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..00号となりました。ここまで続いたのもひとえに読者のみなさまと取材・執筆でお世話になっているみなさまがたのおかげと厚く御礼申し上げます。その200号記念に、「スポーツ現場とスポーツ医学」と題し、..
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..号となりました。ここまで続いたのもひとえに読者のみなさまと取材・執筆でお世話になっているみなさまがたのおかげと厚く御礼申し上げます。その200号記念に、「スポーツ現場とスポーツ医学」と題し、前号..
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..0号を記念して)弊誌はこの号で通巻200号になります。来年の10月には創刊30周年を迎えます。いずれの意味でも、今年と来年は節目の年ということができます。これも、ひとえに読者のみなさまのおかげ..
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..ます。来年の10月には創刊30周年を迎えます。いずれの意味でも、今年と来年は節目の年ということができます。これも、ひとえに読者のみなさまのおかげです。もちろん、原稿を書いていただいている連載執..
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..意味でも、今年と来年は節目の年ということができます。これも、ひとえに読者のみなさまのおかげです。もちろん、原稿を書いていただいている連載執筆者の先生、毎号特集はじめ取材に応じていただいている先..
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..いる先生なくして弊誌は存在できません。心から御礼申し上げます。さて、その通巻200号を迎え、その特集は何にするか。まだ考えが定まっていないときに、前号P.24で紹介したCCA(Coaching..
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..0号を迎え、その特集は何にするか。まだ考えが定まっていないときに、前号P.24で紹介したCCA(Coaching & Conditioning forAthletics)の第1回種目別(跳躍)..
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..そこで感じ取ったことは以下のようなことです。これまで、選手とコーチ、トレーナー、理学療法士、柔道整復師、鍼灸師、医師、スポーツ科学者など、いわゆるスポーツ現場と医学や科学の専門家がそれぞれの専..
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..ようなことです。これまで、選手とコーチ、トレーナー、理学療法士、柔道整復師、鍼灸師、医師、スポーツ科学者など、いわゆるスポーツ現場と医学や科学の専門家がそれぞれの専門性を持ち寄り、外傷・障害の診..
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..が薄くなっているのではないか。CCAの発足時の主旨は「コーチもトレーナーもPT(理学療法士)も医師も選手も立場を超えて陸上競技について考え、学べる会を作ろう。そして、世界で戦える選手の育成を行..
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..CCAの発足時の主旨は「コーチもトレーナーもPT(理学療法士)も医師も選手も立場を超えて陸上競技について考え、学べる会を作ろう。そして、世界で戦える選手の育成を行いたい」というもの。実際にその..
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..場を取材すると、講演はもちろん、走高跳のピットでも選手、コーチ、医療関係者が一緒になって跳躍動作に取り組んでおられ、それはまさに「スポーツメディスン」本来の姿を見る思いでした。そこで、その日発..
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..り組んでおられ、それはまさに「スポーツメディスン」本来の姿を見る思いでした。そこで、その日発表されたなかから5人の先生に改めて取材し、お話をうかがうとともに、スポーツ現場とスポーツ医学について..
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..第1回種目別勉強会では、前回紹介したように、金子晴香先生と川野哲英先生も講演されましたが、ここでは伊藤由記子、吉田孝久、氏家憂也、阿部洋太、吉田奈美の5先生のお話を掲載することにしました。金子..
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..も講演されましたが、ここでは伊藤由記子、吉田孝久、氏家憂也、阿部洋太、吉田奈美の5先生のお話を掲載することにしました。金子先生、川野先生にはまた別の機会に広く論じていただく機会を設けていく予定で..
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..されましたが、ここでは伊藤由記子、吉田孝久、氏家憂也、阿部洋太、吉田奈美の5先生のお話を掲載することにしました。金子先生、川野先生にはまた別の機会に広く論じていただく機会を設けていく予定です。..
