第87号

ワイナート(Winart)

Photo/KatsuakiShimegi Text/MakiYamamoto,SatoruMori

ソムリエ森覚的 山梨ワイン探索 連載第24回 まるき葡萄酒

海外からも注目を浴び始めている日本ワイン。日本人なら、そのよさを深く知っておきたいもの。本連載では世界大会にも出場するコンラッド東京のソムリエ森覚が毎号の造り手たちを訪ね歩く。一流のソムリエが聞き出す、生産者の言葉を聴いてみよう

ナビゲーター 森 覚
コンラッド東京エグゼクティブソムリエ。館内レストランのマネージャーも務める。09年第1回アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール優勝。10年、13年、16年のコンクール世界大会に連続出場。

今号の造り手 薬袋才樹
醸造責任者、製造部長。山梨大学発酵生産学科で酵母の研究に勤しみ、卒業後はモンデ酒造に入社。ワイン醸造のほか、ウイスキー製造などにも携わったのち、2009年より現職。

◎酵母の選別眼とブレンドの技で変革から結果を導くコマンダー

マスカット・ベーリーAと甲州は棚で、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロは垣根で栽培する。ワイナリーそばの下岩崎ヴィンヤードでは、2年前に植えたメルロがすくすく成長中。将来はブレンド用として使用される予定だ。

森 勝沼に来ますと、まるき葡萄酒のワイナリー前をたびたび車で通り過ぎていましたが、ここ最近はガラッと雰囲気が変わったようですね。

薬袋 4年前に「年間生産本数を100万本にしたい」と希望する社長に代わってから、最新の選果機や選果台、醸造タンクを導入、貯蔵庫もリニューアル。自社圃場は系列会社が管理するかたちで勝沼、塩尻のほか群馬や北海道まで広がっています。

森 各産地で方向性は違うんですか?

薬袋 地域ごとに栽培品種は分かれています。北海道ではドイツ系を中心としたヴィニフェラ。長野ではメルロを植えたばかりで、今後は高級路線として展開予定。群馬の赤城はボルドー系品種のほか、ノートンや小公子もあります。山梨では、固有品種に力を入れていきます。

森 すごい展開ぶりですねえ。

薬袋 昨年は、系列会社を含めた全員の社員旅行先が北海道でした。自分たちの畑にブドウの樹を1万本植えたんです。やってもやっても終わらなくて、暗くなっても作業が続きました。

森 それは社員旅行じゃなくて、もはや仕事ですよね(笑)。山梨に、自社畑はありますか?

薬袋 ちょうど、このワイナリーを取り囲んでいるブドウ畑が自社畑です。下岩崎ヴィンヤードと呼んでいます。

千葉のマザー牧場で毛刈りの練習をしてきたスタッフにより、夏向けにカットされて細身になった羊たち。冬は減農薬で草生栽培の畑に放たれ、それ以外の期間は、水はけが悪くブドウ栽培に向かないとされた区画が羊専用に。

森 区画ごとに、だいぶ高低差がありますね。

薬袋 さほど広くもないものですから、実験農場的な役割も持たせながら栽培を進めています。少し離れた場所にも自社畑はあり、さらには道路を挟んで向かいにある生食用ブドウ園も今年からうちでやることになりました。

森 畑に羊がいるのもユニークですね。

薬袋 新社長が4年前に突然4頭連れてきたんですよ。翌年には15匹にまで増えて、あわてて半数を沖縄の畑へ出張させました(笑)。垣根の畑は雑草だけでなくブドウの芽も食べてしまうので、自由に放し飼いできるのは冬の間だけ。

森 棚栽培にしているのは、甲州とベーリーA?

薬袋 はい。こちらが自社畑だからできることですが、収穫時期はいつもいちばん最後にまわし、通常の仕込みを終えた10月末から11月のタイミング。特別な仕込みを施さなくても、ほかの畑の甲州はここのブドウにかなわないんです。

森 この甲州が「レゾン甲州」となるわけですか。アルコールでなくブドウのリッチさを見せていく、うま味のあるワインでした。つまり高品質の理由は、ブドウがもつもともとのポテンシャルと収穫時期と考えればいいですか?

薬袋 あとは、羊由来の酵母なんですかねぇ(笑)。今年は思い切って早めに収穫したいと思ってます。

森 早めるのは、香りが落ちる前のタイミングでの収穫を狙っているから?

薬袋 はい。遅摘みでも酸は残るので、しばらくやり方は変えていませんでしたが。香りの出方をみるため、いっそ新酒と同じくらいのタイミングで瓶詰めすることも考えています。

森 甲州種だけで何種類もリリースされています。力を入れている白ワイン用ブドウは、やはり甲州?

薬袋 私がここに移ってきて、いちばん最初から力を入れてきたのが甲州です。とはいえ、買いブドウの割合も低くはないもので、個性を出しづらいんです。そこで、タンクごとに酵母を15〜20種類ほど使い分けています。3〜4種類が定番として決まっていて外せませんけれど、新しいものを試してみて、いい結果が出れば翌年から使用量を増やします。

森 大学時代に、酵母系の研究をされていたとか?

