2016年4月号
footballista(フットボリスタ)
エイバル現地取材レポート 乾大活躍を支える素朴でやさしい空気
約1年ぶりにエイバルを再訪した。昨季は人口2万7000人、1部史上最少のホームタウンを持つクラブに興味を持っての初訪問だったが、今季は快進撃に加えてもう一つ楽しみがあった。大久保と並ぶリーガでの日本人史上シーズン最多記録とな3ゴールを挙げた乾の存在だ。
盛んに声がかかっていた。「タカ、タカ!」「いいぞタカ!」
寒風吹きすさぶグラウンドにボールを叩く音と体が衝突する音、選手のうめき声や嘆きが響き、メンディリバル監督はずっと「プレスだ!」「ラインを上げないか!」と叱咤し続けていた。この冬最も厳しい冷え込みとなったこの朝、快晴ながら気温はせいぜい2、3℃といったところだろう。
エイバルの練習グラウンドは谷間にへばり付くような形をしていた。柵の向こうは林でその下は川。ビルバオからバスで1時間、エイバルの街から30分、最寄りの村からは足がなく広報担当者の車に相乗りさせてもらった。バスク地方特有の山と谷が続く風景の中、芝生のグラウンドだけが忽然と現れるのだった。ロッカールームなどの施設はお世辞にも整っているとは言えず、私が教えている街のクラブが立派に見えるくらい。だが、目の前で繰り広げられている迫力あるミニゲームは、さすがにリーガエスパニョーラならではのハイレベルなものだった。
ピッチの半面を使った10対10、さらにそれを半分にした中での6対6。スペースを狭くすれば体力を消耗させないでインテンシティだけを上げることができる。週末の試合を控えている週中にはふさわしいメニューだ。リスタートはすべてGKのボール出しから、その際に相手チームはメンディリバル監督が自ら並べたマーカーの位置まで最終ラインを上げる約束となっていた。ハイインテンシティ&ハイプレス、まさにエイバルのプレースタイルの特徴そのままである。
言葉は通じないが意思は通じる
「頭が良いなと感心しているよ。スペイン語でやり取りしている連中より物わかりが速いくらいだ。どっちが言葉が通じてるんだ、と思うよ(笑)」
メンディリバル監督に意思の疎通はうまくいっているかと聞くとこんな答えが返ってきた。エクササイズが中断し監督が話し始めるとスッと乾に近づく日本人男性がいた。当初、助監督を通じてドイツ語でコミュニケーションを取ろうとしたが駄目で、今は通訳が付いている。彼が「アツ」で乾が「タカ」。タカが静かに微笑んでいる横でアツが選手と冗談を飛ばしていたりして、コミュニケーションには何も問題がないことがうかがい知れた。
この練習の3日後、第25節セルタ戦で乾はゴラッソを決めた。トラップと同時に対角線に切り込み、体を揺らしてマークを外し、コースを見つけるや否やファーポストへ強烈なシュートを叩き込んだ。同じプレーは練習でも何度もチャレンジし確か1度ネットを揺らしていた。これこそがメンディリバルの言う、周りを唖然とさせるプレーであり、乾に期待されているものなのだろう。
山奥の人里離れた場所で練習し、週末は世界が注目するリーガの超一流の舞台に立つ。そのギャップが内気そうな乾にはちょうどいいのかもしれない。クラブ史上最高額で加入して来た彼は何かと注視される存在だった。住居を構えているのも大都市ビルバオではなくエイバルだというし、スペインでの1年目をサッカーに100%集中できる環境で過ごしているのは間違いない。
小さなクラブの気さくなスターたち
チームメイトたちはとにかく人懐っこかった。目の前でストレッチをしていた控えGKハイメは「スペイン語しゃべれるか?」と話しかけてきて、私がセビージャに住んでいると知ると近くのビーチリゾートでペンションを経営しているから泊まりに行ってくれ、と売り込んできて、URLも教えてくれた。引退後のサイドビジネスらしい。「あっ、ごめん!」とメンディリバル監督にインタビューをしていた監督室にノックもせず飛び込んで来たどんぐり眼で髭の男は、チーム得点王(リーグ戦16ゴール)でスペイン代表入りも間近と言われるボルハ・バストンだった。彼はその10分後にまたいきなり入って来て、「あれ、まだいたの?」。仕事中の監督の権威とかはあまり関係がない感じだった。
私が持参していた本誌12月号に興味津々だったから見せてあげると、たまたま本人を紹介していた記事が出てきた。「君はさすがに持っているねー!」とおだててあげたら大喜びで、この時の写真がクラブの公式ツイッターにアップされていた。
広報から「せっかくだからちょっと会ってくか?」と誘われた乾へのノーアポ取材は、メンディリバル監督に話を聞いている間に本人が帰ってしまっていたので実現しなかったが、お互いスペインに居る限りまたどこかで再会することがあるだろう。乾とエイバル、相性の合った“カップル”を今後も見守っていきたい。

通訳が付くことで言葉の壁を克服した乾。監督、チームメイトとの関係も良好だ。これで「いいぞ!」とか仲間を励ます言葉(単語でOK)をかけられれば、さらに良くなっていくはずだ
木村浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーライター兼少年チームのコーチとして活動中。
