憧れの大地、北海道を駆ける。
〜知床半島 日本に遺された聖地〜
"夏に目指したくなるところ"にもいろいろあるが、その最高峰となると、やはり北海道ではないだろうか。多くの人にとって、決して気軽に行ける場所ではないかもしれない。
しかし「いつかは行きたい」と願う憧れの大地。今年こそ、その夢を実現したい。
北海道と一口に言っても、その面積は広大であり「どの地方をメインに旅するか?」を考える必要がある。今回訪れたのは、オホーツク海に突き出した知床半島。北海道の"最東北端"と言ってもいい、まさしく最果ての地である。国道334号線(知床半島横断道路)を走っていくと、出迎えてくれるのは羅臼岳。標高が上がるにつれて道路脇にも雪が現れた世界遺産・知床半島へ。
半島を貫く一本の横断道路を駆ける。
貴重な自然環境をしっかりと見てみたい
あらためて言うまでもなく、北海道は、広い。「どうも予定したとおりに進まないと思っていたら、地図の縮尺が本州とは違うことに気付かなかった」といったライダーの失敗談もよく聞く話だ。北海道ツーリングを計画する際は、まず〝どのエリアに行くのか"を決めなくてはならない。もちろん理想をいえば北海道をグルリと一周するような旅をしてみたいけれど、多くの人にとってそれは難しいだろう。道北、道南、道央…と、エリアごとに分けて旅をするのが一般的である。もちろん、北海道はどこも非常に魅力的だと思うが、今回僕が見てみたいと思ったのは道東。しかも、最果ての知床半島である。 知っている人も多いとは思うが、知床は〝世界自然遺産"の登録地だ。流氷がもたらす海の恵み、サケ類が上る川が結ぶ海とのつながり、そして海・川・森が支える貴重な野生動物。この3点が評価されたそうで、知床は2005年に世界遺産に登録された。
日本には世界遺産の登録地はたくさんあるが、そのほとんどは〝文化遺産"である。現在のところ自然遺産は日本に4ヶ所しかなく、聞くところによると登録されるためのハードルも文化遺産に比べると相当に高いのだそうだ。我々日本人は、自分の国に対して「自然が豊かな国だ」というイメージを持っているけれど、世界的に貴重だと評価されているのは、今のところ4ヶ所しかないのである。久しぶりの北海道なので幅広いエリアを走り回りたいという思いもあるのだが、日本で4ヶ所しかない貴重な自然を、サッと通り抜けてしまうのももったいない。ここはじっくりと腰を据え、知床半島とその周辺エリアを旅しようと思った。
まず知床半島という地域の概要を解説すると、長さは約70㎞、幅は基部で約25㎞という細長い半島である。そしてここには知床連山という、1200~1600mの急峻な山々が連なっている。北海道の全体図で見ると小さな半島に感じてしまうのだが、決してそんなことはなく、この半島の中だけでも非常にダイナミックな風景が広がっているのである。 ツーリングライダーという生き物は〝半島"という言葉を見ると思わず突端を目指す性質を持っているが、知床半島には、突端へ続く道はない。歩道すらない。国道334号線が半島の中央部を横断しているのが精いっぱいで、あとはただひたすらに大自然が広がっているのである。聞くところによると、まれにアウトドアの強者が海岸沿いをつたって突端を目指すらしいが、この冒険に挑むためには体力・技術・野生動物に対する知識が備わっている上級者であることが必須であるという。〝突端への道がない"という事実だけでも、知床には手つかずの自然が残されていることがよくわかる。
僕が知床半島にアクセスしたのは北側からのルートだったのだが、国道334号線を上っていくにつれ、気温がジワジワと下がっていくことを肌で感じる。北海道ツーリングにおける必須アイテム、〝寒くなってきたときのインナー"のありがたみをヒシヒシと感じつつ、知床峠へ向かう道を駆け上がっていく。知床横断道路は整備もよく行き届いている印象で、非常に走りやすい。目の前には知床連山の主峰である羅臼岳がそびえ立ち、山の姿が見えるとヘルメットの中で思わず「おお…!」という感動の声を上げてしまう。
豊かな森の中を快走していると、道路脇に動くものを発見。エゾシカだ。北海道ではシカの遭遇エピソードはさほどめずらしくないが、もちろん知床にも生息している。近年では数が増えすぎているという問題もあるらしいが、ともかく〝野生"が近いことに驚きだ。
知床。その名称は、アイヌ語で
〝地の果て"を意味しているという。
野生の中へと足を踏み入れる
知床横断道路の爽快なワインディングを堪能し、国後島の風景を見て、さらに半島周辺の絶景スポット・温泉・海の幸なども満喫(これについては後ほど紹介)。いかにも北海道らしい観光スポットをいろいろと巡った後、バイクで走っただけではわからない知床の自然に触れるべく、僕は知床五湖へとやって来たのである。
知床五湖は、まさしく知床の風景を象徴するようなスポットで、原野の中に美しい湖が点在している。その中のひとつである〝一湖"までは、高架木道が整備されているので観光客も自由に散策することができるのだが、それ以外の湖を見たいときは、専門のガイドと一緒でなければならない。またガイドと一緒だとしても、事前に映像を見て、散策のためのレクチャーを受ける必要がある。 何やら面倒だなと思うかもしれないが、ここは世界遺産。しかも、いつヒグマと遭遇してもおかしくはない場所なのだ。このくらいのハードルはむしろ必要不可欠だろう。
