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“ジェンダーギャップはあって当たり前”だった40年近く前、旧弊な企業や政治家を相手に根気強く交渉し、
男女雇用機会均等法成立のために奔走した赤松良子さん。
Harper’s BAZAARでは、年齢を超えた友情を育む作家・柚木麻子さんが、赤松さんの情熱の源に迫っています。
男女雇用機会均等の母、赤松良子
文:柚木麻子
ホウキに乗った魔法使いのおばあさん。
駐ウルグアイ大使時代に購入した骨董品だという。
私が目に留めると「可愛いでしょ?私、この頃、魔法使いになりたいなあと思っていてねえ」と
楽しそうに語る赤松良子、93歳。
女性初の現ユニセフ会長にしてNGO代表、クオータ制を推進する会代表などを務め、
元文部大臣(細川・羽田内閣時)。
1953年に労働省に入省し、女性の地位向上のために尽力してきた、その名も『男女雇用機会均等の母』。
まさしくレジェンド。
彼女と過ごす時間こそが、私にとっては魔法そのものだ。
年の離れた友人たちの出会い
文:柚木麻子
半世紀以上年が離れた私たちの友人関係は、一本の電話から始まる。
去年の夏、母校・恵泉女学園の恩師から
「あなたの本を読んだ赤松良子さんが、恵泉を見学したいそうなんだけど、来られる?」
と緊張しきった声で連絡がきた。
わけがわからないまま、在校時はいっぺんも入ったことがない応接室に、汗だくで駆けつけた。
すると、記録的猛暑だというのに、仕立てのいいジャケットに誂えたように
ぴったりのハットを斜めにかぶった赤松良子が、にこにこして私を待っていた。
ちなみに拙作『らんたん』は恵泉女学園創立者・河井 道を中心にした
明治大正昭和の女性の歩みを描いた物語だ。
母校に残っていた史料を基に書いているので、リアルタイム経験者にとって読むに堪えうるかどうかと問われると、
急に自信がなくなってくる。
しかし、当の赤松良子は、フィクションに出てきた場所に足を向ける
いわゆる「聖地巡礼」のウキウキした雰囲気をまとっていた。
単に物語の舞台をこの目で見て歩きたい、と自ら思い立ってフラリとやってきたのだという。
母校の片隅にある、一番最初の校舎だった日本家屋や河井 道の遺品が収められた史料室を案内した。
物語の重要なキーパーソンとなる、市川房枝、神近市子、平塚らいてふはもちろんのこと、
労働省婦人少年局長OGの山川菊栄にも会ったことがある、と赤松良子は昨日のことのように話してくれる。
「『らんたん』の登場人物はだいたい知り合い」発言に、暑さのせいもあって頭がくらくらした。
「でもねえ、津田塾専門学校は卒業したけど、津田梅子にだけは会ったことがないのよ。だって彼女が亡くなった1929年に、私は生まれたからねえ」
と、残念そうに言った。
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