【入り口はアイドル、出口は?】中島健人「変わることは、いいことだ」

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GQ JAPAN(ジーキュージャパン)

【入り口はアイドル、出口は?】中島健人「変わることは、いいことだ」

  ◆この記事が掲載されている雑誌は、期間限定で丸ごと1冊読むことができます◆   歌って踊って芝居をして、司会もこなし、バラエティを盛り上げる。 アイドルになりたくてアイドルになったSexy Zone中島健人さんは、 どんどん変化をして新しいアイドル道を歩んでいます。   今回、GQ JAPANのインタビューを一部紹介します。  
アイドルってなに?
  緊急事態宣言下の4月30日、 新型コロナウイルス感染拡大の脅威が日本列島全体を不気味な雲のように覆っていたまさにそのとき、 中島健人さんは、NHK総合テレビ『クローズアップ現代+』に出演、 「続けよう、僕らにできることを。」と題して、主に若い視聴者に向けて感染拡大防止の呼びかけをおこないました。   そこでは、日本赤十字社医療センターの医師にインタビューもしました。 「そうしたら、医療従事者の方々が僕らのライブの動画を見て元気になったといってくださって、それを聞いて、超泣けちゃって」       中島さんにとって、NHKの報道系の番組に出演することはなじみのないことではありません。 Sexy Zoneは『ニュース シブ5時』にレギュラー出演しているからです。 番組内では「ニュースがわかるようになる検定」のコーナーを、他のメンバーとともに担当し、 そうしたなかでたとえば広島の被爆地のことを伝える仕事もやっていたそうです。   「すると、じぶんも戦後の歴史を知らなきゃいけなくなりますよね。だから常に学んで、学んだことを発信して、みんなとみんなをつなぐ役割を果たすことになる。アイドルにはそういうこともできるんだ、と考えるようになったんです」  
「アイドル」に変身
  「もともと、アイドルは嫌いだったんですよ。というのも、小学校の高学年のころ、両親にアイドルをやってみたらと勧められたんですけど、なんか恥ずかしくて」   ジャニーズの存在を知ったのは、2005年10月から放送されていた ジャニーズの亀梨和也さんが主演した『野ブタ。をプロデュース』を観た級友がしたモノマネを通じてでした。 当時、小学校6年生の頃でした。 しかし、当時はアクションを起こすことなく、中学に進んだそうです。   「小学校の頃から中学1年生ぐらいまでは無口で、クラスでも目立たない存在だった」 そう話す中島さんが『自分を変えてみよう』と思ったのは、中学2年生の始業式のとき。   「始業式の日の自己紹介で、これからの人生が決まるなと思って、最初の日に飛ばしていったんですよ。そうしたら学校生活が好転したんです。立候補して学級委員もやったりして。すごいなと思いました。前の年まであんなにおとなしかったのに、簡単に変われるんだなって」   積極的になってみたら周囲の反応が変わり、それが中島に自信を与える。 そしてその頃、同世代のジャニーズ『Hey!Say!JUMP』がデビューしました。   「今度はなにかを感じちゃったんですよね。どうして同世代の彼らがステージに立って脚光を浴びているのに、じぶんはこの教室にいるんだろうって。(ジャニーズに)行かなきゃ、って思ったんです」  
  14歳で積極人間になっていた中島さんは、自分で履歴書を送って、ジャニーズ事務所のオーディションを受けて合格します。 その3年後、晴れてSexy Zoneの結成が発表されるとともにその最年長メンバーとなった中島さん。 この年の3月には、東日本大震災が起きました。 それは、中島さんが明治学院大学社会学部に進学する動機となりました。   アイドルになり、その後メディアの情報発信に興味を持ち、両立させていった中島さん。 続きのインタビューはこちらからお読みいただけます。 記事の有効期限: 2021年11月28日 Sunday  

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