放送作家・高田文夫が語る1970~1980年代のお笑いと切り離せないのは『音楽』

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昭和40年生まれの男性のための情報誌『昭和40年男』2023年6月号では、
お笑い黄金時代の1970年代を特集!

 

1971年、『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』(第二期)の終了。

『THE MANZAI』の放送が始まって漫才ブームが巻き起こるのが1980年。

この間の9年間、東京のお笑いの現場では何が起こっていたのでしょうか。

昭和40年男では、1971年から放送作家としてのキャリアを本格的に始動させた高田文夫氏に聞いています。

 

人気者たちに共通しているのは音楽的な素養

 

 

取材冒頭、高田文夫氏は1970年代のお笑いを語るうえで欠くことのできない存在、
せんだみつおと湯原昌幸、あのねのね、ずうとるびの3組を、
80年代にその地位を不動のものにしたタモリ、たけし、さんまのBIG3にちなんで
“SMALL3”と呼んでいると切り出しました。

 

「俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。存在感も笑いのスケールも小さいだろ(笑)。それなのに、テレビでは見ない日がないほどの人気者だった。この3組に共通しているは音楽的な素養だよ。せんだは元ビリーバンバンで湯原は歌手、あのねのねはフォーク、ずうとるびもバンド、この3組はお笑いの命とも言えるリズム感をすでに身につけていたから。ズッコケるのもボケるのもお手のものだった」

 

お笑いと音楽。

この二者は切り離すことのできない、いわば魚と水のような関係にあります。

70年代中頃にブラウン管を席捲した“SMALL3”は、戦前に活躍していたあきれたぼういず
戦後のお笑いをけん引したハナ肇クレージーキャッツの遺伝子を継ぐ“ミュージシャン芸”の系譜にあると考えていいでしょう。

 

「俺がホンを書いてた『せんみつ・湯原ドット30』っていうメドレー形式で歌手が歌うその合間にコントを入れていく30分番組があったんだけど、せんだも湯原も短い尺のなかでテンポよくオチをつけていくその対応力とセンスは抜群だった。

それとずうとるびの江藤(博利)もよかったな。彼は『三波伸介の凸凹大学校』で三波さんと仕事をしたことで、もともともっていた潜在能力を開花させたよね」

 

なぜ彼らの当時の人気や功績は語られることがあまりないのでしょうか。

高田氏はインタビューでその理由も語っています。

 

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