第37回 人民中国 編集長 王衆一さん

- 世界遺産からビジネス最先端、若者カルチャーまで、中国のホットないまがわかる月刊誌。日本語で読める唯一の中国雑誌。気になる隣国を知るための必読書です。
―「人民中国」は中国のいまを知るのに便利な日本語雑誌ですが、「人民日報」と間違う人もいますよね。そもそもの貴誌の成り立ちを教えてください。

1953年の創刊号には周恩来の名前も

歴代支局長の私物が陳列されていた
よく間違われますが全然違う媒体です。「人民中国」は、もともと1949年に中華人民共和国が成立して以来、中国のことを諸外国に知ってもらうために発行されてきた、いわば広報雑誌です。
当時の時代背景から、なかなか中国の情報を世界に発信することは困難だったのですが、それでも50年に英語版(「PEOPLE‘S CHINA」)、51年にロシア語版を出しました。冷戦時でしたので、東西2つの大国の言語で出すことに意義があったのでしょうね。
日本語版が出せたのが53年です。出版元は当時の外文出版社(中華人民共和国国務院直属)ですが、日本では本当に多くの愛読者に支持されてここまでやってこられました。
私は1998年末に編集担当の副社長に任命され、2007年総編集長に任命されました。2001年から私が編集長を務めています。
―創刊当初といまとではかなり内容も違うのでしょうね。

リニューアルにはそれぞれの時代背景が

リニューアルにはそれぞれの時代背景が2
そうですね。「人民中国」は今年で創刊57年目ですが、創刊当時は世界的にイデオロギーの対立もあり、メディア自体が非常に硬いものでした。とにかく中華人民共和国という新しい国家の外交政策を、国交のない国々に伝えることが大事でしたから、いまとは様子が違いますね。
記事の内容をみても、創刊当初は中国の文化人や政治家の寄稿が中心でしたが、60年代に入ったころから日本人の寄稿も増えてきました。
中日関係は国交がない時代から、国交正常化や80年代初期のハネムーン時代を経て、いまやだんだんと「平常化」の時代にたどり着いたと思います。その全過程を見つめてきた「人民中国」は、時代
の変化や読者の新しいニーズに合わせて、何度かリニューアルを繰り返しています。
2001年にも新しい理念のもとで大きくリニューアルしました。オールカラーにして読みやすく、かつては中国発だったコラムも意識的に中国・日本が相互乗り入れできるようにしました。相互理解というのが編集上の需要なコンセプトですから。そうして中日複眼で世界を見るようになって、深みのある記事ができるようになったと思っています。
中国外文出版発行事業局の傘下で、「人民中国」のほかに「北京週報」「中国画報」の日本語版も長く出版してきましたが、これらは2000年にwebにシフトしてしまいました。
ですから「人民中国」はいま日本語の紙媒体として存続している唯一の媒体になっています。
―どういった流通をとっているのですか。
中国と日本で販売しています。日本では「東方書店」さんにディストリビューションをお願いしています。オンライン書店では富士山マガジンサービスさんにもお願いしています。
最初は中国で刷って日本に運んでいたのですが、05年からは中国と日本双方で印刷できるようになりました。
―読者はどういった人たちでしょうか。
基本的に中国に関心のある日本の人たちです。日本語を学ぶ中国人が読むケースも増えています。中国の大学で日本語教育をする場合、日本の教材を使う場合が多く、そのため現代をうまく説明できないといったことが多いんです。日本語の補助的な教材として、「日本語でいまの中国を説明する」能力をアップする役割を果たせますので、「人民中国」を読んでほしいと思って大学などに働きかけたりもしています。
また翻訳者を養成するというステージももっています。・・・(次頁へ続く)
- 1.Pen(阪急コミュニケーションズ)
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- 雑誌全体のセンスがいい。流行がしっかりつまってる。
- 2.ニューズウィーク日本版(阪急コミュニケーションズ)
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- 国際ニュースを米国の視点でしっかり見られる。立場が違ってもプロのジャーナリスト精神がある。
- 3.編集会議(宣伝会議)
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- 編集のノウハウの参考になるので、うちのスタッフも読んでます。
- 4.にっぽん(平凡社)
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- 仕事の参考になる。デザインも知的。
- 5.芸術新潮(新潮社)
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- オタクなので、美術雑貨のコレクションの参考に。









