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PRESIDENTでは北野武さんにインタビュー。
幼少期の貧乏な頃や、母の教えについて語っています。
お金そのものに価値なんかない
「子どものころは貧乏だった。ペンキ屋だった親父の稼ぎが少ないので、母ちゃんが造花をつくったり、ラインのおもちゃにゼンマイを仕込んだり、内職をしていた。
でもひどい親父だから、お金があると酒を飲んだりして全部使っちゃうんだよ。だから、子どもの学費は母ちゃんが払った。結局、一番上の兄貴が大学出たら働いて、姉さんも働いて、家計を支えていたんだ」
しかし、振り返ったらそうだったという話で、そのときは住んでいた一帯が同じような環境だったため、
自分の家が貧乏だとは思っていなかったそう。
北野武さんが育った東京都足立区はもともと職人が多い町でした。
戦後の宅地ブームで、近所の農家が持っている土地を全部売り、都心の家は買えないサラリーマンが家を建て、
武さんの家の近所にはサラリーマン家庭が爆発的に増えました。
「うちらとは生活習慣が全然違ってさ。弁当箱も俺のは厚いやつだったけど、薄いやつを持っていて、ランドセルもノートも違うんだ」
サラリーマンは固定給をもらえて、子どもも毎月決まったお金をもらえる、
そんな子どもたちを心に羨ましく感じていたそう。
「俺にとって、お金は縁がないもので、普段から持っていることはなく、必要なときにだけもらって使うものという認識だった。
…
ただ野球も好きなだけやれて、家族団らんもあって、ささやかな幸せはあった。だから、貧乏でも不幸ではなかったよ」

父親が飲んだくれでだらしなかった分、母親は子どもに厳しかったといいます。
お金や欲に対する教育については特に厳しかったそうです。
「自分で『良家の生まれだった』と言い張ってたんだけど、それは嘘で、貧しい田舎の農家の生まれだった。12~13歳で奉公して女中頭になって、奉公先の坊ちゃんにもお金についてきびしくしつけていたらしいんだな」
武さんの母親がよく言ってた言葉。
『お金はいずれ入るから、無理なものをほしがるんじゃない』
『親にたかるな』
『お金がほしいんだったら、ちゃんと働いて稼げ』
貧乏だけど、お金のために生きているわけじゃないという誇りがあった、と言います。
「『お金そのものに価値なんかない』というのが、母ちゃんの思想なんだ。お金を稼げる人やお金の苦労をしてない人は、なんとなく偉いように見えても、別に偉いわけじゃない。ただ、お金が勝手に寄ってくるだけだと考えていた」
『お金は汚いもので、興味を示してはいけない』と徹底的に教育された武さん。
「お金はあれば何でもできると思ってしまうし、そのしっぺ返しはすごいから、最初からないものだと思えということだね。だから、金融業とか投資家のようなお金をいじる仕事や、お金もないのに金持ちのフリをする奴を『下品だ』と言っていたな。
俺がお金に対する執着が薄かったり、物欲がほとんどなかったりするのは、母ちゃんの影響を少なからず受けているんだろうね」
本誌では漫才師になった後のことについても語っています。
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