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1918年に松下電気器具製作所(現パナソニック)を設立した松下幸之助氏。
数々のヒット商品を生み出すと同時に画期的なマーケティング手法を考案したことにより、
瞬く間に電器業界の盟主となります。
経営者として発したさまざまな言葉は、世をさったいまなお、多くのビジネスリーダーの心を掴んでいます。
今回のPRESIDENTでは松下幸之助氏の名言とそれに影響されたという経営者たちを特集。
『答えがない時代』に道をひらく名言をピックアップします。
苦境や逆境にあるとき
『言葉に込めた熱量がビジネスの成否を決める』

レノバ取締役会長の千本倖生氏は、松下幸之助氏の名言と聞いて、
まず思いだすのは人生を大転換した大恩人の稲盛和夫氏。
稲盛氏のおかげで第二電電(DDI、現・KDDI)という日本最初の通信ベンチャーを立ち上げたのが1984年のこと。
「その前年、私は初めて幸之助翁に呼ばれ、1対1で数時間にわたってお話しするという、得がたい経験をしていました。そのご縁もあり、創業にあたって幸之助翁から、直筆の手紙をいただいたのです。
そこには毛筆の力強い字で『世紀にわたる事業ですから、しっかりとおやりなさい』との芸例の言葉が書かれていました。それを見て私がいっそう古いたったのは言うまでもありません。まさに“言葉”と文字のもつ力を感じた体験でもありました」
幸之助氏の手紙からさらに十数年を経て、1999年11月、千本氏は
ブロードバンド通信会社『イー・アクセス(現・ワイモバイル)』を設立。
当時、日本のインターネット通信は大きく立ち遅れていました。
ダイヤルアップで接続し、通信速度はせいぜい毎秒数千ビット。
しかも料金は従量制。接続時間が長いと請求も高額になります。
米国ではとうにメガビット通信が格安・無制限で提供されていました。
「私はその格差を目の当たりにして、『日本のインターネット通信サービスにぜひとも変革を起こさなければと思い立ったのです」
光回線網が全国に整備されるまでにはまだ相当の年月がかかると見込まれました。
そこで、既存のアナログ回線を利用したデジタルデータ通信技術、
つまりはADSLを導入し、2000年9月、月額5813円で使い放題という商用サービスをスタートさせました。
加入者は順調に増え、半年後には開通1万7000回線、申込受付3万5000回線に迫っていました。
その後もさまざまな問題に当たってしまいますが、その度にチャンスだと乗り越えてきた千本氏。
本誌では千本氏のインタビューの続きや他の方々のインタビューも掲載されています。
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