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何が起こっても人のせいにせず、自分の人生に責任をもって生きている人は『幸せ』です。
ゆうゆうでは、いくつになっても、仕事を続け、輝き続ける8人に前向きに生きるためのヒントを伺っています。
その中から、高田純次さんへのインタビューをピックアップします。
こう見えても子どもの頃は神童と呼ばれていました
ピシッと整えられたグレイヘアに、ダンディなあごひげ。
高田さんは背すじをスッと伸ばし、眼光鋭くカメラを見つめると、キメ顔やおどけ顔を次々と繰り出します。
ときに寝そべり、ときに片足をひょうと上げてピタッと静止。
「高田さんの軽やかな身のこなしは、とても70代とは思えない!」
率直にそう伝えると、「そう?」と真顔に。
「撮影があるっていうから、昨日ちょっとね、ボディビルやってきたの。50キロのダンベル上げてきたから、それが効いているのかな。フッフッフ」
ウソ?まさかホント?
不意打ちを食らってぽかんとしていると、続けざまにこんなことを言います。
「俺は毎朝5時に起きて、10キロのウォーキングをして、1時間くらい軽くピアノを弾いて、詩を書いて……っていうことをしたいなと60年くらいずっと考えているんだけど、いまだにできないんだよね(笑)」
こちらの反応を楽しむようにニヤリ。
しょっぱなから期待に違わぬ“適当男”ぶりです。
高田さんはいつからそんな“適当男”になったのでしょうか?
「俺にもわかんないんだよね。子どもの頃は“神童”なんて呼ばれていたんだけどなあ(笑)」
1947年、東京都調布市に生まれた高田さん。
神童発言の真偽のほどはともかく、小学校・中学校時代は真面目な子どもだったといいます。
「それが高校生になると、250人中240番くらいになっちゃった。今となっては俺より下に10人もいるってことがおかしいんだけど(笑)。で、大学受験に失敗。これが自分の中ではトラウマになってるんだよね」
誘われて観に行った舞台が役者となるきっかけに
一浪して再び受験に挑んだけれど望みは叶わず、専門学校に進学した高田さん。
その後、知り合いに頼まれて劇団のポスターを描いたり、役者として舞台に立ったりするうちに、ある出会いが。
「自由劇場の舞台に誘われて観に行ったら、佐藤B作とか吉田日出子とかが『マクベス』をやっていたんだよ。それを観て『こんな地下の小さい劇場ですごいことやってるな』と。その次の舞台は新作で、イッセー尾形が出ていた。それが面白くてね。翌年に自由劇場の研究生に応募したら、合格したんだよ。大学受験に失敗しているから、俺にとっては初めての合格。もう有頂天になったよ。あとで聞いたら31人受けて30人合格したらしいけど(笑)。それがこの道に入るきっかけだね」
本誌では、幸せを感じる心の法則を話しています。
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