日本最大級の雑誌数 定期購読者100万人以上!

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新文化 2006年07月13日号
時代を創る 若き経営者たち
先週に引き続き、西野伸一郎氏のインタビューを掲載。雑誌の定期購読専門サイトとしてオープンした富士山マガジンサービスだが、その先には次代の雑誌事業のあり方を見据えている。(本紙・石橋毅史) 西野氏が捉えた時代の転換期(下) 定期購読・デジタル化・イベント開催「雑誌の展開 もっと多様に」 ―〇二年十二月にサイトを開設、現在は四年目になりますが、当初の計画と比べて進捗状況はいかがですか。 「順調に推移しているといえます。公開できる数字で説明すると、スタート時に二四一誌だった取扱い誌数は現在二三〇〇誌まで拡大しました。ウェブへの訪問者は月間二〇〇万人超、売上げトップ10圏内の雑誌は、それぞれ月間で二〇〇~四〇〇件の受注です。週刊誌などもあるので、冊数で換算すると3000~1万冊になります。それと、アフィリエイトプログラムに参加するサイトが一万二〇〇〇に増えた。これはインターネット上に一万二〇〇〇店の〝富士山帳合書店〟ができたようなものだと思っています」 ―富士山自体は順調に伸びている一方で、定期購読という雑誌の買い方が目に見えて浸透した印象はないのですが。 「それには、まだまだ時間と意識改革が必要な段階なのだと思います。ABC公査などを見ると、僕らが事業をスタートした二〇〇三年以降、定期購読の比率は10・1%から11・5%と、わずかとはいえ年々、増加傾向にある」 ―フリーペーパーや携帯サイトなどもかなり増えているなかで、雑誌という商品自体の行方をどう見ていますか。 「まず、出版社は元になる情報をとってきて、読者が面白く読めるものにする作業のプロ集団だと認識する必要がある。紙でパッケージして取次や書店に流通する形態を〝狭義の雑誌〟と位置づけ、もっと広義に雑誌を捉えれば、可能性は限りなく広がると思います。結局、人はコンテンツに興味があって雑誌を買うのであって、それを届ける方法は多様にすべきです。僕らが進めてきた定期購読もそうだし、記事の一部を携帯電話に配信して読者を誘導する手もある。フリーペーパーも敵対視する必要はまったくなくて、無料誌があるからこそ、買って読む雑誌の存在意義がはっきりする。富士山を立ち上げたのも、そこに次の可能性があると思ったからです。要するに、雑誌として今までの形態を守ることばかり考えず、様ざまな可能性を求める攻めの姿勢が大切だと思う」 ―富士山でも今後、定期購読に限らず、そうした多様な展開をサポートしていく考えですか。 「社名の後ろに『サービス』を付けていますが、雑誌に関わる、あるいはそこから派生するあらゆるサービスを出版社に提供したい。〝富士山クアトロパック〟と名付けて、ネットに加えて携帯、FAX、フリーダイヤルでも二四時間受注できるサービスを始めました。また現在準備中ですが、法人や図書館の一括受注を出版社に代行して営業するサービスも予定している。一方で、そうした定期購読以外の取組みも徐々に始めています。たとえば富士山のサイト上で、雑誌を売るだけでなく関連したセミナーの顧客獲得を代行するといった可能性もある。将来的には雑誌に掲載される商品も販売するなど、消費者のライフタイムバリューに雑誌を関わらせていくような展開を考えている」 ―雑誌が単体で生きるのではなく様ざまな事業と繋がることで価値をもつという考え方自体は、出版社の間にも広がりつつあるとは思うんですが。 「少しずつですね。まだ本当に意識し、実行している社はわずかだと思う。変わるべきだと口にしながら、本音では自分がいる間は現状のままでも何とかなると思っているのが見える人もいる。雑誌が進化するか、衰退するかの過渡期にあることがきちんと認識されていない。コンテンツはあるのに活かしていない。もったいないと思います」 ―西野さんの考え方は、従来の書店の次の売場のあり方も示唆していると思う。ただ、売り方の進化を考えるより自分が今やりたいことに集中する人は、年代に関わらずいます。すべてを肯定するわけではないが、そうした姿勢も出版の魅力だと思うのですが。 「まったく否定しないし、とくに編集の人は、そういう姿勢こそが必要な面もあるでしょう。ただ、経営者はそうではいけないと思います。たとえば定期購読の比率については明確な方針をもつべきだし、逆に定期購読オンリーの専門誌も、コンテンツ多様に展開していく可能性を模索したほうがいい」 ―ところで定期購読の促進は、業界内では「再販弾力運用の一環」という位置づけもされています。再販にどんな見解をもっていますか。 「雑誌をより多く販売するには、あらゆる手段を使って読者の心を揺さぶる必要がある。その手段のうち、最も有効な一つが価格設定でしょう。具体的には、以前から言っていることだが『三割引き』がマジックナンバーですよ。五〇〇円の月刊誌なら、年間一二冊分で六〇〇〇円のところを四二〇〇円。いつも買っている人にとって『せっかくだから定期購読にしようか』と心を揺さぶられるお得感なんです。読者を揺さぶることで市場は活性化するし、出版社にとっても、一年分の現金を前払いしてもらい、返品もなく読者属性もとれるといった多くのメリットがある」 ―最後に、西野さんがアマゾンジャパンの次に雑誌販売の富士山マガジンという、さらに出版業界と深く関わるような方向へ進んだのはなぜですか。NTT、ネットエイジ、アマゾンジャパンという流れには、本の世界からいつでもサヨナラする人というイメージがあり、意外な気もしました。 「実際、ひょんなきっかけでアマゾンジャパンのブックスの責任者になりました。たぶんビジネス書は人よりも相当たくさん読んでいますが、本や雑誌の専門家というわけじゃない。ただ、生粋の出版業界人ではないけれど、業界全体の動向をみて新しい方向を模索するには、そんな人間の方が何かとやりやすいところもあると思います」 ―アマゾンの日本法人を立ち上げて軌道に乗せたわけですから、いろんな誘いもあったのではないですか。 「同様のことをやらないかという話がいくつかあったのは事実です。提示された収入は今の三倍、四倍の額でした。ただ、自分がこれから先に何をしていきたいのかを考えると、そういう道ではなかった。僕にとって、働くようになってからの最初の一〇年余りは、自分の可能性をできるだけ広げる時期だったと思うんです。MBAをとったこと、ネットエイジでベンチャー企業経営を初めて経験したこと、アマゾンの日本法人を立ち上げようと動いたことなどがそれで、目の前に現れた新しい機会は、なるべく経験するようにしてきた。その後は自分の可能性を絞るというか、自分が咲かせたい一輪の花を決めて、他の芽はむしろ摘み取る時期だと思う。僕にとってはそれが富士山だったんですよ。可能性をどう絞るかというと、結局のところ『何が好きか』だと思うんですが、自分の場合、それは新しい種の提案だと思います。ダーウィンの『種の起源』のような話になってしまうけど、どこかで突然変異が起きない種って、いずれ滅びるんですよ。本の世界でも、そもそもインターネットがそうだし、アマゾンもそうかもしれない。いま、それが起きているところだと思うんです。僕はそこから今度はどんな新しい種が生まれるかを見たいし、その突然変異を促す役割を、ほんの隅っこでかまわないから富士山で果たしてみたいと思っています」