりのラフリンからは高速ワインディングを走り、その先はまっすぐなフリーウェイだ。道の先にタワーやピラミッドが見えてくると、ラスベガスの街はもうすぐだ。
 決して平坦な道だけじゃない。むしろアドベンチャーというのが正しいツーリング。それほどに過酷ながら、走り終えた時の充足感は何にも変え難く、走りながら眺めた風景は、深く心に刻まれる。それは走ったものだけにしかわからないものだ。そんな体験をせずに諦めてしまうのか。そんなのはイヤだと心がザワついたら、日本を飛び出してアメリカへ走りにでかけよう。

アメリカの道というと、ただひたすらに真っ直ぐな道を想像する人が多いかもしれないが、実は山あり谷ありの様々な道が存在する。ただどこもダイナミックなのは変わらない。今回クラブハーレーUSツアーの参加者たちは、日本の夏とはくらべものにならないくらいの熱さや強風、砂あらしなど自然の厳しさを身をもって体感しながらも、おおらかですべてのハーレー乗りを受け入れてくれるかのようなアメリカの道を堪能。ラスベガスへ戻る1600キロものツーリングルートを無事完走した。



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CLUB HARLEY(クラブハーレー) 2016年11月号

CLUB HARLEY
(クラブハーレー)

2016年11月号
(2016年10月14日発売)より

発行間隔:月刊
1冊定価:1,080円

おすすめ
スポット

  • 秋吉台の草原と奇岩を縫う カルストロードの走り方
  • 秋吉台の草原と奇岩を縫う カルストロードの走り方

Curving Twisties ワインディングニッポン No.12
秋吉台の草原と奇岩を縫う
カルストロードの走り方

山口県美祢市の秋吉台は、特別天然記念物に指定された日本最大の「カルスト台地」を持つ国定公園として有名。こちらも特別天然記念物の「秋芳洞」や、天然記念物の「大正洞」などさまざまな鍾乳洞を有する観光地であり、そこを気持ちよく走り抜けられるのが、今回紹介するカルストロードである。

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展望に恵まれた快走ルート

国内最大のスケールを誇るカルスト台地のど真ん中を突っ切る県道242号、通称カルストロードは、西日本をツーリングする際にはぜひ訪ねてほしいルートのひとつである。何といってもその大きな魅力は、一帯に高木を見ることが少ないこと。おかげでどこまでも見通せてしまいそうな雄大な丘陵地帯の風景を眺めながら走れる。途中のパーキングはバス停もある長者ヶ森駐車場だけだが、路肩に駐車スペースのみが整備されている場所もある。そのいずれもカルスト台地特有の風景を眺められるスポットとなっているので、訪ねる際には立ち寄りをお薦めしたい。

「まるで羊のような石灰岩が点在するカルスト台地の真ん中を走り抜ける」


さて、そんな秋吉台のカルストロードへのアプローチはじつに容易だ。南の美祢側からならば秋芳洞や秋吉台の看板を、北側ならば大正洞への案内板を、それぞれ幹線道路沿いに探せばいいのである。その全長は13 ・1㎞。途中に信号や交差点などはないので、前述した駐車スペースでノンビリ景色など眺めながら走るくらいでちょうどいいだろう。地元のライダーに尋ねてみると、東側を並行して走る無料開放中の自動車専用道路を使い、周遊、もしくはカルストロードのみを往復して楽しむのもお薦めとのことだった。
 ただし、道に不慣れな観光客が多いのに加え、駐車スペースを利用してUターンしようとするクルマが何台も見受けられた。比較的見通しは良好なのだが、だからこそ死角となる区間に気付かず油断しがちである。駐車スペースからの再スタートやUターンには細心の注意を払おう。駐車場や駐車スペースのほかでは、北側の大正洞や南側の秋吉台カルスト展望台など観光地への入口となる交差点も同じ理由で注意が必要だ。
 南側からは秋吉台カルスト展望台入口の三叉路を過ぎた地点で小高い峠状になるが、ワインディングはその先から。北側からは大正洞を過ぎしばらく森の中を走ったあとで視界が開けた先、ちょうどカルスト台地の一画が谷状になった〝帰り水〟を眺める路肩の駐車スペースがある付近から先が、見応え、走り応えを感じられる区間となる。道は適度に曲がりくねるが視界を遮る木々などが少なく、対向車や先行車などを確認しやすいし、路面も比較的よく整備されているため快適である。またこの区間で視界に飛び込んでくるのが、羊の群れにも見間違える、カルスト台地特有の点在する石灰岩の風景。走りながらでも十分に観察できるが、やはり堪能するため、あるいは記念撮影するためには駐車スペースを活用したい。

