
この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
2006年のオールスター戦、藤川球児は全球ストレート勝負を“予告”しました。
相手は日本球界屈指の強打者カブレラ。
真っ向勝負の火ぶたが切られた瞬間、球場は異様な熱気に包まれます。
今号のベースボールマガジンでは、観る者の記憶に深く刻まれた、あの伝説のシーンを振り返ります。
発想のヒントは『ドカベン』
思いついた「予告投球」
<文・上田雅昭(サンケイスポーツ)>
マウンド上の藤川球児で、最も有名な写真は、おそらく「この夜のこの瞬間」をとらえたワンショットだと思う。
2006年7月2日のオールスター第1戦。
舞台は神宮球場。9回に登板を告げられた主役は、マウンド上から打席に入るカブレラ(西武)を視界に入れると、ほんの少し微笑んだ。
そして、真っすぐの握りで白球を手にした右手を前に突き出す。
全球、真っすぐで勝負しますよ!満天下に予告したのだ。
カブレラが見ていたのか、見ていないのか。仕草では分からない。
そこで、再び右手人差し指を前に出して、「真っすぐ、行きます」と念押し。
すでに事態を理解していた「カリブの怪人」はニヤッと笑って打席へ。
前代未聞の真っすぐだけによるガチンコ勝負のゴングが鳴った。
「漫画のような世界を創りたい」
オールスターにファン投票で選ばれた球児が、夢の舞台への抱負を求められ、そのときに発した言葉だ。
67万3120票。中継ぎ投手部門1位として集めた票数だ。
この数字はセ・リーグの最多得票。パ・リーグではショート・川崎宗則(ソフトバンク)、外野・SHINJO (日本ハム)、DH・清原和博(オリックス)らが上回っていたが、中継ぎ投手という特殊なポジションとしては驚異的な数字だ。
そんなファンにお礼をしたい。ただ単に「オールスターで投げました」「三振を奪いました」だけでは面白くない。
脳裏をよぎったのは、子どもの頃から大好きだった野球漫画『ドカベン』。
現実に起こっても不思議ではないプレーの数々。でも、実際にはなかなか起こらない。
水島新司が描く、現実と空想の間の境目でプレーする「ドカベン」の登場人物たちにずっと刺激を受けてきた。
漫画の世界を、今現在の野球のグラウンドで実現させるにはどうしたらいいか……。
思いついたのが、「予告」だった。
真っすぐを投げますよ!打てるものなら打ってみろ!
見ている側にとっては、こんなにしびれるシーンはない。
事実、「阪神・藤川監督」誕生を受けて、阪神ナインやプロ野球担当記者に「藤川監督の現役時代に一番印象に残るシーンは?」と問うと、100%に近い確率で「オールスターの予告投球」と答えるのだ。
球児が右手を突き出した、あのシーンが、みんなの脳裏に焼き付いて離れないようだ。
ただし、予告するだけなら、誰にだってできる。
予告して、本当に「漫画の世界」を具現化してみせたから、球児は伝説の投手になったのだ。
本誌ではさらに、藤川球児と阪神タイガースが共に歩んだ全シーズンを振り返っています。
この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。