2015年10月号
footballista(フットボリスタ)
「 ドルトムント再生へ。トゥヘル改革の可能性 」
10–11、11–12のブンデス連覇や12–13のCL決勝進出など黄金期を築いたクロップが退任。その跡を受けたのは、ドイツ国内で若手最有望株と評価されていた42歳のトゥヘルだった。ブンデス開幕節ボルシアMG戦ではセンセーショナルなパスサッカーで難敵を4–0と圧倒。果たして、この力は本物なのか? 構成/浅野賀一
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変化したプレースタイル
――今回はクロップからトゥヘルに監督が代わったドルトムントです。
「チームの哲学がガラッと変わった印象です。今まではトップに早く当ててボールを収めてもらい、一気に中盤が押し上げる。収まらなくても、そのままの勢いで強烈な前線プレスをかけてボールを奪い返すという、ミスを恐れずにガンガン前に出て行くアグレッシブなサッカーでした。ところが、トゥヘルが監督になった今季は、繊細なポジショニングと高い技術で足下のパスを繋いでいくバルセロナ風のサッカーに一変していました」
――そもそも、昨季のドルトムントはなぜ極度の不振に陥ったのでしょう?
「ケガ人も多かったですし、複合的な理由だと思いますが、戦術面ではレバンドフスキの移籍が響きました。前線でボールを収めてくれるターゲットマンがいないと、クロップのサッカーは成立しません。いくら相手ボールになったら前線プレスをかけると言っても、1トップがまったくボールキープできなければ、前線プレスもかわされて空回りしてしまいます。レバンドフスキは6、7割マイボールにしてくれて、残りの3、4割も彼に引き寄せられて相手の守備陣形が崩れるので、前線プレスが効果を発揮しました」
――ということは、ターゲットマンを連れて来てクロップのサッカーを貫くという選択肢もあった?
「もちろん、その選択肢はありました。ただ、トゥヘルの招へいはフロントの英断だと思います。実は今のドルトムントはクロップのフィジカルなサッカーに必ずしもフィットしないメンバー構成になっています。シャヒンが移籍したから代わりにギュンドアンが加入したはずが、シャヒンが戻って来た。
香川の代わりにムヒタリャンを獲ったら、香川も戻って来た。いつの間にか中盤が技巧派ばかりになってしまいました。そうしたクラブの変化を正確に把握して、それにふさわしい監督を連れて来たフロントの判断は見事です。クロップがあれだけ成功していたわけですから同じ路線で継続というのが無難ですが、そこをあえて変えた」
――成功体験に縛られて失敗するのはよくあることですしね。しかもクロップのサッカーは、ドイツ全体に影響を与えたセンセーショナルなものでしたから。
「クロップ就任時は予算もなく、大型補強は難しかった。堅守速攻は当時の状況にふさわしいものだったと思います。ただ、相手チームが引いてドルトムントの良さを消すようになると取りこぼしが増えていきました。消耗するサッカーなのでケガ人も多くなり、長丁場のリーグ戦では不利。選手のストレスもあったでしょう。弱いチームならカウンターで対抗するしかないですが、本当はパスを繋げるチームがずっとこのスタイルを続けるのは難しい。どこかでプレーの軸足を守備から攻撃に移す必要がありました」
トゥヘルの意識改革
――でも、ゼロからチームを作り直したわけではないですよね?
「クロップのチームが土台にあるのは確かですが、トゥヘルは根本的に考え方が違いますね。その点では完全に作り変えたと言っていいでしょう。
縦に速い攻撃を軸にすると、自陣ではロングボールが選択肢の上位になります。逆にポゼッションなら確実なパスであるショートパスが優先されやすくなる。ポゼッションのチームに『蹴ってもいい』とロングボールを増やすのは難しくないのですが、リスクを負わずに蹴っていたチームに『繋げ』というのはけっこう難しいはずなんです。それをあっさり変えてしまったトゥヘルは相当の凄腕なんでしょう」
――パスをさばける選手がそろっていたとはいえ、いきなりは難しい?
