2016年10月号
footballista(フットボリスタ)
今回の一皿「 戦術的飽和を打ち破れ!セビージャの未知への挑戦 」
「ポゼッション」「攻→守の切り替え」「リトリートした守備」「守→攻の切り替え」。今欧州の頂点に君臨しているのは前者2局面に特化したバルセロナスタイルと、後者2局面に特化したアトレティコスタイル。しかし、セビージャの新監督サンパオリが目指すのは4局面対応型の未知なるスタイルだ。

清武とフランコ・バスケスの新加入コンビは、早くもホットラインを築きつつある。「清武はチームメイトの信頼をつかめれば、バルセロナ時代のシャビのようにチームのリズムをコントロールするメトロノームの役割を果たすことになるでしょう」(西部)Photo: Getty Images
●Point Check!「エメリ→サンパオリ」の激変

攻撃陣は新加入ばかり激しいポジション争いが勃発
EL3連覇を達成したエメリからサンパオリに監督が代わり、大幅なメンバーの入れ替えが行われた今季のセビージャ。エースのガメイロが去った前線にはアルゼンチンの若手有望株ビエットとフランス人FWベン・イェデルが加わった。2列目は新戦力ばかり。まず各年代のスペイン代表に名を連ねてきたサラビアと日本代表の清武が加わり、続けてパレルモの主砲フランコ・バスケス、サンプドリアで経験を積んだホアキン・コレア、そしてブラジルの天才ガンソを獲得した。現在はF.バスケス、清武、サラビアが一歩リード。F.バスケスがトップに上がった第2節にはビトロが2列目にポジションを上げた。ここにマンチェスター・シティからやって来たナスリがどう絡むか注目である。アンカーは抜群の守備力を誇るエンゾンジ。クラネビッテル、イボーラも好選手で、2ボランチのオプションもある。右SBはブラジル人のマリアーノが一番手だが、左SBは流動的。開幕戦では本来MFのビトロが起用されたが、第2節ではコロジエチャクが先発。トレムリナスが故障から復帰した後は彼がレギュラーに返り咲くかもしれない。CBはパレハが軸で、メルカドとラミがポジションを争う。GKは地元出身のセルヒオ・リコが不動の守護神だ。
●Free Talk
「特化」ではなく「全部」やる
――今回は、西部さんが非常に高く評価するサンパオリのセビージャです。
「志の高さという点では今季最も注目されるチームの1つでしょう。今の欧州トップレベルは、強みを先鋭化させたサッカーをしています。グアルディオラが率いるチームは『ポゼッション』『攻→守の切り替え』『リトリートした守備』『守→攻の切り替え』の4局面のうち、前者2つに特化させています。敵陣で包囲攻撃し、奪われたら前線プレスという流れですね。一方、シメオネのアトレティコは後者2つが強み。完璧なゾーンディフェンスで隙を与えず、必殺のカウンターで仕留める。ところが、サンパオリのセビージャは何も諦めていません」
――ボール支配率74%を記録したエスパニョールとの開幕戦を見る限りグアルディオラのサッカーに近いのでは?
「サンパオリはビエルサ一派の監督ですので、アヤックススタイルというルーツは同じです。守備は敵陣でのハイプレスが特徴ですし、レアル、バルサと対戦したスーパーカップやスーペルコパでも敵陣からハメ込む守備が効果的でした。ボールを早く奪えるので、バルサとの第1レグではポゼッションで上回る“快挙”を成し遂げています。
違いは、守備の幅ですね。現代の守備戦術は3段階を使い分けます。①敵陣のハイプレス、②中盤の待ち受け、③ペナルティエリア外にラインを置いた深いブロック。これらを状況に応じて使い分けます。グアルディオラのチームは②と③をほぼ捨てています。3段階の切り替えは、アトレティコがうまいですね。ハイプレスはかけますが、駄目そうならサッと引いて②の守備に移行します。②も相手の状況によって③になったり①に戻したりできる。メリハリの利いた守備では世界最高でしょう。セビージャの守備はアトレティコとメカニズムは同じです。ただし、アトレティコよりハイプレス時の諦めが悪いと言いますか、まずはハイプレスなんですね。その代わり、外された時の戻りが速い。プレスして自分の後ろにボールが出たら、すぐにボールより自陣サイドまでスプリントして40mくらい戻ります。できれば②の守備、少なくとも③の守備に移行する。グアルディオラのチームのように、ハイプレスして外されたら諦めてカウンターを受けます、という守備ではない。保険をかけています。切り替えの速さと走力によって、『ハイプレスを外されたら危険だからやらない』のではなく、『リカバリー可能だからやり通す』という設計なのでしょう」
なぜ、失点が多いのか?