「優しい表情が何とも魅力的なカルスト台地の高原道路を行く」


 秋吉台カルスト台地の観光をより楽しみたければ、カルストロード南側のトイレのある駐車場前から分岐する展望台や科学博物館へのルートへ。付近では実際に石灰岩に触れることも可能だし、展望台に上れば道からはその一部しか眺められなかったカルスト台地を、より広範囲に眺めることができるのだ。また、マネキン人形が目印の名物、「夏ミカンソフト」(通年販売)の売店も展望台の近くである。ただし、展望台周辺を迂回する道は大勢の観光客が行き交うわりに道幅が狭く、曲がりくねっているのでさらに細心の注意で走りたい。
 カルストロードの延長線上には、北に歴史の町・小京都の萩、南に九州への玄関口となる関門海峡、そして西側にはきれいな海を渡る人気スポット、角島大橋を経て角島への道が続いている。ルートにそれらをうまく組み合わせて、自然豊かで快適に走れる山口のツーリングをたっぷりと楽しみたい。

●大昔、海の底に形成されたサンゴ礁が地殻変動などにより地表に現れたのが秋吉台のカルスト台地。露出した石灰岩が風雨によって浸食された結果、さまざまな形となって台地に点在することになった。それを遠望すれば、まるで羊の群れように見えるのである

カルストロードの見どころ食べどころ

石窯パン工房ブーランジェリークラ


●秋吉台周辺で「美味しいパン屋さんは?」と訪ねれば、地元の人からまず出てくるのがこの店。ライダーにも人気。ついでに秋吉台リフレッシュパークでひと休みが定番らしい。08396-2-1111

秋吉台カルスト展望台


●近隣の駐車場から少し歩くだけでたどり着ける2階建ての展望台。2階部分は円形のため、カルスト台地を360度の大パノラマで楽しめるようになっている。車椅子用のスロープも完備している

秋芳洞


●東洋一の規模を誇ると言われている、秋吉台の山麓にある鍾乳洞。判明しているだけでも全長は約8.9㎞。観光用に開放されているのはそのうちの1㎞だ。洞内の気温は年間を通じて17℃と快適

カルストロードの走り方
秋吉台道路(カルストロード)
総延長:13.1㎞ 通行料金:無料
※通年通行可



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CRF250RALLY

ダカールレプリカ作りましょう!
RG ツーリングクラブでも、実は1~2 を争うほどレース大好き、GP500 時代が大好きなリーダー。ライダー歴が長いだけあって80~90 年代の熱狂バイクブームを知っているのだ。もちろん、そのレース熱と知識はラリー界にも及んでいます!
撮影/松川 忍 文/中村浩史

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いいなぁコレ!250 がベースっていうのがいい!450 だったらもっといい!(笑)ついに念願の250 ラリーに!177cm/75kgのリーダーがまたがるとこんな感じ。ノーマルのCRF250Lよりもシート高は高いが、同時発売のLD(=ローダウン仕様)は、なんとスタンダードより65mmも低いんです!

忘れられない原風景
いつか見た、パリダカの砂丘

昔のレースってスゴかったよね。ガードナー、シュワンツ、レイニー、ドゥーハンとかさ、っていうロードレースファンは多いけれど、リーダーの場合はちょっと違う。「昔のレースってスゴかったよね、ガストン・ライエとかシリル・ヌブー、ステファン・ペテランセル。おっと、ユベール・オリオールを忘れてた」
なんのことかチンプンカンプンな人も多いだろう。けれどリーダーにとっての盛り上がっていた80年代って、ロードレースGP500と同じくらい、ラリーブームが鮮明に思い浮かぶのだという。
「バイク好きは小学生からですね。もちろん、世界グランプリのGP500とかね、よくテレビで見てましたけど、それと同じくらいパリダカ見てましたよ! 毎年、お正月の夜の時間帯にテレビでやってるんですよね。今考えると、たしかにあれは、パリダカブームでした!」
1974年生まれのリーダーにとって、小学生高学年や中学生という、乗り物にいちばん興味がある頃に訪れたロードレースやパリダカブーム。今でもその熱は、リーダーの心の底に焼き付いている。三菱パジェロと篠塚健次郎さん、BMWのパリダカ3連覇に、日本人初のパリダカ出場ライダー、風間深志さん。そして、ホンダのパリダカ4連覇、ワークスマシンNXRに、アフリカツイン!「ホンダはアフリカツインでしょ、ヤマハはスーパーテネレ、スズキはDRジータとか! パリダカレプリカなんてカテゴリー、市販車にありましたよね。カワサキは天涯でしたっけ。だから16年にホンダがアフリカツインを出してくれた時は、本当に嬉しかったぁ! 今でもDトラッカーベースのヨシムラM250Sに乗ってます。オフロードを走るわけじゃないけど、オフロードモデルにはずっと憧れがあります」
リーダーの最初の愛車は、大学生の頃のカワサキGPZ400R。けれど、そのあとに乗ったTDR250が、今でも心に残っている。オフロードバイクのイメージ、匂い、雰囲気が大好きだったのだそう。「気分だけパリダカです(笑)。あの頃から、ずっとビッグオフローダーに乗りたかった! 砂漠とか砂丘を、轍を作りながらダーッと走ってみたいですよね。あの砂紋っていうか、明るい茶色の砂丘の景色って、ずっと忘れられませんよ」