「選手の意識を根本的に変える必要がありますからね。ロングボールのこぼれ球を拾う意識と、パスを引き出すために顔を出す意識は違いますし、プレスが来ているのにパスを繋ぐのは単純に怖い。変化の象徴はバイグルですね。パスを繋ぐチームのアンカーには、ボールを受けるのを恐がらない選手が必要。
CBからのパスを受けるのでノーミスでやらなければいけませんが、まともにプレスされる場所でもあります。自分がほぼ止まっていて相手が猛烈に寄せて来る、それを何とも思わないタイプが求められます。バイグルはうってつけです。現役時代のグアルディオラに似ています。彼をピボーテに使う方針そのものが、監督の考えを表していると思います。
CBのフンメルスはもともとフィード力があります。バイグルがマークされた時はフンメルスがフリーになって前方へのフィードを担当します。開幕戦では2つのゴールに繋がるパスを出しました。
香川とギュンドアンは狭いスペースでも仕事ができるタイプで、ムヒタリャンも同じ。後方のビルドアップが安定して、彼らの足下にどんどんパスが入っていました。全員がパスを受ける準備をしていて、とにかく顔を出し続ける。ポゼッションすることが目的ではなく、マークを外して受けるという基本が意思統一されているのが大事で、しかもその意識をチーム内でそろえられているのは驚きでした」
――ポゼッションからフィニッシュへかけての質も高かったです。
「パスの受け方にとどまらず、フィニッシュの局面でもオフ・ザ・ボールの動きの質が格段に上がっています。ボルシアMG戦の1点目はフンメルスのパスが香川の足下へ入った時点で、ロイスがマークしている相手の視野から外れています。
香川は繊細なワンタッチでロイスへラストパスを出していますが、もうこのパスは“予約”された状態でした。2点目のシュメルツァーのクロスにオーバメヤンがニアで合わせたヘディングも、1回CBの背中に隠れてから前へ出ているので、DFは抑えるのが難しかったでしょう。いずれのゴールも、受け手が少しずつフリーになって、そのタイミングを逃さず精度の高いボールが供給されています」
打倒バイエルンへの課題
――一躍バイエルンの対抗馬に挙げられていますが、覇権奪還の可能性は?
「リーグ優勝の可能性はあると思いますが、問題は直接対決ではバイエルンと同じ土俵で勝負しなければならないことでしょうか。同タイプのサッカーで正面からぶつかる形になるでしょう。クロップのサッカーはバイエルンと相性が良かった。予算、戦力、完成度で先を行くバイエルンにどこまで迫れるかですね」
――ドルトムントはカウンターもできますよね?
「ボルシアMG戦でも強力なカウンターを見せていました。オーバメヤン、ロイス、ムヒタリャンはスピード抜群ですし、パスを供給する香川のプレーも速い。ただ、中盤が香川、ギュンドアン、バイグルということもあり、引いて強いチームではありません。バイエルンの方が全体的にでかくてパワーがある、ドルトムントの方が俊敏でスピードがある印象です。いずれにしても、今までとは違う構図の興味深い対戦になるでしょう」
※西部謙司 (にしべ・けんじ)1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテⅢ「ポスト・バルセロナ」の新たな潮流』(小社刊)が発売中。
クロップ時代とは異なる味付け 司令塔役のバイグルを補強冴えを見せるパスサッカー
コアメンバーはクロップ時代と大きく変わらないが、42歳の知将トゥヘルが別の味付けをしている。CFはスピードスターのオーバメヤンが軸で、タイプの異なるアドリアン・ラモスが二番手。残留を決断したチームの象徴ロイスと新体制で華麗な復活を果たしたムヒタリャンが左右両サイドを固め、新加入のヤヌザイとホフマンがバックアッパーを務めることになるだろう。香川はトップ下と左インサイドMFを兼任するマルチロールで、前線3人へのチャンスメイクに冴えを見せている。