薬袋 酵母の遺伝について、何のことかよくわからないまま勉強していました。顕微鏡で眺め続けていたおかげで、いまでも酵母には愛着があります。最終的には酵母違いのものをいくつかブレンドして仕上げるので、複雑味も出てくるかな、と。

森 糖分による厚みに、複数の酵母が奥行きを与えてくれていますね。さすが、スタンダードクラスの甲州でもバランスが非常に優れています。

薬袋 それぞれ味わいは違います。たとえば、「レゾン甲州」はEU規格で造っており、アルコールは11度。ちょっと低めに抑えているのも特徴的です。

スパークリングにも潤沢な古酒を活用

森 また、甲州ワインのなかで気になったのは「ラフィーユ長熟甲州」です。こういうスタイルのワインは、ほかにそうそうありませんよね。

薬袋 ちょっと甘めのデザートワイン的な存在ながら、酸もあるでしょう。

森 樽には入れてないはずなのに、ブランデーのような不思議な香りがします。そして長熟とうたいつつ......(ボトルを見て)ラベルには収穫年の記載がありませんよね。

薬袋 現在出回っているものは、1974年をはじめ5種類の古酒をブレンドしているんです。

森 だいぶ古い甲州が残っているようですね。

薬袋 地下の貯蔵庫には3万5000本のワインが眠っており、いちばん古いのが1959年もの。一升瓶サイズの大瓶にコルク栓が打ってあったおかげで酸化が進みにくかったことに加え、もともと甘口だったため、いまでも飲める古酒が豊富にできています。もし辛口だったら、いまごろは褐変、酸化していたはず。

森 マグナムボトルのような一升瓶がヴィンテージごとに整然と並んでいる様は、迫力がありました。

薬袋 じつは古酒は、スパークリングにも少量使っているんですよ。

森 もしかして、リキュール・ド・ティラージュのように、最後に加えるんですか?

温度管理の行き届く新セラーには、130個ほどの樽が。いままでのセラーでは自然にマロラクティック発酵がスタートしていたのが、こちらでは起こらなくなったのは想定外だったとか。今後は樽数をさらに増やすため、近々拡張工事に入る。

薬袋 そうです、オリジナリティが出るかなと思いまして。スパークリングは甲州種で進めていくつもりですが、品種特有の苦みの処理がむずかしいんです。そこで、甘口の古酒を隠し味に。

森 おもしろい試みですね。

薬袋 以前の勤め先ではウイスキーやブランデー、リキュールも造っていまして、私はブレンドを長い間担当していました。複雑な味わいが好きなもんですから、ワインでもブレンドにはこだわります。

大躍進の甲斐ノワールがベーリーAとの2大柱に

森 いっぽう赤ワインは、どのような品種に力を入れていますか?

薬袋 ここでは山梨で作り出された品種をやりたいので、白が甲州だとすれば、赤はマスカット・ベーリーAが中心です。樽との相性もよさそうで、フレンチとアメリカンをワインのタイプによって使い分けています。ほかには、甲斐ノワールやヤマソービニオンを。

森 昨年の日本ワインコンクールで金賞を受賞したのが、まさにその薬袋さんが手がけた甲斐ノワールでしたよね。同時に「国内改良品種 赤部門」の部門最高賞まで受賞して、「最高賞がマスカット・ベーリーAじゃないの!?」と、世間がざわつきました。

薬袋 いままで、甲斐ノワールはベーリーAを越える評価を受けていなかったですからね。

森 以前からコンクールの審査員を務めている有名なワインライター、デニス・ギャスティンさんもベタ褒めしていたとか。このヴィンテージから、大きく造りを変えたんですか?

薬袋 いえ、例年とだいたい同じ。ですけど、樽に入れてから思っていた以上に品質がよくなることは時々起こるんです。いまだに甲斐ノワールは、収穫のいちばんいい時期が手探りで。いつまでたっても硬くて、落としても跳ねるくらい弾力がある。もっとシワシワにならないかな......と待っているうちに病害の気配がして、そこから仕込み始めます。

森 甲斐ノワールの扱いをもっと増やす予定はあるのですか?

