富永愛「今を生きることも大切だけど、もう少しゆっくり歩いてもいい」

  • 更新日
  • 有効期限 2024.05.08

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日本人離れした長い手足と、圧倒的なオーラ。

スーパーモデルとして、俳優として、多くの人を魅了する唯一無二の存在が冨永愛さん。

2023年でデビュー25周年を迎える彼女の輝きは、衰えることを知りません。

 

VOGUE JAPANでは、23年ぶりにカバーに登場した彼女の、柔らかな素顔を写しています。

 

今を生きることも大切だけど
もう少しゆっくり歩いてもいい

 

 

初めてカバーに登場した2000年12月号。

このときまだ高校に通っていた富永さんは18歳。

レイモンド・メイヤーがとらえた、かの有名な制服姿のポートレートの横には
『はばたく未来のトップモデル』という見出しが添えられています。

 

インタビューでは「オリエンタルの枠を超えて、活躍できるようになりたい」と語っていました。

 

その言葉通り、高校卒業後2002年に初めて挑んだNYコレクションでは、見事ラルフローレンのショーに抜擢。

2004年春夏シーズンには50のブランドのショーに起用され、スーパーモデルとして揺るぎない地位を築き上げました。

 

今回の撮影に際して、当時の自分にどんな言葉をかけるかを聞くと
「今を生きることも大切だけど、もう少しゆっくり歩いてもいいと伝えたい」と語ります。

 

しかし実際には、歩を緩めるどころか、休みなく世界中を飛び回り、タレント業にも進出しました。

そんな華々しい生活を送る一方で、葛藤も蓄積。

その結果、2014年には家庭での時間を優先するために、一時モデル業を休止することを発表します。

 

当時を振り返り「大切なことを見落としていた」といいます。

 

3年の“スリープ”期間を経て、再びファッションの世界に返り咲いたのが2017年。

再起動にあたり、ヴォーグジャパンの誌面に登場。

息子である章胤との関係性や、休業することで見えてきた母親としての新たな自分の側面について
心のうちを明かし、さらにはモデルとしての新たな決意について語りました。

 

モデルとしてどこまで現役でいられるか、そしてそのキャリアの先をいかにして自ら開拓し、ロールモデルとなるか。

有言実行とはこのことか。

このインタビューから3年後の2020年には約10年ぶりにパリのランウェイに復帰しました。

 

 

彼女の登場以降、アジア系モデルのランウェイシーンでの躍進が目覚ましい。

そして彼ら、彼女たちは口を揃えて言います。

『冨永愛こそがパイオニアであり、彼女が切り拓いた道があったからこそ自分たちが世界の舞台で戦える』と。

 

そのことを伝えると
「私が切り拓いたのかどうかは知り得ませんが、多くの日本人モデルが海外で活躍する姿を見るのはうれしいです」
と控えめな回答が返ってきました。

 

人種や体型、ジェンダーなど、より多様性が求められる一方で、ソーシャルメディアで影響力を持つモデル、
そして著名な両親を持つ二世モデルが話題を集めるなど、大きく様変わりする現在のランウェイシーン。

それでもなお、冨永愛さんの軸がぶれることはありません。

 

「いつの時代もモデルが生き残ることは至難の業でした。どうしたら生き残れるか、私にはわかりません。それは、私自身常に自分に問いかけていることでもあるので」

 

この言葉に込められたのは、モデルとしての矝恃か、内に秘めたるさらなる向上心か、
はたまた自身と同じキャリアを進むことを決断した我が子への激励か。

 


 

本誌では、インタビュー記事の続きをお読みいただけます。

 

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