【徳川15代全員を通信簿で評価】朝廷とは一線を画し東国江戸に政権を発足した徳川家康

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2023年NHK大河ドラマ『どうする家康』主人公・徳川家康が創った江戸幕府

 

家康はどのようにして260年も続いた幕府の基盤を作ったのでしょうか。

またそれに続く、太平の世を治めた歴代征夷大将軍とはどのような人物だったのでしょうか?

 

ヤエスメディアムック『徳川十五代の真実』では、
初代・徳川家康から始まり、15代・慶喜までの歴代将軍の通信簿を作成。

時代ごとに起きた歴史的出来事とともに歴代将軍を支えた優秀な官僚たち、
政治形態やその時代の名物、文化を紹介しています。

 

【徳川家康】
朝廷とは一線を画し東国江戸に政権を発足

 

 

  • 人徳…10点
  • 政治力…10点
  • 交友関係…10点
  • 健康…10点
  • 家族関係…3点
  • 総合力…10点

 

徳川家康といえば、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」の句でも知られているように
戦国武将の中でもソフトなイメージがあります。

しかし、戦国時代の群雄割拠を勝ち抜いて2世紀半にも渡る政権をうち立てた人物です。

もちろん大名といえば軍を指揮する司令官ではありますが、
家康は、自身も武芸剣術に励み、馬術から剣術、水泳等、まさに武芸百般を身に付けていたといいます。

晩年も毎日にように鉄砲を撃ちに出かけ、70歳の時でも数羽の鷲を狙って
3発撃って2羽に命中させたと伝えられています。

 

また家康は、戦国武将の中でも多趣味な人物としても知られています。

能、囲碁、将棋、香道等に親しんだといいます。

 

学問にも興味を持ち、とくに薬学を好んで学んでおり、
自ら調合した薬で命拾いしたという逸話が残されています。

薬学以外にも、政治から兵法、儒学にも興味を示して
さまざまな書物を読んだ非常な教養人であったと伝えられています。

 

家康の征夷大将軍就任による開府

 

家康は織豊政権の崩壊を目の当たりにしていきます。

同盟者であった織田信長が天下布武を宣して朝廷も凌ぐ権勢を持つ天下人としてから
全国統一を目指すも、それを目前にして家康によって本能寺の変で討たれます。

それを引き継いだ豊臣秀吉が全国統一を果たして
天正13(1585)年から天正14(1586)年の間に関白、太政治大臣となり、豊臣政権を樹立します。

 

しかし慶長5(1600)年の関ヶ原の戦い
慶長19(1614)年から慶長20(1615)年の大坂冬の陣、夏の陣の豊臣政権の崩壊を、
自身も関わりながらそれらとは違ったかたちの政権発足を目指しました。

 

それが、鎌倉幕府の歴史を綴った『吾妻鏡』も愛読していたという家康の征夷大将軍就任による開府でした。

こうして徳川政権は約260年間続くのです。

 


 

 

本誌では、徳川15代はもちろん、徳川15代以外にも、
その人たちに関係していた人物たちもピックアップしています。

 

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