U–20ドイツ代表のバイグル(左)が中盤底に入ったことで、後方からのビルドアップの精度が劇的に向上。トゥヘルサッカーのキーマンの1人と言える
ボランチは、広範囲を動き回るギュンドアンと2部の1860ミュンヘンから発掘した20歳の司令塔バイグルのコンビ。新加入のカストロが前者の、ケガで出遅れているシャヒンが後者の控えか。4バックのレギュラーは昨季と変わらないが、キャプテンのフンメルスが不振から脱したことで安定感が格段にアップ。左CBのフンメルスは後方からのパス出しの起点としても機能している。
スボティッチが残留したことでCBの層は厚くなっており、右SBはCBからコンバートされたギンターが定位置を得た。左SBには実力者のドゥルムもいる。GKは新加入のスイス人ビュルキがレギュラーを奪取し、長年チームを支えてきたバイデンフェラーはカップ戦要員になりそうだ。


マエストロ西部のレシピ トゥヘルの下で練り込まれた攻撃パターン
ポイント1:優れたオフ・ザ・ボールの動き
ブンデス開幕節ボルシアMG戦の先制点のシーン。CBのフンメルスから香川の足下へパスが入り、ワンタッチパスで抜け出したロイスに繋いでゴールという流れ。香川へ縦パスが入った時点でロイスはすでにマークを外していて、香川のパスは“予約”されている状況だった。その瞬間を見逃さず、香川はワンタッチで正確なパスを送っている。ポゼッション型で必須となる「間」にパスを入れて崩す形の典型と言える。


●香川からマークを外したロイスへ素早くパス
Step1 フンメルスからの縦パスを受けた香川がワンタッチでフリーのロイスに素早く展開。
Step2 ロイスはDFに寄せられる前にワントラップから右足を振り抜き、豪快にネットを揺らした。
ポイント2:クロップ時代の遺産
同じ試合の66分のシーン。こちらも起点はフンメルス。後ろ向きで受けた香川はワンタッチでオーバメヤンに流し、さらに細かいパス交換から裏へ、オーバメヤンからの浮き球のパスをシュートしたが枠には入らず。背中に張りつかれた状態でもパスをもらいに動いた香川、そこへちゅうちょなくボールをつけたフンメルス、縦に速い攻撃からの中央突破はクロップ時代の遺産であり、トゥヘルのチームでも大きな武器になるだろう。


●縦に速い攻撃から中央突破で崩す
Step1 フンメルスからの縦パスを受けた香川が振り向きざまにオーバメヤンへとパスを送り、自身も前に走る。
Step2 オーバメヤンとの細かいパス交換を経てエリア内に侵入、浮き球のパスをコントロールしたが、シュートは枠を捉えず。
古い?新しい?質実剛健?技巧的?劇的変化を繰り返すドイツサッカー
ドイツ代表(1990年の東西ドイツ統一までは西ドイツ代表)のサッカーは、見る人の年代によって印象がずいぶん違うはずだ。

1974年西ドイツW杯では、ベッケンバウアー擁する地元西ドイツがクライフ擁するオランダを決勝で下して栄冠に輝いた。当時の西ドイツは技巧派ぞろいで、2014年W杯を制したチームと比較されることも多い
ドイツ代表(1990年の東西ドイツ統一までは西ドイツ代表)のサッカーは、見る人の年代によって印象がずいぶん違うはずだ。
最初にW杯優勝を成し遂げたのは1954年、優勝候補のハンガリーを破り「ベルンの奇跡」と呼ばれた。この時のドイツ選手はまだアマチュアである。ちなみに対戦相手のハンガリーもアマだったが、こちらはステート・アマで実質的にはプロ。ドイツはW杯史上最初で、おそらく最後のアマチュアによる世界一である。
キャプテンのフリッツ・バルターや決勝点をゲットしたヘルムート・ラーンなど、頑健でスタミナがあり技術もしっかりした選手をそろえていた。闘える選手で構成されているタフなチームだった。
ベッケンバウアー世代は華麗なドイツ
ドイツに新しいイメージが加わったのが60~70年代。プロの全国リーグであるブンデスリーガが発足し、技巧的な選手が台頭してきた。その象徴がフランツ・ベッケンバウアーである。長身で細身、アウトサイドで長短のパスを蹴り、超絶したボールコントロールとインテリジェンスでサッカー史上でも最高クラスの名手だ。質実剛健な従来のドイツ選手のイメージを一新する新世代の代表だった。