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..金子先生、川野先生にはまた別の機会に広く論じていただく機会を設けていく予定です。弊誌創刊の1989年からほぼ30年が経過しようとしていますが、スポーツやスポーツ医学の環境は30年前と今とでは状..
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..やスポーツ医学の環境は30年前と今とでは状況は大きく変わりました。今年度から「日本体育協会」は「日本スポーツ協会」に改称され、ほどなく「体育の日」も「スポーツの日」に変わるようです。「スポーツ..
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..境は30年前と今とでは状況は大きく変わりました。今年度から「日本体育協会」は「日本スポーツ協会」に改称され、ほどなく「体育の日」も「スポーツの日」に変わるようです。「スポーツ」と「体育」とはど..
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..0年前と今とでは状況は大きく変わりました。今年度から「日本体育協会」は「日本スポーツ協会」に改称され、ほどなく「体育の日」も「スポーツの日」に変わるようです。「スポーツ」と「体育」とはどちらが..
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..から「日本体育協会」は「日本スポーツ協会」に改称され、ほどなく「体育の日」も「スポーツの日」に変わるようです。「スポーツ」と「体育」とはどちらがより大きな概念か。いずれかをより大きな概念とする..
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..ポーツ」と「体育」とはどちらがより大きな概念か。いずれかをより大きな概念とする両方の考え方がありますが、その改称では「スポーツ」のほうがより大きな概念とする立場が取られたようです。そのことが示..
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..りますが、その改称では「スポーツ」のほうがより大きな概念とする立場が取られたようです。そのことが示すように、「スポーツ」の概念は大きくなると同時に曖昧にもなっているように感じます。スポーツ、運..
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..、「スポーツ」の概念は大きくなると同時に曖昧にもなっているように感じます。スポーツ、運動、身体活動、トレーニング、身体教育、体育、いろいろなものが区別されず、「スポーツ」でくくられる傾向もあり..
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..社会に突入した日本では、世界に先駆けて取り組まなければいけない問題も多く抱えています。高齢者問題はその筆頭に挙げられるかもしれません。健康寿命延伸はそのなかでCCA第1回種目別(跳躍)勉強会で..
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..ています。高齢者問題はその筆頭に挙げられるかもしれません。健康寿命延伸はそのなかでCCA第1回種目別(跳躍)勉強会での実技風景も積極的取り組みとして今後ますます注目されていくことでしょう。一方..
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..ません。健康寿命延伸はそのなかでCCA第1回種目別(跳躍)勉強会での実技風景も積極的取り組みとして今後ますます注目されていくことでしょう。一方で、スポーツ施設は30年前に比べると、はるかに進歩..
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..一方で、スポーツ施設は30年前に比べると、はるかに進歩しました。大学内にあるスポーツ施設や公共施設として、陸上競技場をはじめ、体育館(これも「体育」館ではなくアリーナなど別の呼称が増えてきまし..
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..(これも「体育」館ではなくアリーナなど別の呼称が増えてきましたが)、ラグビー場、サッカー場、プール、柔剣道場、トレーニング場、トレーナールームなど、かつて憧れとされたアメリカの施設と遜色ないも..
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..も多数におよび、それは30年前の比ではありません。そういう時代だからこそ、これまでの日本のスポーツ医科学の歩みを改めて振り返り、何が大事なのか、再度確認してみたい。そういう思いでこの特集を組ん..
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..それは30年前の比ではありません。そういう時代だからこそ、これまでの日本のスポーツ医科学の歩みを改めて振り返り、何が大事なのか、再度確認してみたい。そういう思いでこの特集を組んでみました。今後..
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..時代だからこそ、これまでの日本のスポーツ医科学の歩みを改めて振り返り、何が大事なのか、再度確認してみたい。そういう思いでこの特集を組んでみました。今後も引き続き、こうしたスポーツメディスンの視点..
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..、「基礎講習足部・足関節大学現場での対応について」というタイトルで発表された伊藤先生に、CCAの取り組みそのものについて聞き、その後その発表内容を紹介していただく。CCA発足の背景と「日本記録を..
