日本最大級の雑誌数 定期購読者100万人以上!

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藤沢久美のFOCUS ON
紙媒体のデジタル化は止められない

-西野伸一郎 富士山マガジンサービス代表取締役社長 藤沢 富士山マガジンサービスは、2002年に雑誌の定期購読サイトを日本で初めて開きました。当時、ネットで雑誌を売ることに、大手出版社の反応はいかがでしたか。 西野 最初に契約してくれたのは、『ニューズウィーク』を発行していた当時のTBSブリタニカ(現、阪急コミュニケーションズ)でした。私がNTT時代に『ニューズウィーク』の編集長と親しくさせていただいたことがきっかけです。ただ、最初の頃の契約相手は、やはり直販でビジネス雑誌を発行している出版社が多かったですね。大手出版社は、書店を守る立場にもありますので、ネットでの雑誌販売に興味はあれど契約には至らないことが多かった。出版物は、出版社から取次ぎ会社を通して書店に並ぶという昔ながらの流通経路があるからです。 藤沢 いまのように大手出版社と契約できるようになったのは。 西野 私がアマゾンに勤めていた頃から付き合いがあった取次ぎ会社「大阪屋」が、いくつかの出版社との取り引きをつないでくれたのが一つの要因です。取次ぎ会社を経るということで、出版社も当社と契約しやすくなったのでしょう。とはいえ、02年に70の出版社、241の雑誌でスタートして、4年が経った現在でようやく600社、2300誌です。こつこつと出版社を回って説明させていただき、契約に結び付けています。 <定期購読に着目> 藤沢 御社の興味深いところは、日本では一般的ではない定期購読という購買方法に着目したことです。 西野 定期購読市場は約2500億円規模と僕は踏んでいます。1.3兆円市場といわれる取次ぎ流通の約12%が定期購読だから、1500億円の市場がある。それから、取次会社を介さない直販流通が1000億円と見込まれている。足して2500億円ですね。

この市場を形成しているのは、2つの層の人たちです。こだわりの趣味のため、書店には滅多に置いていない雑誌を定期購読する人たちと、仕事上購読が必要な人たちです。例えば月刊誌で『寺問興隆』という雑誌がありますが、これは住職界の『日経ビジネス』とでもいうような雑誌で、住職の方々にとって貴重な情報が載っています。 藤沢 出版社側は定期購読に積極的ですか。 西野 少なくとも私は、定期購読という形態へのシフトを重要な経営戦略だと思っています。というのも、アマゾンに携わった1998年頃は全国の書店の数は約25,000店、そこから毎年約2,000店減って、いま17,000店。本を置く場所は減っている。ごく限られた雑誌しか書店に並べることができないのに、その一方で個人の嗜好や専門性はどんどん多様化・細分化しているから、需要と供給のミスマッチが起こっている。この時流に対応するには、定期購読が理にかなう。

アメリカの定期購読比率は80%。ヨーロッパ諸国と比べても日本の定期購読率12%はとても低い。多くの日本の出版社では定期購読の特典が送料無料程度ですが、もっと積極的にディスカウントした方がいい。一般論をいえば、消費者の心が揺れるのは3割引き。3割引きが価格弾力性が高い。販売収入の減少はあるかもしれないですが、書籍と雑誌の最大の違いの1つは、広告を入れられることですから、広告収入と販売収入の両建てで考えなくてはいけない。 <ネットの住人は紙を見ない> 藤沢 いよいよ、11月から小学館と提携して国内初の電子雑誌の販売を始められますね。電子雑誌を始める動機をうかがえますか。 西野 繰り返しになりますが、人々は多様化しています。そして、いろんな形で情報を欲しがっている。電子雑誌や定期購読という形で欲しい人もいるわけです。デジタルになることで、検索ができる、アーカイブも読める、海外の読者にもタイムラグなく提供できる、といったメリットがまずあります。 藤沢 電子雑誌によって紙媒体が売れなくなるという意見もあるようです。 西野 そういう部分もあるかもしれない。けれども、いまネットでほとんどの生活情報を得ている人たちは、すでに書店の雑誌に触れていない可能性が高い。決して紙媒体が不要というわけじゃない。ただ、人々が紙ではなくてデジタルで情報を得つつある現状を、出版社としては「読者を奪われた」とするべきじゃない。デジタルの世界を新しい競争の場として捉えるべきだと思う。