――グアルディオラのように攻め、シメオネのように守る。それだけ聞くと完璧ですが、失点がとても多いです。
「開幕戦は史上稀に見る6–4の撃ち合いでした。この試合では2CBとエンゾンジの3枚を残して、SBは非常に高い位置へ上げています。攻撃時のフォーメーションは[2-1-5-2]。左SBのビトロはそもそも攻撃的MFです。なので奪われた時に素早く切り替えるはずが、全然間に合っていませんでした。ただ、直接の原因はほとんどミスです。1失点目は2CB、エンゾンジ、清武がカウンターに対して戻っていて、実は人数自体は足りています。ところが、パレハが不用意に飛び込んでかわされてしまった。3、4失点目はエンゾンジと清武のミスパスからのカウンター直撃です。まあ、ミスをするから失点もするわけですが、致命傷を負い過ぎです」
――攻撃時に2バック化するのはバイエル
ンやドイツ代表と同じですが、彼らは失点が少ない。その差は何でしょう?
「セビージャはチャンスがあれば、状況にかかわらず全力で攻めるんですよ。奪われる確率の高い勝負パスもバンバン出します。ただ、全体が前がかりになっているのに何度もボールを奪われたら、それはやられますよ。リスクを減らすなら、バイエルンやドイツみたいにポゼッションをもっと慎重にするか、両SBを同時に上げないことですが、サンパオリにそうする気はないと思います。リスクは承知でやっているので、ミスを減らせという方向でしょう。全力で攻め、全力で守る――彼の信奉するビエルサもその点に関しては一切妥協のない監督でした」
――確かに、縦に速いインテンシティの高いサッカーですからね。
「2トップのビエット、ベン・イェデルはともにスピードタイプですし、カウンターは強力です。それだけでなく7人がかりで敵を取り囲む包囲攻撃の精度も高い。ビルドアップは2CBとアンカーのエンゾンジで安定させます。エンゾンジが下がっての3枚回し、アンカーの位置をキープしてのビルドアップの2種類ありました。MFのラインは左右のSB、清武、フランコ・バスケス、サラビアの計5人。FWも間受けを狙うので、だいたい中盤に5、6人います。中央部の清武、F.バスケス、サラビアのパスワークで敵を中央に引きつけて、サイドへ展開。さらにサイドチェンジを入れてSBがオーバーラップというように、攻め方にはオートマティズムが感じられ、あまり停滞しません。このあたりはパターン化というより、ディテールをしっかり詰めているがゆえのオートマティズムというイメージですね」
清武の価値
――新加入の清武はこの独特の戦術にフィットしていますか?
「清武はサンパオリの戦術にはまっていて、もはや外せない選手になっています。チーム内の序列としては、エースのF.バスケスに次ぐ存在ではないでしょうか。的確な状況判断や足下の技術はもちろんですが、その上で走れるのがアドバンテージになっています。前線プレスに行って、戻っても来れる。さらにプレースキッカーとしても優秀。2列目は最激戦区ですが、F.バスケスと清武の2枚は最初にチェイスされる駒でしょう。ただ、セビージャはタレントがかなり豊富ですね。アンカーのエンゾンジは対人に強く、SBの裏をカバーできます。2番手のクラネビッテルもかなりの逸材ですし、さらにイボーラまでいます。攻撃的MFはF.バスケス、清武以外にもサラビア、コノプリャンカ(シャルケに移籍)、ビトロ、そしてガンソが控えています。弱点はCFに大物がいないこと。レアルやバルサを押し込みながら決定機が少なかったのは、ゴール前の迫力不足が原因です」
――最後にセビージャの今後の展望は?
