《日本初『国際子ども平和賞』受賞》川﨑レナ「いつもきっかけをくれるのは母でした」

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デジタルネイティブである初の世代、通称『Z世代』が今、日本から世界に羽ばたいています。

彼・彼女らは、どのような家庭環境で育ったのでしょうか。

またどのように世界で活躍する力を身に付けたのでしょうか。

 

今回はプレジデントファミリーにて掲載されている、
日本で初めて『国際子ども平和賞』を受賞した川﨑レナさんのインタビューをピックアップします。

 

日本で初めて『国際子ども平和賞』

 

子どもの権利のために優れた活動をした若者に贈られる『国際子ども平和賞』。

過去にはのちにノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさん、
環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんなどが受賞しています。

それを2022年、当時17歳で受賞したのが川﨑レナさんで、日本人の受賞は初となります。

 

母はコテコテの大阪のオバチャン

 

川﨑さんは大阪育ち。

5歳から10年以上インターナショナルスクールに通い、さまざまな国籍の生徒たちと過ごしてきました。

 

「両親が海外に行ったときに子どもたちには英語が話せて、人前で自分の意見を話せる人になってほしいと思ったそうです。それでいろいろと探した結果、インターが一番いいと考えてくれたようで。近場になかったものの母の検索スキルのおかげで、当時はまだ少なかった帰国生以外も受け入れているインターに出合うことができました」

 

そう朗らかに話す川﨑さんに母親が与えた影響は大きいといいます。

 

「私はよく母似だって言われます。母はコテコテの大阪のオバチャンです。

いわゆる教育ママではないんですけど、私が小さいころはずっと絵本の読み聞かせをしてくれていました。毎日20冊ぐらい積み上げて、それを全部。なかには英語の本もあったとか。母は英語ができませんが、母なりに頑張って読んでくれたそうです。最近そのことについて聞いたら『しんどかったわー』と笑っていました」

 

「レナのやりたいことはほかにあるんちゃう?」

 

川﨑さんは14歳で環境や社会活動のリーダーを育成する、
子どもだけの国際NGO組織『アース・ガーディアンズ』の日本支部を立ち上げました。

15歳になると株式会社ユーグレナの2代目CFO(最高未来責任者)に就任し、
若者の立場から会社の変革に携わるようになります。

 

「自分で団体をつくる前は、学校で生徒会長などのポストにつくことでなんとなくリーダー的な活動をやれている気分になっていたんです。でも、母に『レナのやりたいことはほかにあるんちゃう?』と見抜かれて。もっと、国連みたいに世界中の困っている人のために活動したいという自分の気持ちに気づかされました。

『企業とそういう活動ができる場もあるみたいやで』と後押しもしてくれて。そこから10社ほどのプログラムにエントリーしました。いつもきっかけをくれるのは母でした

 


 

本誌では、国際子ども平和賞を受賞したときの母親との会話なども掲載されています。

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