テキスト情報があるということは、雑誌の購読パターンが全く変わってくるのです。例えば、あるコンサルタントが墓石の市場を調査していたとしましょう。先ほど挙げた『寺問興隆』は、墓石市場の情報も載っていますが、しかしコンサルタントが「『寺問興隆』で墓石を調べよう」とは思わない。雑誌というのは、売り物であるコンテンツが、ネットに流出しないように、タダ見されないように、という発想になりがちです。ただ、これからは、記事の一部が検索にかけられて、「墓石」と検索したら『寺問興隆』の記事の一部が引っかかって、この雑誌の存在を知り、購入に繋がるようになる。

グーグルはいま、世界中の全ての情報を組織化したいと語っていますね。実は、検索にかかる情報は、まだ世の中の全ての情報の数パーセントに過ぎないのです。そこで、有料サイトを含めた「見えないウェブ」と呼ばれる、現在検索にかからない情報も検索にかけられるようにする動きが広まっている。組織化とは情報の存在を知ってもらうことです。これは情報の配信側、受容側双方にとって利益のあるシステムで、そのためには、情報のデジタル化がまず必要です。 藤沢 たしかに、私も仕事上で必要な情報を、そういった形ですでに得ています。 西野 だから、デジタル化は、いい悪いは別として基本的に止められない。その中でブログに代表されるような、無料でも質の高い情報を公開している人たちが急増している。ただ、その情報は玉石混交だから、情報のプロ集団である出版社が、自分たちの高品質な情報を積極的に提供するためのチャネルが必要です。その第一歩が電子雑誌なんです。 <インフォプレナーも巻き込む> 藤沢 電子化することで、雑誌の価格は安くなるのでしょうか。 西野 電子化の事業は3つのビジネスモデルで成り立っていて、1つは販売の中で販売手数料を出版社からいただく。もう1つは、デジタル印刷代をいただく。それから、ネット上の読者への配送料もいただく。もちろん紙より安くです。ですから、出版社が雑誌価格を下げようと思えばできる。ただ、色々な柵があって勝手に安くできないのが出版業界構造(笑)その中ですでに『ひらがなタイムズ』という外国人向けの日本紹介雑誌と『毎日ウィークリー』という英文のタブロイド新聞があります。これはデジタル化されて音声付きの電子雑誌として販売されている。付加価値を与えることで、紙媒体より若干高い値段で提供できます。 藤沢 デジタル時代の印刷会社の役割についてはどうお考えですか。 西野 電子雑誌によって、紙を刷っている印刷会社がいらなくなるということにはならないと思います。パソコン上で、雑誌のように読めるようにするデジタル作業を印刷といってもいい。実際、今電子雑誌にするにあたって印刷会社の技術協力を得ないとできない出版社もあります。 藤沢 電子雑誌の技術を使って、個人が自分だけの月刊誌・写真集をつくれるようにもなれますね。 西野 インフォプレナー(情報起業家)といって、個人で「グーグルで10倍儲ける方法」等のノウハウ系情報をPDFにして売る人たちがいます。海外ではすでに、億単位のビジネスになっています。インフォプレナーが、販売規模が大きくなるにつれ抱える問題は、情報が勝手にコピーされることなんですが、そこで電子雑誌の技術を利用すればいい。電子雑誌のDRM(デジタル著作権管理)と呼ばれる技術なら、印刷もコピーもさせないことができる。ウェブ2.0的にいえば、ロングテールの人たちはもっと増えていきますから、その人たちに電子雑誌という形を活用してもらってもいい。私たちはこのサービスを企業相手に限定するつもりはありません。 藤沢 私も、デジタルで紙媒体が売れなくなるとは限らないと思います。例えば、デジタルコンテンツで評価の高いものを紙媒体で販売するというケースもありえます。 西野 そうですね。初期投資費が高い紙媒体ではなく、まずはデジタルから販売を始めようと考えている会社があります。 とにかく、大きな流れでいえば、デジタルは否定できない。流れとして止められないですよね。それにどう対処していくか。これが今の段階ですね。

取材日・2006年9月26日