GQ JAPAN(ジーキュージャパン)

有名人のコロナ禍 / 太田光

『あのときも、あのときも同じだった。』

 

2020年3月頃から日本でも目の前の風景が一気に変わり、生活も変わり非日常が日常になりました。

一般人も有名人も関係なく押し寄せてきたこの状況で

誰もがいろんなことを考え、変わった日常で自分らしく過ごそうとしています。

 

今回紹介するGQ JAPANは1度目の緊急事態宣言が明けた日に発売されたものです。

そこでは、これまでGQ JAPANに掲載された著名人たちがコメントをし、

文字たちだけが掲載されるという今までにない内容ですが、

それは撮影もせずに、皆が”うち”にいたことを表しています。

 

現在、4回目の緊急事態宣言が発令されていますが、1回目とはまた違う雰囲気。

当初よりもわかったことが多い今、より人々が協力しあって早くこの状況を変えていきたいところです。

 

今回は、爆笑問題・太田光さんのコメントを紹介します。

 


太田光 / 爆笑問題


 

我々はいつもと変わらない。

デビューしたのが1988年。昭和の終わり平成の直前で、自粛ムード一色だった。

漫才師の出る幕はなかった。

しばらくしてバラエティが復活し、我々も売れ始めた頃、事務所を辞め自発的自粛期間に入る。

3年ほど自粛した。漫才のネタだけ作って月1回披露するだけだった。

 

タイタンを作り、コンテスト番組で優勝し、

ようやくテレビにでられるようになり、さあ、これから。というとき、阪神淡路大震災が起きた

その日も家で田中とネタづくりをしていた。

やはりバラエティはなくあんり、その数ヶ月後、地下鉄サリン事件

その年は、ふたつの大きな事件をどうネタにするかばかり考え、漫才をして過ごした。

 

東日本大地震のときは、自分達が司会の配信番組の収録中だった。

テレビに出られない芸人を集めたゴングショーのような番組で、出演者は売れる前の古坂大魔王、

一部ファンにマニアックな人気があったマキタ・スポーツ、ユリオカ超特急など。

突然揺れ、スタジオの天井が崩れ皆で外へ避難した。

 

都内の公園に人が集まり、第二波の揺れが来ると近くの首都高が波のように揺れ、

恐怖を感じたが、さっそくマキタがギターを弾き、9.11後のセントラルパークで誰ともなく歌われたという

『レット・イット・ビー』だったか『イマジン』だったかを歌い始めたので

「お前は売れてないからいいけど、俺まで不謹慎だと思われるから近くに来るな!」と言ったのをおぼえている。

 

古坂に

「テレビに出られない芸人として収録してる番組もこうしてなくなるんだから、お前達はよっぽどツイてないんだ。一生テレビには出られないよ」

と、言って笑った。

 

バラエティは無くなり、しばらく自粛が続いた。

我々は地震をネタに漫才を作った。

 

今、世界中でピコ太郎の手洗い動画が観られていることをテレビが報じている。

何百万回と再生されているそうだ。

マキタも売れ、ユリオカは相変わらずだ。

 

我々芸人は皆常に「シリアスな出来事」をどう「笑い事」にするかしか考えてない。

今回も変わらない。いつも通り笑い事を探している。

 


 

今回は太田光さんのコメントを紹介しました。

いつの時代も「笑い」を考えているという、”職業”の次元を超えた太田さんの生き方がみえてきます。

 

 

本誌では、他にもオカダ・カズチカ(プロレスラー)、MIYAVI(ミュージシャン・俳優)、

野村周平(俳優)、坂本龍一(音楽家)、茂木健一郎(脳科学者)など

さまざまな著名人がコメントしています。

こちらからお読みいただけます。

記事の有効期限: 2021年9月28日 Tuesday