16年には、復活したアフリカツイン、CRF1000Lにも乗った。ホンダの発表試乗会に参加してモトクロスコースも走ったし、ホンダから借り出してツーリングへも行った。RGTCのオリジナルDVD2のツーリングにも使用している。「なんと言ってもカッコいいよね! ちょっとデカいかな、とは思うけど、いざ走り出したらラクラクだし、速いし、快適。僕が考える、サイコーのツーリングバイクです。アフリカツイン、本当に買おうかと思いましたけど、欲しいなぁ、でもデカいしなぁ、の繰り返しです(笑)」
 リーダーのふんぎりがつかなかったのには、もうひとつ理由がある。アフリカツインは、最高のツーリングバイクだし、走れば走るほど良さがわかる。けれど、今のリーダーとバイクとの付き合いは、そうじゃない。毎日のように乗る、ちょっと出かける、ツーリングだって、そう遠くまで行けるわけじゃない。「今はありがたいことに、仕事も忙しいですからね。ツーリング三昧は、もう少し年を取ってから、仕事も少し落ち着いてからでいいです」
しかし、そんなリーダーの前に、またも魅力的なバイクが現れた。それがこの、CRF250ラリー!
発売されるニュースを知り、15年のモーターショーでプロトタイプを目にしてしまった。「あの250ラリー、本当に出るんですか? いつ出るんですか?」 それからは、250ラリーがリーダーにとってのパリダカレプリカ、アフリカツインになったのだ。

この存在感がイイ
ダート走らなくてもイイ

いよいよ250ラリーと対面したリーダー。まずは「見た目」をベタ褒め。リーダーにしてみれば、性能はもちろん大事だけれど、ラリーレプリカとしてのルックスも大事! リーダー、このルックスに、モーターショーでひと目ボレしたのだ。
「いやぁ、カッコいい! 250Lがベースっていうのはわかるんですけど、シート高も高くしたのはスゴいですね。ローダウン仕様があるとはいえ、このシート高が男らしい!エンジンサイドのカウルとか、リアのファットさとか、いやぁラリー好きのツボをついてきますね」
 もちろん、LEDライト、スクリーンまわりにも惚れた!
「もう、パッと見ただけでCRFラリーだってわかりますもんね。これは財産ですよ! ライトデザインとか、実は450ラリーには似てないんだけど、スクリーンもそれっぽい。これはデザインの勝利ですね」
さっそく走り出す。もちろん、走りは250Lとそう大きくは変わらないんだけど、雰囲気が大事だ。ちなみにリーダー、ベースとなった250Lに乗ったことはない。「見ていた時にはデカい、シートも高いと思っていたんですが、乗ってみるとそうでもないですね。身長170cmでラクラク、165cmだと片足ですね。でも、これはローダウンじゃないのに乗りたいなぁ。だってデカい方がカッコいいもん!」
走り出しても、スイスイ。足つきも苦にしていないし、さすがリーダー、M250Sで移動することも多いだけに、動きが堂に入っている。「スムーズなエンジンですね。ゆっくり走りたい時は静かにスムーズに走れるし、パッと開けた時はドン、と背中を押されるみたいな加速をする。これ、ツーリングとか、長距離を走るのにラクかも!」
250ラリーって言っても、もちろんラリーに出るわけじゃないし、ツーリングに適したオフロードモデル、って感じですかね。「いや、それが大事なんですよ。実は林道なんか走らなくていいと思うんです。これは、街をおしゃれに流すストリートバイクですよ。パリダカブームの頃だって、街中にパジェロがドッと増えたでしょう? それでも、泥に汚れたパジェロなんて見たことないし(笑)。こういうモデルは、それが大事なんだと思う」それからリーダーは、街乗り、そして高速道路をショートツーリング。ベースとなった250Lがもともと持っているユーティリティに、いたく感心した様子だった。
「ハンドリングも軽いし、誰にでも乗れるラリーレプリカですよね。考えてみれば、それってスゴい贅沢!これでドロドロになるまでツーリングするのもかっこいいし、泥ひとつなく街乗りするのもイイ! 僕だったら、毎日のようにストリートバイクとして乗りまくりますね」
現在、ドゥカティ・ディアベルとヨシムラM250Sを所有するリーダー。仕事場や収録場に駐輪場がある時は、M250Sで行くことも多いのだという。そして、ちょっと気づいたことがある。「いま、後輩芸人とか若いタレントさんがオフ車に乗り始めてるんですよ。いつでもどこでも気軽に乗れるし、狭い駐輪場だって取り回しがいいから乗ってる、って後輩もいたりする。実は、僕の影響だと思うんですよね(笑)。前も、バイク停めて、オフロードヘルメット持って移動してるとき、メットがカッコイイ、って言われたこともありますもん。こうなったら芸能界にオフロードバイクブームを巻き起こしてやろうか」
それからは、バイクのあちこちを眺めながら、グイグイ引き込まれているリーダー。こりゃ、M250Sがいい値で売れたら、250ラリー買っちゃうんじゃないのー?「え? M250は手放しちゃうの?いや、1台増やしてもいいかなぁ、と思ってですね」
え!増車ですかー(笑)。「テールをキュッとして、フェダーレスにして450ラリーにもっと似せたいなぁ。あと、林道も1回ツーリングしてみたいですね」リーダー試乗、継続ですね!



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