この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
記事の有効期限以降は本誌は非公開となります。ご了承ください。
巨大なガジュマルの木をはじめ、亜熱帯の照葉樹林が広がり、さまざまな生物が暮らす屋久島西部の森。
そこでは、なんとも愛らしいヤクシマザルが、ヤクシカとも仲良く共存しながら生活しています。
婦人画報では、日本各地のサルを撮り続けている写真家・大島淳之さんが、
“『鳥獣人物戯画』的視点”で捉えた躍動感溢れるヤクシマザルの姿を紹介しています。
豊かな森が育む、幸せな関係
文:半谷吾郎(京都大学生態学研究センター准教授)
世界自然遺産の島、屋久島の西部地域には、世界でも最大規模の照葉樹林がひろがっている。
この森には、ニホンザルの亜種であるヤクシマザルが住んでいる。
本土のニホンザルに比べて、体が一回り小さく、毛がやや黒っぽいのが特徴である。
この森のサルの密度は、ニホンザル全体の中で最大である。
それを支えているのが、温暖な気候と大量の雨がもたらす、豊かな森の実りである。
屋久島西部海岸部の果実生産は、温帯林としては最高水準なのである。
サルたちの口の周りが膨れているのは、頬袋の中にたくさんの木の実を貯めているからだ。
木の上で実を口の中に入れたあと、木から降りて、時間をかけて咀嚼する。
豊富な果実に恵まれ、冬も縁が絶えることのない、この豊かな森に住む彼らは、
食べ物を探すために、あくせくする必要はあまりない。
東北日本の落葉樹林に住むサルたちは、冬には日中の大半の時間を、
雪の中、樹皮のような貧しい食べ物を食べるのに費やさなければいけないが、
屋久島のサルたちは、そのような苦労とは無縁である。
おなかが満たされたら、こどもたちは花崗岩の岩の上を飛び回り、取っ組み合って遊び、
おとなたちは木漏れ日を浴びながら毛づくろいをする。
毛づくろいされながらうたた寝をするサルたちはとても幸せそうだ。
この森では、サルとシカが一緒にいるところにしばしば出会う。
たいていの場合、シカがサルに近寄ってくるようだ。
というのも、サルが木の上から落とす、葉っぱのついた食べ残しの枝は、シカにとってはごちそうだからだ。
さらに、シカはサルの糞も食べる。
サルの消化能力は、反芻獣であるシカより劣るので、
サルの糞には、シカにとっては、まだまだ栄養が十分に含まれている。
夜、サルの糞を食べたくてお尻の周りに集まってくるシカに、サルが眠るのをじゃまされることも多いという。
その逆に、サルはふだん、シカには無関心だ。
だが、もともと好奇心旺盛な動物だから、
サルもときにはシカに興味を持って、毛づくろいをしたり、シカに乗っかることがある。
まさか、シカにどこかに運んでもらおうなどとサルが考えているはずもなく、やっぱり乗っていて楽しいのだろう。
そもそもサルたちは、自分にとって食べ物でもなく、天敵でもない、
同じ森の住人であるシカのことをどういう存在として見ているのだろう。
そんなことを考えてサルとシカを見ていると、その場に居合わせた第三の哺乳類である私は、
ふと、サルたちが、「ヒト」という動物をどのように見ているのだろう、ということが気になる。
この森のサルたちは、たまに森にやってくる、二本足で不器用に森を歩く、
自分たちよりも大きなこの動物を、とくに害もないからと、ふだんは空気のように無視している。
レンズや双眼鏡の向こう側のサルたちの表情には、必死に彼らを見つめているヒトへの何の感情も読み取れない。
それはサルとヒトがこの森で幸せな関係を築いていることの証だが、少々さみしくも感じるのである。
本誌では、各写真の解説等もお読みいただけます。
この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
記事の有効期限以降は本誌は非公開となります。ご了承ください。