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チューンストアとは逆張りの、権限委譲による個性的な店づくりで急成長した『ドン・キホーテ』。
2015年にシンガポールに移住し、今度は日本の産品に特化した新業態をゼロから生み出した安田隆夫氏。
売上高2兆円を射程にとらえ、『世界のドンキ』へと飛躍を狙います。
日経ビジネス電子版では、編集長自らが
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 創業会長兼最高顧問の安田隆夫氏にインタビューしています。
会社の経営は実直
2023年6月期に34期連続の増収増益を達成し、日本の小売業で売上高4位になりました。
これまでの道のりをどのように評価していますか。
「率直に言えば、思えば遠くに来たもんだということですよね。私が創業したころは、『兆』がつく売上高の企業になるなんて夢想だにしていなかった。実直に毎年、十数%ずつ伸ばし、複利効果で業績を上げていく。それを三十数年間続けると、小さな会社でもこうなりますよということです」
とはいえ誰でもできることではないですよね。
「そもそも、実直って当社のイメージと違うじゃないですか。店の名前は『ドン・キホーテ』で勇ましいし、いかにも、いちかばちかで勝負しそうなイメージがありますけど、会社の経営はまた別問題ですね。まったく正反対ですよ」
20代で『人生のMBA』を学ぶ
実は極めて堅実に成長してきたという、そのギャップが面白いですね。
安田さんが小売りの世界に飛び込んだのは29歳のとき。
1978年、東京・西荻窪に雑貨店『泥棒市場』をオープンされました。
「泥棒市場をオープンするまでの20代、私は風来坊でした。そのときに『人生のMBA(経営学修士号)』を学んだんですよ。アカデミックなMBAの世界とはまったく正反対の実学です。生きとし生ける多くの人たちと、喜怒哀楽を共にし、いろいろなことについて自分なりに仮説を立てられるようになった。その仮説を実証してきて今日に至っているわけですね。それが私の原点です」
深夜に泥棒市場の店じまいを1人でしていたら、お客さんが来店した。
そこから『ナイトマーケット』という発想を得たそうですね。
「荷ほどきをする場所がなくて、店頭でシャッターも開けて作業していると、『まだやっていますか』と声を掛けられたんです。私としては1円でも売り上げが欲しいですから、『どうぞ、どうぞ』と。
実は、風来坊だった時代から、夜は芳醇なマーケットだということは理解していたんですよ。当時は、コンビニも、深夜営業のレストランも少なく、夜に動いている人たちは本当に困っていることが誰よりも分かっていましたから。
ただ、店で働いてくれる人間がいないんですよ」

本誌では、安田隆夫氏のインタビューの続きや、ドン・キホーテについての大特集をお読みいただけます。
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