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映画に携わっている方といえば、たくさんおられますが
今号の婦人画報では、映画評論家の秦 早穂子さんと、映画字幕翻訳者の戸田奈津子さんにクローズアップ。
早穂子と奈津子の映画案内を特集されています。
今回はお二人の特集をピックアップしてみました。
映画に生き、魅せられた90年
映画が描く時代と人間を見つめてきた映画評論家・秦早穂子さん。
世界の名作やスターの言葉を日本へ届けてきた字幕翻訳者・戸田奈津子さん。
映画が“世界への扉”だった時代から歩み続けたおふたりの90年余りは、日本の映画文化の歴史そのものです。
心に残る名作とは何か、映画は人生に何を与えてくれるのか。
おふたりの言葉を通して、映画の力をあらためて見つめ直す総力特集。
あなたの心を震わす一本との出会いを願って。
早穂子と奈津子の映画案内

映画史とともに歩んだふたりの軌跡
秦 早穂子
1931(昭和6)年7月31日生まれ
映画評論家・随筆家
1931(昭和6)年 0歳
東京・渋谷に生まれる。父・一郎はフランス文学者であり動物学者。命名は詩人・作家の佐藤春夫。虚弱体質のため鎌倉に移住。日本女子大附属豊明幼稚園入園を機に、目白へ転居。
1945(昭和20)年 14歳
罹災。千葉から山梨へと疎開。同地で敗戦を迎える。
1949(昭和24)年 18歳
女子学院卒業。SEF(フランス映画輸入組合日本事務所、のちの「新外映」)文芸部に勤務。その間、新制高校入学、卒業の試験を受け、大学入学。
1957(昭和32)年 26歳
ブザンソン・ド・ワグネル(マギー・ルフ)の『エレガンスへの招待』(婦人画報社/現ハースト婦人画報社)を訳したことを機に渡仏。映画・ファッションの紹介に携わる。
戸田奈津子
1936(昭和11)年7月3日生まれ
映画字幕翻訳者・通訳
1936(昭和11)年 0歳
福岡県戸畑市(現・北九州市戸畑区)に生まれる。父は銀行員。1歳のとき、父が日中戦争下の上海で戦死し、母の実家のある東京・世田谷へ移る。
1941(昭和16)年ころ 5歳
東京高等女子師範学校(現・お茶の水女子大学)附属幼稚園入園。その後はお茶の水女子大学附属小学校・中学校・高等学校で学ぶ。終戦翌年の10歳のとき、外国映画を見て衝撃を受ける。ひとり映画館に通うようになったのは中学生のころ。
1954(昭和29)年ころ 18歳
津田塾大学学芸学部英文学科入学。卒業後、第一生命保険に秘書として就職。
1960(昭和35)年ころ 24歳
第一生命を退社、映画字幕翻訳を志す。字幕翻訳家・清水俊二に手ほどきを受ける。『鉄腕アトム』などテレビ番組の英訳を行い、翻訳・通訳の仕事を始める。
レジェンドの映画人生

昭和、平成、令和―――。戦争を体験し、映画を介して世界と出会い、日本の映画文化を支えてきたおふたり。
90年余りの人生を通し、映画にかけてきた思いとは。
秦さんにとって映画とは?
さまざまな世界を知り、人間を知り、自分自身を見つめるための窓
―― 秦 早穂子
戸田さんにとって映画とは?
精神的な「飢え」を満たし、夢を与える。食べることより大事な、それが私にとっての映画
―― 戸田奈津子
2人のインタビューや、映画紹介がまだまだ続きます。ぜひ、本誌でご覧ください。
本誌では他にも、わが街のマイ・ベスト寿司などを紹介されています。
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