ボルフガング・オベラーツ、ギュンター・ネッツァー、ゲルト・ミュラーなど、新世代が中心となったドイツは72年の欧州選手権(EURO)で優勝、74年W杯で2度目の栄冠を勝ち獲った。守備は伝統のマンツーマン、攻撃に転ずるとDFもマークを振り切って攻撃に加わる“トータルフットボール”である。
ベッケンバウアーは後方からゲームを作る新種のリベロとなった。バイエルンの選手を中心としたこの時期のドイツはベッケンバウアーだけでなく、DFのパウル・ブライトナーやゲオルク・シュバルツェンベックもパスワークに優れていてボール支配力に秀でた技巧派のチームだった。
ちなみにバイエルンはヨーロッパでは新参者に等しいクラブだったのだが、ベッケンバウアー世代の台頭とともにチャンピオンズカップ3連覇を成し遂げ、一気に強豪クラブの仲間入りを果たしている。バイエルンのエンブレムは無機質な記号のようなデザインで、王家の紋章などを使った伝統的な他クラブとは一線を画している。ユニフォームに胸スポンサーを入れた最初のチームでもあった。いろいろな面で、ドイツのサッカーは斬新で現代的なイメージがあった。
ところが、80年代に入るとドイツは先祖返りするように原点回帰する。テクニックのある選手が急激に減少し、かつての戦闘力を前面に押し出したドイツが復活する。82年と86年のW杯では準優勝、90年は優勝と、戦績としては黄金時代なのだが、プレーぶりから70年代の華やかさはまったくなくなっている。かつての質実剛健のスタイルに戻り、この時期から知る人には技巧的なドイツのイメージはないだろう。
武骨なドイツは20世紀いっぱいまで続く。しかし、2000年にベッケンバウアーの発案で育成の大改革がスタートすると、メスト・エジルやマリオ・ゲッツェなどの技術に優れた若手が台頭し、14年ブラジルW杯ではバイエルン勢を中心としたチームが優勝。ボールポゼッションをベースに圧倒的な安定感を見せての勝利は70年代のドイツを再現したようだった。
20年単位で交互に表れる2つの顔
50年代までのドイツを知っている人はわずかだろうが、60~70年代のドイツと80~90年代では印象がかなり違う。技巧的で華麗なドイツと、不器用で武骨なドイツ。2つの顔が20年単位で交互に表れているのだ。
育成改革がスタートして成果が表れるまでの間に行われた06年W杯は、自国開催で3位に入っている。
ただ、ドイツは戦術的に最も遅れたチームだったかもしれない。ゾーンの4バックをようやく導入していた。ユルゲン・クリンスマン監督の英断なのだが、開幕時にはこれで大丈夫かというぐらい不安定だった。
印象は極端に変化するドイツではあるが一貫して強かったのも事実。見た目が不細工な時でも素晴らしい戦闘力を発揮して、世界の強豪としての地位を守っていた。成績が良かった分、改革が遅れたとも言える。しかし、技巧的なドイツが復活すると下地の戦闘力と相まって圧倒的なチームが出現するわけだ。
今季、ドルトムントはプレースタイルを変化させた。「ベッケンバウアーの再来」と絶賛されているユリアン・バイグルが変化のカギになっている。長身で細身、エレガントなテクニックは確かにベッケンバウアーと似ている。育成改革以来、技巧的な選手を輩出してきたドイツだが、バイグルのようなタイプは少なかった。
アグレッシブで縦に速いサッカーの代表だったドルトムントが、バイエルンのようなポゼッション型に大きく舵を切ったのは驚きではある。だが、極端な変化はドイツ代表の足跡と重なる。ドルトムントのサポーターの間でも、クロップ世代とトゥヘル世代でチームへの印象がまるで違うということがやがて起こるのかもしれない。

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