この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
記事の有効期限以降は本誌は非公開となります。ご了承ください。
生活に必要な水の多くは川から得ており、古来、人々は水を確保しやすいようにと
川の近くに集落をつくって暮らしてきました。
洪水や氾濫は脅威となることもありますが、
自然と共生するために人々はさまざまに工夫を凝らしながら水辺で暮らしてきました。
地形や気候で異なる川の景色を尋ねて、川に育った文化に触れ、その恵みを食す。
清々しさを体感できる川旅へ出てみましょう。
今号の男の隠れ家では、日本各地の川を特集しています。
【鴨川】千年の京と京文化を育んだ
鴨川の源流に息づく水信仰
清流に安らぎを求め人々が憩う親水空間
夏の京都洛北、涼を求める多くの人で、通称『鴨川デルタ』はにぎわいを見せていました。
ここは鴨川と高野川の合流点、亀や鳥の形をした飛び石が両川を渡るように置かれ、
川の流れが穏やかなときは、飛び石に腰を掛け水に足を浸けて涼む人や、
川遊びに講じる子どもたちの姿を見ることができます。
鴨川は京都の歴史・文化の象徴であり、古代以来、貴賤を問わず京都で暮らす人々に親しまれてきた清流です。
呼び名の由来は諸説ありますが、
平安京造営前から上賀茂の地に定住していた賀茂氏(鴨氏)に由来するというのが定説です。
京都市北西部の桟敷ヶ岳(896m)を源流として山間を縫うように流れ、鞍馬川を加えて南流し、
大原・八瀬を経た高野川が出町柳付近で合流します。
さらに市内中心部を貫流し、伏見区下鳥羽付近で桂川に注いでいます。
河川法では呼称を鴨川で統一していますが、一般的には出町柳から上流部を『賀茂川』、
下流部を『鴨川』と表記することが多いようです。
そもそも『カモ』という言葉(音)に意味があり『賀茂川』『加茂川』など、
漢字は当て字であることもいわれています。
京都の辺縁部である北山や東山の山麓から形成された扇状地を流れ下る急流でもあることから、
氾濫と治水が繰り返されてきました。
院政時代に権勢を誇った白河法皇が『天下三不如意』として
「意の如くならざるもの、鴨河の水、双六の賽、山法師の三つのみ」と挙げるほどの川でもありました。
恵みをもたらすと同時に災厄の引き金ともなる加茂川の流れは、古来、畏怖の対象となり、
信仰心となって継承されてきました。
今も変わらず鴨川の水は、京都に生きる人々にとっては信仰の対象です。
本誌では、鴨川の水を大切にしながら暮らしている方達や、
日本全国の川、それに関わる人たちの暮らしなどを紹介しています。
この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
記事の有効期限以降は本誌は非公開となります。ご了承ください。