この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。
廃校になった小学校、アパートの一室……。
今、日本のあちこちで、ここが映画館?と驚くような場所に、小さな映画館が生まれています。
館主の視点で選ばれる作品群、個性に満ちた空間づくり。
そのあり方は、本の世界へ現れた独立系書店となんだか似ています。
共感し合う、インディペンデントな映画館と書店のある街へ出かけてみませんか?
いつもの映画館とはまるで違った映画体験、あの人がセレクトする書店でなければ出会えない本があります。
メトロミニッツローカリズムにて特集されている『インディペンデントな映画館と書店のある街へ』より、
鳥取県にあるリラックスできる映画館を紹介します。
リラックスと集中の波打ち際で映画を観る
『ジグシアター』
文:井川直子
映画館なのに、いかにも寝そべりたくなるソファ。
ここへごろんとなって映画を観たら、一体、どんな感覚に陥るんだろう?
やってみたい。
それだけの動機で、鳥取県・湯梨浜町の『ジグシアター』を訪ねる旅に出た。
廃校になった小学校の3階、図工室を改装し、2021年7月に開館した小さな映画館。
県内で唯一のアート系だが、それがなぜか、おっとりとした湖と温泉の町にある。
館主は、大阪で映画や音楽のイベントを手がけてきた柴田修兵さんと、
グラフィック・デザインを学びアートを介した福祉に携わっていた三宅優子さん。
夫婦は子供が誕生して土に近い環境を探し、心身ともになじんだ湯梨浜町へ移住したのだった。
「ただ、私たちが好きでよく観ていたアート系の映画館がなくて」
漠然と「表現の場」をつくろうとしていた思いが、映画で結実した。
それは彼らの感性を映す、まったくインディペンデントな映画館だ。
古い建物の「時間を巻き戻し、完成の一歩手前で止めた」イメージの内装は、
壁紙や床材をはがしただけ、構造はむきだしのまま。
小学生たちの微笑ましい痕跡が残る棚や机はロビーで蘇り、修兵さんの蔵書やレコード、
優子さんがデザインした美しいパンフレットが並んでいる。
上映日は月に6~10日ほど。
1作品または1特集に限り、「戸惑い」という独特の視点で選ばれる。
「知らない世界を知ったり、知っていると思っていたことが本当は知らなかったのかも?と気付いたりすると、人は戸惑いますよね。そうして立ち止まることで、映画を観た後の人生や社会が変わるかもしれない」
上映数が少ない分、彼らは1作ごと時間をかけて向き合い、告知もまた血の通った言葉で伝えようとする。
映画を決めて映画館を選ぶのでなく、
月1回『ジグシアター』へ行けば思いがけない映画と出会える、というつき合い方は目からウロコだ。
何度も観たい人にはリピート割があり、学生は500円。
「ぜひ観てみて」の気持ちがあふれているのではないか。
暗幕のかかった元図工室に入ると、段々に重ねられた廃材パレットの上で、あのソファが待っていた。
禁断の「靴を脱ぐ」もここでは推奨。
だからと言って羽目を外す人もいない。
ここは家じゃない、映画館なのだ。
それぞれの場所から集まった誰かと、同じスクリーンに向き合い、物語を分かち合う。
いわば、リラックスと集中の波打ち際で観る映画である。
ここには、「ジグシアター」を後にしても湖畔を歩き、カフェで余韻を深める時間がある。
すると1本の作品は、もっと自分のものになる。
本誌では、他にもインディペンデントな映画館や書店が紹介されています。
この記事が掲載されている雑誌は、こちらからお読みいただけます。