
サライ 伊能忠敬といえば、日本で初めて実測での日本地図を作り上げた男。 なぜ彼は49歳で家督を譲り、55歳から全国行脚を始めたのか!?
没後200年の今、伊能忠敬の想いに迫ります。
解説してくれるのは、渡辺一郎さん。
60歳の頃から伊能図の研究に力を入れ始めたのだとか。
この人も第二の人生をエンジョイしていますよね。
婿入りした伊能忠敬
17歳の頃に未亡人のもとに婿入りした忠敬さん。 サザエさんでいうところのマスオさん的立ち位置ですね。 中々に気を使うポジションです。 しかも伊能家は大きな酒造家で名家だったらしいですよ。 いきなりそんな名門の跡取りになった忠敬。 ここで実業家としての才を目覚めさせます。 薪炭問屋・穀物取引・貸金業など 事業を拡大し、現役だったおよそ30年間で収入を10倍近くに増やしました。 凄い敏腕だったんですね!
私には忠敬が、創意工夫に富んだ起業家に見えます。 酒造家を総合商社にまで大きくしてしまったのです。と渡辺さんは語ります。
伊能家 家訓
そんな忠敬が作り上げた家訓が残っています。 隠居直前に長男にあてて書かれたものなんですって。 その内容は次のようなもの。 第一 彼にも偽りをせず孝弟忠信にして正直たるへし 第二 身の上の人ハ勿論身下の人にても教訓異見あらハ急度相用堅く守るへし 第三 篤敬謙譲とて言語進退を寛裕ニ諸事謙り敬ミ少しも人と争論など成べからず つまり 「偽らずに正直でいること」 「良い意見は目下からも取り入れること」 「謙虚にして人と争わないこと」 を家訓としたんですね。 シンプルなようでいて中々難しいことです。 正直・柔軟・謙虚でいることは、人付き合いの中で本当に大切だと思います◎ これは現代のビジネスパーソンにも参考になる知恵ですよね!
17歳から事業を拡大させ、 隠居した後も歴史に残る偉業を達成させた伊能忠敬。 調べてみると、江戸時代では30~40歳でもお年寄りに含まれていたそう。 つまり現代の感覚で言えば、80歳のお爺ちゃんが宇宙飛行士を目指すって感じでしょうか。 凄い…… しかも彼の場合はちゃんと結果を残していますからね。本当に凄いです! 今からでも遅くはありません! あなたも第二の人生を満喫してみませんか。 そのヒントをチラ見するなら↓↓↓
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