目次
■詩情はいかにして機械になるのか ポエティック コンプリケーション、20年の軌跡
ヴァン クリーフ&アーペルの歴史は1895年、パリでエステル・アーペルとアルフレッド・ヴァン クリーフが結婚したことに始まる。二人は、1906年にパリのヴァンドーム広場22番地に最初のブティックをオープン。以来、夫婦で誓った永遠の愛をメゾンのテーマとし、自然や幸運から着想を得て、ポジティブで詩的なビジョンを表現し続けてきた。そして、詩情が紡ぎだす時を表現することを試みたのが、2006年に誕生したポエティック コンプリケーションである。初作レディ アーペル センテナリーは、ダイヤルの背景が1年かけてゆっくりと回転し、四季を表す仕掛けであった。当初は創業100周年を記念したモデルとして発表されたが、その後コレクション化され時計制作における独自のビジョンを確立した。翌年には、フェアリー(妖精)の羽と手にした杖とを針にした、ダブルレトログラードのレディ アーペル フェアリーをリリース。以降、ハイジュエラーならではのジェムセッティングや多彩なエナメル技巧を駆使した美しい外観と独創的なメカニズムで時を詩的に表現しつづけ、2026年に20周年を迎えた。
2009年には、パリの1年間の夜空の動きを写し取ったミッドナイト イン パリによって独自の天体機構がメゾンにもたらされ、2010年には、コレクションを象徴する名作が誕生する。太鼓橋の上で向き合う男女をレトログラードの針とし、12時間に1度橋の中央で時針である女性が一歩歩み寄り、1分間のキスを交わすレディ アーペル ポン デ ザムルーである。さらに2019年に発表されたモデルでは、ボタン操作によってキスシーンを任意に再生できるオンデマンドアニメーション機構も加わった。同機構は、後にさまざまなモデルに搭載されるようになっていく。また彼らの愛の物語は、エッフェル塔とノートルダム寺院にそれぞれ離れて立つ二人が、レトログラード分針の流れ星や凧に思いをのせるペアウォッチ、ミッドナイト ポエティック ウィッシュとレディ アーペル ポエティック ウィッシュ(共に2013年)など壮大な連作となり、現在まで続いている。一方で天体機構においても太陽系の動きを立体的にダイヤル上になぞらえた2014年誕生のミッドナイト プラネタリウムをはじめ、革新的な機構の開発に取り組んできた。
コレクションはどれもメカニズムに凝るが、それらは時の流れが織り成す物語をエモーショナルに表現するための手段でしかない。2015年にスイスのメイランに竣工した時計の専門アトリエでは、時の物語を詩的に表現する機構開発が進められ、それをメティエダールが美に昇華し続けている。
■生まれ変わるアイコニックウォッチたち
見慣れた輪郭にふと心を奪われる。色が変わり、素材が変わり、細部が磨かれることで、愛されてきた時計は新たな表情を見せる。その姿形に息づくのは、ブランドが育んできた美意識とまだ見ぬ可能性を探る意思。受け継ぐべき個性を見つめながら、定番は次の時代へと歩みを進めていく。鮮やかな色彩と光、深い陰影のなかに浮かび上がるアイコニックウォッチの表情を切り取る。
■伝統技法が生み出す現代エナメルダイヤルの新表現
懐中時計のケースや、金属製のダイヤルエボーシュをガラス質の釉薬で覆い、耐久性や耐候性を高めるエナメルの技法。白いエナメルの上に描かれた細密画は富の象徴でもあり、現代ではアートピースとしての価値も付加される。また地金にさまざまな装飾を施し、フランケやシャンルベといった多彩な表現も楽しめる。しかしスイスにおけるエナメル工芸は、その伝承が過去に一度途絶えてしまったものでもある。復権を果たしたスイスエナメルの現代の姿を考える。
■国内外のつくり手たちから選ばれ続けるポーター
改めて考えてみれば、ポーターは実に不思議な存在だ。日本を代表するバッグメーカーでありながら、自社工場をあえて構えない。それでいて「一針入魂」のスローガンは誰もが知るところであり、MADE IN JAPANのハイクオリティを体現するブランドとして名をはせている。またポーターは、技術を声高に主張しない。これはクラフトマンシップの視点で語られやすい日本のメーカーとしては異色と言えよう。しかし決して秘密主義のベールで自らを覆っているわけではない。語るよりも結果で示す姿勢を実直に貫いているだけなのであり、ある種のストイシズムすら感じさせるポーターだが唯我独尊を気取ってもいない。その証拠に、これまで同社は数々のクリエーターと協業し、彼らのイメージを形にしてきた。特筆すべきは、単なるファクトリーとして選ばれているのではなく、ポーターという“スタイル”に彼らが共鳴している点である。一流クリエーターを魅了するものはなにか?母体となる𠮷田カバンの90周年、その節目にポーターの真価に迫ってみたい。
