年間500万人が集まる伊勢・おかげ横丁へ――江戸時代の空前ブームと老舗「赤福」が挑んだ街づくり

  • 更新日
  • 有効期限 2026.09.12

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Discover Japan 2025-09-05 発売号 (2025年10月号)の誌面を基に記事を作成しています。

 

 

伊勢神宮へお参りする…ときに、一緒に行きたい「おかげ横丁」。
Discover Japanでは、「観光まちづくりの原点は、おかげ横丁にあり!」を特集。
気になる内容をピックアップしてみました。

 

 

江戸時代に起こった空前の旅行ブーム「おかげ(お伊勢)参り」
その旅の終着点、伊勢神宮内宮のそばで約300年間店を構える赤福は、年間約500万人が訪れる「おかげ横丁」の生みの親。
その赤福の歴史とともに、まちづくりの原点をひも解く。

 

 

赤福300年の歴史から見た「おかげ(お伊勢)参り」

 

 

「お伊勢さん」と呼ばれ日本人の総氏神とされる伊勢神宮は、2000年以上にわたり人々の祈りが捧げられてきた一大聖地。

 

正式には神宮といい、内宮の皇大神宮と外宮の豊受大神宮をはじめ、両社に属する別宮・摂社・末社・所管社を合わせた125社の総称です。

 

江戸時代には「一生に一度はお伊勢参り」といわれるほど、庶民は伊勢神宮への旅に憧れを抱き、大ブームが巻き起こりました。

 

おかげ参りブーム衰退からの起爆剤

神のおかげをいただくことから「おかげ参り」とも呼ばれたこの流行は、全国から大勢の人が伊勢神宮をいっせいに参拝する現象でした。

 

約60年周期で流行したが、中でも1830(文政13)年は爆発的に広がり、当時の日本の総人口の6分の1にあたる約427万人が数カ月間で伊勢に押し寄せたともいわれています。

 

いまでこそ年間500万人ほどが訪れる国内有数の観光地のひとつであるおはらい町だが、昭和50年代頃は年間来客数約20万人という閑散ぶりでした。

 

人々の観光スタイルが車で移動する時代に変化し、駐車場と内宮の往復だけで鳥居前町を素通りする人が増加したことが主な原因です。

 

その往復の所要時間が約40分のため「日本一滞在時間の短い観光地」といわれるほどの衰退を見せていました。

 

そんな状況に強い危機感をもち、活性化の起爆剤として「おかげ横丁」を構想、まちづくりに尽力したのが赤福10代目の濱田益嗣氏です。

 

赤福といえば、伊勢名物・赤福餅で知られる1707(宝永4)年創業の老舗。
創業よりおはらい町の参道沿いに茶店を構え、数多くの参拝者を餅菓子でもてなし、見守ってきました。

 

「伊勢の人は、神宮とともに歩んできました。また次の遷宮まで待っていれば、お客さまは戻ってくると感じていたのかもしれません」

 

 

おかげ横丁の誕生秘話

 

 

「おはらい町」の一画約4000坪の敷地に、伊勢路やその近隣の建築を模したり、移築するなどして、当時の町並みを再現した「おかげ横丁」

 

出入り自由の横丁は伊賀組紐、真珠、松阪木綿といった県内の名産品店、そして赤福餅をはじめ伊勢うどんや漁師料理などが楽しめる地元ならではの飲食店計27店舗で開業したました。

 

現在は57店舗が軒を連ね、おはらい町に溶け込むおかげ横丁をぶらりと歩けば、歴史や風習、人情味といった伊勢路の魅力が体感できる仕掛けとなっています。

 

 

まだまだおかげ横丁についてのお話は続きます。ぜひ、本誌でご覧ください。

 


 

本誌では他にも、「行きたいまち、住みたいまち」を特集されています。

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