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夏の旅行は避暑地・軽井沢へ。
避暑地として人気の軽井沢と堀辰雄について、今号の男の隠れ家で特集。
軽井沢に行った際に、ぜひ思い出してほしい、気になる内容をピックアップしました。
この夏、避暑地を旅する「美しい村へ」
東京の下町に生まれた文士・堀辰雄は、高原に夏のみ賑わう「異国」に惹かれました。
胸を病んだ彼は限られたのなかで高原の風を、空気を文字に綴ったのです。
「御無沙汰をいたしました。
今月の初めから僕は当地に滞在しております。
前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、
やっと今度、その宿望がかなった訣(わけ)です。」
――『美しい村』より
避暑地文学の白眉を繰り出した軽井沢山荘
その山荘は、雑木林の中にあります。
群馬県と長野県の県境で古代から交通の要衝で難所でもあった碓氷(うすい)峠、その峠を西に下った最初の街・軽井沢。
標高1000mほどの当地は植生でいうところの落葉広葉樹林帯に属し、下界が夏の炎熱にありながらも爽やか。
明治以降は欧米人に避暑地として見出され、開発され、多くの文人に愛されました。
冷涼な気候で頭脳が明晰になり文才が冴えます。
平地と異なる植生が、草原に薫る風が、草むらで密やかに開く花が琴線に触れます。
名作が生まれた地
彼ら軽井沢の文士の白眉を挙げるならば、やはり堀辰雄でしょうか。
明治東京の下町に生まれた彼は軽井沢を愛し、軽井沢に滞在し、軽井沢を終の棲家としました。
モダン作家・堀辰雄の軌跡

堀辰雄は明治37年(1904)、東京に生まれる。
成績優秀な彼は旧制中学から第一高等学校へ。
得意科目は数学で、夢は数学者でした。
だが友人の影響で文学を志し、同人誌に参加しました。
そして在学中の大正12年(1923)1月、萩原朔太郎(さくたろう)の詩を耽読、5月には詩人の室生犀星(むろうさいせい)を紹介され、8月には人生で初めて軽井沢を訪れます。
この折の体験を、彼は「異人さんと異国語ばかり」「毎日が活動写真のよう」「異人さんの匂い」などと、興奮した筆致で友人に書き送っていました。
そして9月、関東大震災に遭遇。実家は焼失。堀は隅田川を泳いで難避するも、母は水死してしまったのです。
大正12年、わずか一年の経験が、後の「堀辰雄文学」の原型を形作ることになりました。
堀辰雄[1904〜1953]
小説家。高校時代に室生犀星と芥川龍之介に師事。
大正14年(1925)東京帝国大学入学後、小林秀雄らの『山繭』、中野重治らの『驢馬』の同人に加わる。
昭和5年(1930)ラディゲ風の『聖家族』により文壇に登場。その後はプルーストやリルケに学び、『美しい村』(1933-34)、『風立ちぬ』(1936-38)を発表した。
堀辰雄と軽井沢のお話はまだまだ続きます。ぜひ、本誌でご覧ください。
本誌では他にも、「風に誘われて、避暑地へ…」を特集、紹介されています。
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