■クリエーターの手首に宿る“小宇宙”
“小宇宙”とは第一義として、古典ギリシャにおいて宇宙空間を大宇宙と捉えた際、それと対をなす人間の営みを指す。そして私たちが身につける時計もまた、それを体現する存在である。無数のパーツが連動し、精緻な機械が役割を果たすというメカニズムの点からも、ひとつの完結した世界であると言えるだろう。また、誰との関わりで手に入れたのかを考えたとき、人と人とをつなぐ人間の営みという意味においても、まさにその言葉がふさわしい。今回はサブカルチャーをけん引するミュージシャンと、世界的建築家が感じる時計の小宇宙に迫る。
■古都の歩みに重ねて気づく、道具たちとの深まり
旅の目的地に、途方もない時間が蓄積された場所を選んだ。ところどころが欠け、ひび割れたレンガ壁。その表面に飴色のつやを見せる木扉。これまで多くの人々がその下を行き交ってきたであろう、重厚な存在感を放つ石門。かつての記憶を色濃く留める建造物に身を置いたとき、そこに漂う空気は日常のそれとは明らかに異なることに気がつく。
複雑な歴史が息づく非日常に飛び込むとき、呼応するものとはなんだろう?使い込むほどに持ち主の軌跡を記憶し、深い味わいを纏っていくレザーは、長い年月を経て静かな品格を漂わせるこの地の空気と、ごく自然に共鳴するように感じられる。そして、その傍らには精緻なメカニズムで「今」という時間を正確に刻み続ける時計がある。過去から現在へと続く場所に変貌したこの地の連続性に思いを馳せながら、古都に身を置く。空間が宿す歴史の記憶と、自らが所有物に刻んできたパーソナルな軌跡。ふたつの「時の蓄積」が静かに重なり合う行程に、心を満たす豊かな時間を垣間見た。
ヴァン クリーフ&アーペルの歴史は1895年、パリでエステル・アーペルとアルフレッド・ヴァン クリーフが結婚したことに始まる。二人は、1906年にパリのヴァンドーム広場22番地に最初のブティックをオープン。以来、夫婦で誓った永遠の愛をメゾンのテーマとし、自然や幸運から着想を得て、ポジティブで詩的なビジョンを表現し続けてきた。そして、詩情が紡ぎだす時を表現することを試みたのが、2006年に誕生したポエティック コンプリケーションである。初作レディ アーペル センテナリーは、ダイヤルの背景が1年かけてゆっくりと回転し、四季を表す仕掛けであった。当初は創業100周年を記念したモデルとして発表されたが、その後コレクション化され時計制作における独自のビジョンを確立した。翌年には、フェアリー(妖精)の羽と手にした杖とを針にした、ダブルレトログラードのレディ アーペル フェアリーをリリース。以降、ハイジュエラーならではのジェムセッティングや多彩なエナメル技巧を駆使した美しい外観と独創的なメカニズムで時を詩的に表現しつづけ、2026年に20周年を迎えた。
2009年には、パリの1年間の夜空の動きを写し取ったミッドナイト イン パリによって独自の天体機構がメゾンにもたらされ、2010年には、コレクションを象徴する名作が誕生する。太鼓橋の上で向き合う男女をレトログラードの針とし、12時間に1度橋の中央で時針である女性が一歩歩み寄り、1分間のキスを交わすレディ アーペル ポン デ ザムルーである。さらに2019年に発表されたモデルでは、ボタン操作によってキスシーンを任意に再生できるオンデマンドアニメーション機構も加わった。同機構は、後にさまざまなモデルに搭載されるようになっていく。また彼らの愛の物語は、エッフェル塔とノートルダム寺院にそれぞれ離れて立つ二人が、レトログラード分針の流れ星や凧に思いをのせるペアウォッチ、ミッドナイト ポエティック ウィッシュとレディ アーペル ポエティック ウィッシュ(共に2013年)など壮大な連作となり、現在まで続いている。一方で天体機構においても太陽系の動きを立体的にダイヤル上になぞらえた2014年誕生のミッドナイト プラネタリウムをはじめ、革新的な機構の開発に取り組んできた。
