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文章を書くのは難しいこと。
バカにされたくないと考えれば考えるほど、時間がかかってしまいます。
そんな方に、真似するだけで日本語力がすぐに上がる文章術を一挙大公開!
PRESIDENTにて特集されている『伝わる文章、バカの文章』より
『「させていただく」が嫌われるワケ』をピックアップします。
「させていただく」が嫌われるワケ

文:椎名美智(法政大学文学部教授)
大谷翔平も使った「させていただく」
敬語は難しいと、多くの人が感じるのはなぜでしょうか。
敬語は、距離感を置くことによって相手への配慮や敬意を伝える言語的な『道具』です。
適切な敬語とは、不動の正解といえるような型があるわけではありません。
相手と自分の関係性(上下関係や親疎関係)や状況に応じて、ふさわしい敬語を柔軟に選ぶ必要があります。
敬語には従来の尊敬語、謙譲語、丁寧語に、丁寧語、美化語が加わり合計5種類あり、
改まり方の度合い(丁寧度のレベル)も多様です。
しかも相手、状況、トピックによってふさわしい敬語の種類を、その場その場でチョイスして使わなければなりません。
難しいと感じるのも当然です。
そんななか、近年、爆発的に使用されているのが「させていただく」という敬語です。
みなさんも毎日、さまざまな場で、この言葉を目にしたり耳にしたりしていることでしょう。
会議やイベントが始まる際、司会者の「それでは始めさせていただきます」はお決まりのフレーズです。
返答に困った政治家は「コメントは控えさせていただきます」、
アイドルグループが解散するときも「解散させていただきます」という具合に多用されています。
記憶に新しいところでは、米メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、
SNSで結婚の報告をした際にも、「結婚いたしました事をご報告させていただきます」とありました。
見聞きするだけでなく、自分でもよく使っているのではないでしょうか。
今やこの言葉は社会全体に氾濫しています。
私はここ数年、アンケート調査や過去・現在のデータを分析して「させていただく」を研究していますが、
この言葉は言語学者にとって謎に満ちた言葉なのです。
というのも、これだけ多様されているにもかかわらず、
一方では「させていただく」に違和感を覚える人も多い、不思議な言葉だからです。
「させていただく」に実は敬意はない
「させていただく」という言葉は1870年ごろに出現しました。
その後、120年たった1990年代に使用されることが増え始め、さらに30年たった今、「ブーム」となっています。
なぜ90年代に使用が増加したのでしょうか。
戦後半世紀たってタテ社会のタテ性が緩み、そうした社会の変化が言語に反映し始めたからだと考えられます。
なぜ、「させていただく」を使うのかを調査したところ、人々は丁寧さと謙虚さを示すために使うと答えています。
では人々が「させていただく」に込めているのは敬意なのかというと、必ずしもそうではありません。
本当に込められているのは、その場で対面している『聞き手』への配慮。
相手に直接敬意を向けるのではなく、自分の行為を丁寧に表現することによって間接的に伝わる相手への配慮なのです。
戦後のヨコ社会的人間関係において
目の前にいる「あなた」の前で自分がふるまうのかが大切になってきたからでしょう。
このような敬意を「丁寧語」といいます。
「利用いたします」の「いたす」の部分や、「弊社」の「弊」などが該当します。
謙譲語と丁重語は自分がへりくだる点は共通していますが、相違点があります。
謙譲語は相手に向けた自分の行為に対して用いられるので、敬意が相手に向かう「表敬の敬語」です。
一方、丁重語は自分だけで完結する行為を示すので、敬意が直接相手に向かっていきません。
つまり、丁重語は自分の丁寧さや謙虚さを示す「品行の敬語」なのです。
「させていただく」は、もともとは謙譲語なのですが、丁重語への変化課程にあると考えられます。
品行とは、わかりやすくいうと、
「自分がまわりから見て望ましい性質を持っている人間であること」を示す表現です。
ですから「させていただく」は、相手に敬意を向ける謙譲語というよりも、
自分の丁寧さを示すシン・丁重語として使われていると考えられます。
ですから「させていただく」は、「ポライトネス」の概念を使って相手との距離感を捉え、
それを微妙に調節していると考えるとしっくりきます。
「ポライトネス」という単語は「丁寧さ」と訳されることもありますが、
丁寧という言葉とは少し意味の異なる専門用語で、
特にコミュニケーションにおける対人関係や大人距離に関する事柄を指します。
つまり「させていただく」は相手への敬意を表す敬語ではなく、
実は自分のことだけを丁寧に見せる敬語なのです。
相手が誰でも通用するため、便利で使いやすい言葉なのです。
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