僕も「せっかく来たからには」と、ガイド付きの散策を体験してみることにした。出発前に映像を見てレクチャーを受け、菅沼さんという方にガイドをしていただくことになり、散策路を歩き出す。散策路自体はしっかりと踏み固められているので、ライディングブーツでも散策は可能。ごく一般的なトレッキングとさほど変わらないと言っていいだろう。
しかし、この森のどこかに、しかもかなり近いところにヒグマが生息していることは間違いないのだ。ガイドの菅沼さんも万が一のためにクマ用スプレーを携帯しているし、目撃談なども語ってくれる。散策コース内にはクマの爪痕が残る木もあり、自分があらためて〝野生"の中に入ってきたのだということを実感した。僕は幸いにもクマに出くわすことはなかったが、なんとシカの親子に遭遇。菅沼さんによると、この時期に子連れのシカを見るのは非常にめずらしいことなのだとか。しきりに「運がいいですよ」と褒めてくれるので、「もしかしたらアイヌの神が受け入れてくれたのかもしれないな」などと、自分に都合のいい解釈をすることにした。
この大地を駆け抜けた思い出。
それは特別なものとして記憶される。
たくさんの恵みが旅人を受け入れてくれる
旅の最後に、アイヌの神は親子連れのシカに姿を変えて現れた…。
そう書くとあまりにロマンチックすぎるかもしれないが、今回の旅を振り返ってみると、「アイヌの神々が旅人をもてなしてくれたのではないか」と思えるほどすばらしい体験ばかりだったのである。世界遺産の自然はもちろんその筆頭であるし、それ以外の観光要素も、それぞれが忘れがたい思い出となっている。たとえば温泉。斜里町で思わず連泊してしまった湯元館、知床五湖にも近い岩尾別温泉、そして、半島の東側にある相泊温泉…。〝源泉かけ流し"を、こんなに体験する旅はそうそうない。特に印象深かったのは、相泊温泉だろうか。知床半島の東側を北上していく道は、すでに触れたとおり突端まで伸びているわけではなく、途中で行き止まりとなる。ほぼ、その行き止まりのところにあるのが相泊温泉で、〝海岸に湯船があるだけ"というとてつもなく開放的なロケーションなのである。実はこの温泉、以前は板塀で囲われていたらしいのだが、暴風により吹き飛んでしまったそうなのだ。もしかしたら今後、また板塀で囲われるのかもしれないが、僕が訪れたときは海と空を眺めながら実に開放的な気分で楽しむことができた。北海道は温泉天国である。そして、北海道といえばやはり〝食べ物のおいしさ"を抜きに語ることはできないだろう。今回はとくに海の幸を味わう機会が多かったが、基本的に北海道はどこで何を食べてもうまいから困る( セイコーマートも北海道へ行くと意味もなく立ち寄ってしまう)。羅臼町では『北の国から』で使われたロケセットを再現したという食事処に立ち寄ったのだが、店内にはエンドレスで『北の国から』のテーマ曲が流れている。「いかにも観光客向けだなぁ。こういう店はあんまり期待できないんだよな」なんて思っていたら、いい意味で裏切られることになり感激してしまった。知床における海産物のうまさは、まさに神の恵みというものだろう。
そして、旅の道中はおおむね、天候にも恵まれた。実は雨に降られた日もあったのだが、5日間で1日だけ。
あとはカッパを着る必要に迫られることはなく、これに関しては本当にアイヌの神々に感謝したいところである。旅の終わりに現れた親子のシカが「アイヌの神々の化身に感じた」というのも、僕にとってはあながち冗談ではなかったりするのだ。「北海道は、やっぱり別格だ」
旅を振り返ってみると、やはりそんな思いを強くするばかりである。北海道で感じる風は、本州とはどこか違う。旅から帰ってくると、そんなことばかり考えてしまう。冒頭にも書いたとおり、それは決して〝優劣"の話ではないのだけれど、旅の思い出が特別なものとして記憶されるのは事実だ。だからこそライダーは、夏になると北海道を目指すのだろう。「いつかは行きたい」と憧れるのだろう。
そしてまた、北海道を走った記憶は、「日本をもっともっと走りまわりたい!」という衝動につながるのだ。日本は決して狭い国などではなく、むしろその広さに驚くほどだ。日本にはまだまだ知らない風景があり、走ったことのない道がある。そんな〝まだ知らぬ日本"を、バイクという相棒とともに巡りたい。北海道は、そんな情熱を再び呼び起こしてくれるのである。
折しも、季節は絶好のツーリングシーズンである。北海道を目指すもよし、その他の地方を目指すもよし。いざ、旅立たとうではないか。
この大地は、今年も多くのライダーに
忘れがたい感動を与えるのだろう――。
斜里町にある、通称"天まで続く道"。北海道といえば長い直線道路が定番だが、この道は本当に空へとつながっているように見えて感動的だった。こういった風景に出会うと「やはり北海道は別格だ」と思わざるを得ないのである