「理想が実現すれば、セビージャは先駆的な存在になるでしょう。しかし、そのためのハードルは高そうです。例えば、バルサやレアルがサンパオリのサッカーをやると本気で決断すれば、理想は実現するかもしれません。しかし、どちらもそこまでは踏み込めない。セビージャはかなりいいところまで行くと思いますが、やはりクオリティが少し足りない。ビエルサの率いたクラブを見ればわかる通り、1シーズンを戦い抜くにはリスクが高く、疲労度も大きい。ただ、瞬間風速的には2強を越える存在になり得る。サンパオリのサッカーは技術、インテリジェンス、走力、献身性と何も諦めていません。ある意味スーパーチームです。今は変わり種の域を出ませんが、現在の戦術的飽和を破る一番手として期待します」
●Nishibe's Recipe
マエストロ西部のレシピ
リスクと背中合わせの全局面対応サッカー
ポイント1:包囲攻撃の際は[2-1-5-2]

エスパニョールとの開幕戦のスタートフォーメーションは[4-1-3-2]。攻撃時には2CBを残して8人が敵陣に入る。アンカーのエンゾンジは2CBの前にいてカウンターに備える(DFラインまで下がり3バック化することもある)。両SBはウイングに近いポジショニングでサイドの高い位置に張って幅を取り、清武、Fバスケス、サラビアの3人が中央部でゲームメイク。2トップは裏抜けやゾーンの間受けを狙う。
ポゼッション時はバルセロナ
Step1 清武、サラビアの2枚がインサイドに入って来る。ただし、前者はゲームメイク、後者は縦突破が持ち味。
Step2 空いたスペースに両SBが上がって来て常駐する。そのため左SBには本来アタッカーのビトロを起用。
ポイント2:前線プレスが外された後の守備

守備の基本原則は前線プレスだが、外された時は全員がスプリントで戻る。そのスプリントで戻る距離の長さ、切り替えの速さは特筆に値する。「包囲攻撃→前線プレス」の流れはバルセロナ系統のスタイルと同じだが、FWも含めて例外なく全力で戻り、中盤での待ち受け、完全リトリートと3段階の守備を使い分けるのが珍しい。ただし90分間は持たず、戻り幅の大きいSBは帰陣が間に合わないこともしばしばある。
守備時はアトレティコ
Step1 前線プレスが外された後、まずは中盤エリアでゾーンの網を張る。
S tep2 第二の防波堤も突破されれば、高い位置にいたSBも含めて10人全員が自陣まで全力スプリントで戻る。

ビエルサの信奉者であるサンパオリ。相手の出方によって目まぐるしくシステムを調整する高度な戦術的差し合いが現在の欧州サッカーのトレンドだが、「全部やる。足りないのは根性で乗り切る」というフルスロットルサッカーは、敵との駆け引きではなく自分を高めることを好む日本人にも向いていそうだPhoto: Getty Images
●Tactical Library
正しくも奇であること。“ビエルサ一派”の面妖な魅力
正復為奇 善復為妖。中国の古典「老子」に出てくる一説だ。正しいこともやり過ぎると「奇」となり、善いことも過ぎれば「妖」になってしまうという意味らしい。マルセロ・ビエルサ、エドゥアルド・ベリッソ、ホルヘ・サンパオリは“ビエルサ一派”に分類できるサッカーの“同士”である。当然、彼らのサッカーには共通点が多いのだが、いずれも一種の奇観を呈している。他に類を見ない。
ニューウェルス、チリ代表、オヒギンス
この派閥の教祖とも言える“エル・ロコ”こと、ビエルサはニューウェルス・オールドボーイズで25歳までプレー。引退後にユースチームの監督となった。87–88シーズンに優勝したトップチームの選手は、全員がビエルサの手がけたユース出身者だった。ビエルサはトップチームの監督に昇格し、自身も優勝を達成している。ベリッソはビエルサ監督下の選手だった。
