【オールナイトニッポンが大好き】51年の歴史を刻むラジオ界の金字塔を今。

表紙

ケトル

君が踊り、僕が歌うとき、新しい時代の夜が生まれる──

1967年10月2日、そんな言葉から始まったニッポン放送の

「オールナイトニッポン(ANN)」

いわずと知れた超有名ラジオ放送です。

 

ラジオって、不思議と郷愁を刺激してきます。

両親が寝静まった後に隠れて聞いた──

受験勉強の相棒だった──

深夜の孤独にあんなに上手く寄り添う存在は他にそうありません。

そんな<夜の解放区>として50年以上愛され続けてきたオールナイトニッポン。

今回は、ANNリスナーによる、ANNリスナーのための特集です。

 

この雑誌のCHECK POINT

☑【アナウンサー・上柳昌彦】×【乃木坂46・新内眞衣】

☑麗しの60年代から現代へ

▶初期メンバーは全員社員だった

▶あの頃はみんな無名だった

 

【上柳昌彦】×【新内眞衣】


現在、ANN0の水曜パーソナリティを務める乃木坂46の新内 眞衣さんと

かつて2部でパーソナリティを務めたアナウンサーの上柳 昌彦さん。

ANNから学んだ大切なことについて語って貰いました。

 

番組を任された年が、同じ26歳の頃だったり、

最初は話しをすることが苦手だったりと、

何かと共通点が多い二人。

対談では、「え!そうだったの?」という裏話が炸裂しています。

 

麗しの60年代から現代へ


初期メンバーは全員社員だった

「え!?そうなの!?」と私は驚きました(驚きっぱなしですね)。

創成期は狭いスタジオにディレクターとパーソナリティの二人だけ。

お金もなかったため、最低限の設備しかない中、

正直な言葉でリスナーに語り掛けるスタイルが若者にウケました。

 

そうなのです、ラジオの醍醐味こそ話者との距離感の近さ!

まるでちょっと年上の兄弟・イトコの輪に入れてもらえたような……

聞くと少し大人になれた感じがしました。

 

初期メンバーはみんな社員だった

 

あの頃はみんな無名だった

タモリも所ジョージも稲川淳二も──

あの頃は全然有名じゃありませんでした。

1976年の時点ではタモリも無名の新人タレント。

新宿のバーでデタラメな外国語のコントをしていたことが界隈で噂になり、

それを聞きつけたニッポン放送のディレクターが彼をラジオに出演させたのが始まりです。

 

無名時代のタモリ

 

凄いのは他のスタッフもどんどん面白そうな人をスカウトしていくこと。

面白ければ予備校生や大学生も起用したそうですよ。

 

この「もしかしたら何かのきっかけで自分も向こう側に行けるかも」っていうの素敵すぎますよね。

一度は妄想する、自分だけのラジオ放送局。

そういう夢を与え続けたANNは、本当に貴重な存在だと思います。

 

君が踊り、僕が歌うとき、新しい時代の夜が生まれる。

太陽のかわりに音楽を、青空のかわりに夢を。

フレッシュな夜をリードする、オールナイトニッポン

チラ見

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