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2024-04-09 発売号 (2024年5月号)
安倍晴明といえば、平安時代の陰陽師。
小説やドラマ、マンガなどで目にすることはありますが、実際はどんなことを成し遂げた人なのか…。
ムーでは、陰陽師安倍晴明と闇の系譜「術法ノ者」を特集。
人の生命を操った?!安倍晴明に迫りました。
「平安」とは名ばかりの、魑魅魍魎と呪詛厭魅に満ち満ちていた時代。
袖の下に秘印を隠し、星空を見上げ、闇に目を凝らしたひとりの陰陽師がいました。
陰陽師はそれぞれの時代をいかに生き、かつ求められてきたのか。
鬼を祓う陰陽師

「オニ」という語は「陰(オン)」の字音から導かれたといいます(『民俗学辞典』)。
季節の変わり目には鬼(邪気、疫鬼)があらわれます。
とりわけ、陰の気が極まり、陽の気配が立ちはじめる立春(一般に2月3日)の前日はそのピークであるといいます。
いわゆる節分です。
したがってこの日に鬼祓い(鬼やらい/追儺)が行われます。
元来、その司祭者は異相の怪物を従えた陰陽師でした。
なぜ、この司祭者は陰陽師だったのでしょうか。
『陰陽師たちの日本史』『陰陽師の神々』などの筆者・斎藤英喜氏によれば、疫鬼は外から侵入してくるものではなく、陰と陽のバランスが崩れた季節(暦)の変わり目に発生します。
したがって、その祓いを担うのは「当然のごとく『陰陽』の専門家たる陰陽師の任務」なのだといいます。
確かにここには、陰と陽、この世とあの世のはざまに立ち、怪神を操り見えざる鬼を駆逐する陰陽師の姿がありました。
事実、この追儺の執行で「陰陽の達者なり」と称えられた陰陽師こそ、かの安倍晴明だったのでした。
百鬼夜行と晴明伝説

平安時代、京が深い闇に包まれるとそこは怨霊や鬼魅が跋扈する巷でした。
そこに、鬼を見抜き、それと対峙し、式神の呪詛を祓う安倍晴明の姿がありました。
百鬼夜行に遭遇
令和の時代に平安時代の陰陽師の世界を知ることが可能でしょうか。
そこでまずは京都の「場」を歩くことからはじめてみます。
とくに夜の京都。とっておきの場所があります。
かつての大内裏(平安京の宮城)の東南に位置する神泉苑です。
安倍晴明はどのように、鬼を祓ったのか、そして今の世にも陰陽師は存在するのでしょうか。気になる続きはぜひ、本誌でご覧ください。
本誌では他にも、全国「日本ピラミッド」ガイドなどが紹介されています。
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