サンパオリもニューウェルスの選手だったが、負傷によって19歳で引退しているのでプロ経験はない。アマチュアクラブの指導者などを経て、07年にはチリのオヒギンスというクラブの監督に就任している。同年、ベリッソはチリ代表のコーチとなり、3年間ビエルサ監督を補佐した。12年、ベリッソはかつてサンパオリが率いたオヒギンスの監督に就任。同年、サンパオリはビエルサが率いたチリ代表監督になった。
ニューウェルス、チリ代表、オヒギンス。3人を繋ぐキーワードだ。
3人の監督が作り出すチームは攻守に妥協がない。基本的にはバルセロナと同種の、あるいはアヤックスを源流とする、ポゼッションスタイルだ。ボールを支配して攻め込み、失ったらただちにプレッシャーをかける前進守備ですみやかにボールを回収して攻め続ける、その循環で勝利に近づく。しかし、3人のアルゼンチン監督の率いるチームはバルサらとは少し違っている。
革新?蛮勇?妥協なき愚直さ
バイエルンを率いていた時、ペップ・グアルディオラ監督は選手たちの前で「ポゼッションなどクソだ」と言ったという。ボール支配率が上がること自体には何の意味もない。しかし、正しい攻守の循環を作るにはコンパクトになっている必要があり、そのためにはパスを繋がなければならない、というのがペップの見解だった。勝利のために、プレー循環のために、「クソ」であるポゼッションに依存しなければならない。その点、わずかではあるがペップは妥協している。その妥協が、ビエルサ派の3人には見えないのだ。
攻撃に躊躇がない。決して攻め急いでいるわけではないが、必要以上にテンポを落とすことは少ない。前線からのプレッシングも同じで、早々に諦めて引くこともない。ゴールを奪うために攻撃し、ボールを奪うために守備をする。非常にシンプル、そこに妥協の入り込む余地がほとんどないという印象である。ボールを奪うためにゴールへ向かうことを躊躇することはなく、ゴールを奪うために意図的に引くこともしない。その結果、攻守ともにアグレッシブさが全開になっている。
15–16シーズン、リーガエスパニョーラ第5節でベリッソ率いるセルタはバルセロナを4–1で粉砕した。ブラジルW杯のグループステージではサンパオリのチリがスペインを同じように打ち破り、すでにサンパオリ監督ではなかったが、今夏のコパ・アメリカ・センテナリオでは優勝候補だったメキシコを相手に7得点という驚異的な試合もあった。このチームのメンバーと戦術はサンパオリ時代を踏襲している。この一派の共通項の1つは、ときどき衝撃的なゲームを披露することだ。強力な相手を圧倒して勝つ、だから鮮烈な印象を残す。教祖ビエルサもアスレティック・ビルバオやマルセイユで、あるいはチリ代表を率いて、何度もそうした試合を見せてきた。
強力な相手に耐えて守ってジャイアントキリングではなく、ポゼッションで上回り、豪快に撃ち合って勝つ。格上の相手にこれができる。ただ、1シーズンを通してそれが続くわけではない。ビエルサのビルバオでのリーグ成績は中位に過ぎず、マルセイユでも最後は4位だった。ベリッソのセルタも8位と6位。率いたチームがもともと優勝候補でないという事情はあるが、1シーズンを走り切るには無理があるのだろう。ビエルサはニューウェルス、ベリッソはオヒギンスを優勝させているが、より厳しいリーグでの優勝実績はない。瞬間風速としては凄いチーム、まさに未来を先取りしたサッカーに見えるものの、今のところそれは奇観にとどまる。常軌を逸した哲学、運動量に支えられたプレーぶりは、ある種面妖ですらある。
南米の中堅チリをチャンピオンに押し上げたサンパオリは、3人の中では最も期待を懸けていい監督だろう。セビージャは戦力的にも悪くない。ただ、もし3人の誰かが、例えばバルセロナを率いたら、戦術の歴史は塗り替えられるかもしれない。今はまだ「奇」であり「妖」だけれども。


西部謙司 (にしべ・けんじ)1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテⅣ 欧州サッカーを進化させるペップ革命』(小社刊)が発売中。