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..る会」——CCA自体は2013年から?2013年の1月に最初に集まりました。もともと陸上競技の元トップアスリートメンバーを中心に創設したものです。きっかけとしては、たまたま以前勤務していたゴー..
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..です。きっかけとしては、たまたま以前勤務していたゴールドウィン時代に慶應義塾大学(以下、慶應)のOBを何人も診させていただいていました。2007年の世界陸上選手権に当時2年生であった横田真人さ..
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..当時の慶應の競走部では人事などの決定権はすべて学生に任されていた時代でした。監督もほとんど口出ししないし、競走部の運営はすべて学生がやっていました。ちょうど横田君も翌年から主将になるという時期..
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..では人事などの決定権はすべて学生に任されていた時代でした。監督もほとんど口出ししないし、競走部の運営はすべて学生がやっていました。ちょうど横田君も翌年から主将になるという時期だったこともあって..
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..ないし、競走部の運営はすべて学生がやっていました。ちょうど横田君も翌年から主将になるという時期だったこともあって、2009年1月からスタッフとして関わるようになりました。そうして陸上の現場に私..
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..「選手のサポート環境はもう少しどうにかしてくれませんか?」という声を多く聞くようになりました。——「もう少しどうにか」というのはどういう状況だった?いろいろと治療する人はいるけれども、どうも現..
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..しどうにか」というのはどういう状況だった?いろいろと治療する人はいるけれども、どうも現場との連携という点では十分ではないという問題点を指摘されました。当時、苅部俊二先生(元400mハードル日本..
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..いろいろと治療する人はいるけれども、どうも現場との連携という点では十分ではないという問題点を指摘されました。当時、苅部俊二先生(元400mハードル日本記録保持者、現在法政大学教授)も吉田孝久先..
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..場との連携という点では十分ではないという問題点を指摘されました。当時、苅部俊二先生(元400mハードル日本記録保持者、現在法政大学教授)も吉田孝久先生(元走り高跳び日本記録保持者、現在日本女子..
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..携という点では十分ではないという問題点を指摘されました。当時、苅部俊二先生(元400mハードル日本記録保持者、現在法政大学教授)も吉田孝久先生(元走り高跳び日本記録保持者、現在日本女子体育大学..
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..て、スポーツ診療所では、治療と陸上競技の動作と直結した指導を受けていました。しかし、現在、自分がみている選手たちは、ドクターはドクター、トレーナーはトレーナー、コーチはコーチと役割がそれぞれに..
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..分がみている選手たちは、ドクターはドクター、トレーナーはトレーナー、コーチはコーチと役割がそれぞれに分かれてしまっていて、うまくつながっていかないというお話でした。私からすると久しぶりに戻って..
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..選手たちは、ドクターはドクター、トレーナーはトレーナー、コーチはコーチと役割がそれぞれに分かれてしまっていて、うまくつながっていかないというお話でした。私からすると久しぶりに戻ってみたら、コー..
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..ドクター、トレーナーはトレーナー、コーチはコーチと役割がそれぞれに分かれてしまっていて、うまくつながっていかないというお話でした。私からすると久しぶりに戻ってみたら、コーチとトレーナーの関係が..
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..はトレーナー、コーチはコーチと役割がそれぞれに分かれてしまっていて、うまくつながっていかないというお話でした。私からすると久しぶりに戻ってみたら、コーチとトレーナーの関係がうまく築けておらず、..
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..が絶対で、トレーナーは意見が言えていないという様子が見受けられたりしました。そうした状況をみて、川野哲英先生(現在はちすばクリック)から「陸上の勉強会をつくったらどうか?」という助言もいただき..
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..、川野哲英先生(現在はちすばクリック)から「陸上の勉強会をつくったらどうか?」という助言もいただき、それで声かけしていると吉田孝久先生が代表をやってくださるというお話になり、CCA発足に至った..