コレクションはどれもメカニズムに凝るが、それらは時の流れが織り成す物語をエモーショナルに表現するための手段でしかない。2015年にスイスのメイランに竣工した時計の専門アトリエでは、時の物語を詩的に表現する機構開発が進められ、それをメティエダールが美に昇華し続けている。
■生まれ変わるアイコニックウォッチたち
見慣れた輪郭にふと心を奪われる。色が変わり、素材が変わり、細部が磨かれることで、愛されてきた時計は新たな表情を見せる。その姿形に息づくのは、ブランドが育んできた美意識とまだ見ぬ可能性を探る意思。受け継ぐべき個性を見つめながら、定番は次の時代へと歩みを進めていく。鮮やかな色彩と光、深い陰影のなかに浮かび上がるアイコニックウォッチの表情を切り取る。
■伝統技法が生み出す現代エナメルダイヤルの新表現
懐中時計のケースや、金属製のダイヤルエボーシュをガラス質の釉薬で覆い、耐久性や耐候性を高めるエナメルの技法。白いエナメルの上に描かれた細密画は富の象徴でもあり、現代ではアートピースとしての価値も付加される。また地金にさまざまな装飾を施し、フランケやシャンルベといった多彩な表現も楽しめる。しかしスイスにおけるエナメル工芸は、その伝承が過去に一度途絶えてしまったものでもある。復権を果たしたスイスエナメルの現代の姿を考える。
■国内外のつくり手たちから選ばれ続けるポーター
改めて考えてみれば、ポーターは実に不思議な存在だ。日本を代表するバッグメーカーでありながら、自社工場をあえて構えない。それでいて「一針入魂」のスローガンは誰もが知るところであり、MADE IN JAPANのハイクオリティを体現するブランドとして名をはせている。またポーターは、技術を声高に主張しない。これはクラフトマンシップの視点で語られやすい日本のメーカーとしては異色と言えよう。しかし決して秘密主義のベールで自らを覆っているわけではない。語るよりも結果で示す姿勢を実直に貫いているだけなのであり、ある種のストイシズムすら感じさせるポーターだが唯我独尊を気取ってもいない。その証拠に、これまで同社は数々のクリエーターと協業し、彼らのイメージを形にしてきた。特筆すべきは、単なるファクトリーとして選ばれているのではなく、ポーターという“スタイル”に彼らが共鳴している点である。一流クリエーターを魅了するものはなにか?母体となる𠮷田カバンの90周年、その節目にポーターの真価に迫ってみたい。
■クリエーターの手首に宿る“小宇宙”
“小宇宙”とは第一義として、古典ギリシャにおいて宇宙空間を大宇宙と捉えた際、それと対をなす人間の営みを指す。そして私たちが身につける時計もまた、それを体現する存在である。無数のパーツが連動し、精緻な機械が役割を果たすというメカニズムの点からも、ひとつの完結した世界であると言えるだろう。また、誰との関わりで手に入れたのかを考えたとき、人と人とをつなぐ人間の営みという意味においても、まさにその言葉がふさわしい。今回はサブカルチャーをけん引するミュージシャンと、世界的建築家が感じる時計の小宇宙に迫る。
■古都の歩みに重ねて気づく、道具たちとの深まり
旅の目的地に、途方もない時間が蓄積された場所を選んだ。ところどころが欠け、ひび割れたレンガ壁。その表面に飴色のつやを見せる木扉。これまで多くの人々がその下を行き交ってきたであろう、重厚な存在感を放つ石門。かつての記憶を色濃く留める建造物に身を置いたとき、そこに漂う空気は日常のそれとは明らかに異なることに気がつく。
複雑な歴史が息づく非日常に飛び込むとき、呼応するものとはなんだろう?使い込むほどに持ち主の軌跡を記憶し、深い味わいを纏っていくレザーは、長い年月を経て静かな品格を漂わせるこの地の空気と、ごく自然に共鳴するように感じられる。そして、その傍らには精緻なメカニズムで「今」という時間を正確に刻み続ける時計がある。過去から現在へと続く場所に変貌したこの地の連続性に思いを馳せながら、古都に身を置く。空間が宿す歴史の記憶と、自らが所有物に刻んできたパーソナルな軌跡。ふたつの「時の蓄積」が静かに重なり合う行程に、心を満たす豊かな時間を垣間見た。
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