
ニューズウィーク日本版
櫻井翔、東日本大震災から10年
いま伝えたい「3.11の記憶」
日本テレビの報道番組「news zero」キャスターとして、 2011年3月11日に東日本大震災が発生して以降、 一貫して被災地の取材を続けてきた櫻井翔さん。 大津波と原発事故の被災地を毎年訪れるなかで、何を見て何を感じてきたのでしょうか。 放射能被害ゆえ時が止まり、音が消えた街で何を考え、 親やふるさとを失った子どもたちの何を伝えてきたのでしょうか。 櫻井翔さんが自らつづる、初の長編ドキュメントがニューズウィークに掲載されています。2011年3月11日 午後2時46分 神奈川県川崎市内のスタジオで広告の撮影をしていた僕は、大きくそしてやまない揺れを感じた。頭上では照明機材が、ゴンゴンと大きな音を立てながらぶつかり合っている。 スタッフと共に、屋外へ。隣のスタジオにいた俳優さんに対面し、ご挨拶。「結構大きかったですよねー」「あれ?また揺れてる?」なんて言い合いながら。
楽屋へ戻りテレビをつける。見たことのない映像。初めて耳にする大津波警報。祈りに似た叫びで避難を呼び掛け続けるアナウンサー。チャンネルを替える。同じ映像。チャンネルを替える。同じ切迫感。替えても替えても全ての放送局で見たことのない景色が画面に広がる。本誌では、櫻井翔さんの2011年3月11日の大震災の様子や、当時の記憶がつづられています。
]]>