薬袋 増やせない状態です。栽培農家さんに好かれない品種で、数えるくらいしか栽培農家さんがいません。香りが強いと同時に、酸も非常に強い点でむずかしさを感じる品種なのです。ただ、酸を食べる酵母がありまして、発酵と酸の調整を兼ねて使っています。山梨の固有品種にこだわりますと、お客様に「マスカット・ベーリーAよりもっと重い赤を」と言われたときに、わりと困るんです。甲斐ノワールがあれば、「これをどうぞ」と出せる強みがあります。

森 甲斐ノワールだと知らなければ、カベルネだと思ってしまいそうな味わいです。

薬袋 マスカット・ベーリーAの品質も全国的に上がってきているので、甲斐ノワールでの金賞再受賞はむずかしいかもしれませんが、さらに品質向上を目指し、まるき葡萄酒として甲斐ノワールを柱のひとつにします。ここ4年で設備を含めたハード面が一気に揃いました。これからはそれに人間が付いていってソフト面を強化し、結果を出していければと思います。

◎老舗ワイナリーが率先する「継続可能なワイナリーの姿」

土屋龍憲の名前は日本でワインの勉強をした人ならば、誰もが知っているであろう。明治時代のパイオニアである。その彼が創設したワイナリーがまるき葡萄酒だ。1891年から脈々と続く現存する最古のワイナリーだが、4年前より経営がグループレゾンに替わり、「本質的な豊かさ」を追求したブドウ栽培、ワイン造りで注目を集めている。今回はワイナリー刷新前のワイン造りを知る薬袋氏とともに、甲州と国内改良品種の赤ワインを試飲し、まるき葡萄酒の新たな進化を探った。

まずは「まるき甲州2016」。軸がまったくブレない模範的味わい。スクリューキャップでやや還元的だが、手軽さを考えると日常の食卓で毎日でも飲みたい、そんな甲州だ。

続いてスタンダードの「いろ 甲州2016」は何ともユニークなネーミング。「先入観をなくして、みなさん自身で判断してほしい」というコンセプなのだとか。大学で微生物学を専攻していた薬袋氏が複数の酵母を駆使して造り出す〝いろ〟は、大変滋味深い味わい。「ラフィーユ トレゾワ 樽 勝沼甲州2015」は、果汁冷凍濃縮によって凝縮感を高め、心地よい樽のフレーバーをまとう。ナッティな余韻と甲州独特の苦みが後を引くおいしさだ。

甲州の真打は驚くべきポテンシャルを秘めた「レゾン甲州2015」。果実味の集中度、絶妙なバランスに加えて、余韻に残るうま味を伴う味わいはプレスティージュクラスの品質。ボトルのデザイン、重厚感も飲み手に与えるインパクト大!

国内改良品種の赤は「レゾンルージュ2015」から。マスカット・ベーリーAを主体にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロをブレンドして造られる。口中いっぱいに広がるベーリーAの果実味が前半のインパクトを、そして中盤から存在感を発揮するボルドー系品種が複雑さや厚み、上品さを味わいにもたらしている。層のように押し寄せてくる滋味深い味わいは納得のクオリティ。「ラフィーユ 樽甲斐ノワール2015」は、味わいの方向性は変わらず、品種特有の酸とスパイスのコントラストがユニーク。

今後は山梨以外でも圃場を広げ、新たなワイン造りに邁進していくと言う薬袋氏。「大変になりますね」と声をかけると、「まぁ、そうですね」と苦笑うも、優しく羊たちを見つめる目が何とも印象的だった。〝継続は力なり〟とはよく言ったもの。サステイナブルを掲げた、老舗・まるき葡萄酒の挑戦はまさに始まったばかりだ。

  • レゾン甲州 2015
    Raison Koshu 2015
    明るめのレモンイエロー。ミカンやデコポンなどの和柑橘のアロマに貝殻様のミネラルのニュアンスが調和。果実のうま味をしっかり感じる味わいは、ジューシーでなめらかな口当たり。心地よい均整の取れたバランスを後味の苦みが引き締め、余韻の果実フレーバーをより引き立てている。(3,780円)
  • ラ フィーユ トレゾワ樽勝沼甲州 2015
    La Feuille Trésor Taru Katsunuma Koshu 2015
    やや明るめのイエロー。熟した白桃や洋梨の香りに、芳ばしいトースティーなアロマが絶妙に溶け込んでおり、華やかでボリュームを感じる。なめらかなアタックと中盤から存在感を発揮するバニラをまとった果実味がとても印象的で、奥行きを感じさせる複雑な味わいは余韻も長い。(3,240円)
  • レゾン ルージュ 2015
    Raison Rouge 2015
    やや明るめのチェリーレッド。ブレンドの妙が醸し出す複雑な香りは、赤い果実に何層もの香りが折り重なりかぐわしい。味わいはエレガントな酸を中心としたアタックに、カベルネ由来の複雑さが加わり、厚みと広がりのあるボディ。キメ細かい上品なタンニンが後味をキレイにまとめる。(3,780円)
  • ラ フィーユ
    樽甲斐ノワール 2015
    La Feuille Taru Kai Noir 2015
    濃いめのチェリーレッド。スパイシーさが際立つ香りに赤系果実に黒コショウやバニラ、ローストなどが調和。酸を基調とする味わいは引き締まったボディで、ココアパウダー様のタンニンが重心の低いストラクチャーを与える。料理と合わせると違った面を見せてくれそうな妖艶な味わい。(2,700円)
  • イベントスペースであるワイナリー2階のテラスにて試飲する森。この連載では珍しくオープンエアな環境に、畑からの風に吹かれながら「さわやかなワインをココで飲むのは気持ちいい」と森も満足。

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