週刊ダイヤモンド（Diamond WEEKLY）

確実性が深まる現代社会において、人事部門は「人事制度の管理者」から「人材戦略の司令塔」への役割転換を迫られている。その役割転換について、人的資源管理論を専門とし、政府の各種審議会委員なども歴任してきた守島基博教授（学習院大学経済学部教授／一橋大学名誉教授）に聞いた。

日本では出生数が予想を上回るペースで減少し、深刻な人手不足・人材不足が進行している。
特にDX（デジタルトランスフォーメーション）やグローバル展開に対応できるIT・AI人材、国際人材の需要が高まる一方で、人材のミスマッチが拡大し、余剰人材が発生している。さらに働く人の多様化が進み、育児や介護を担う人、高齢者、非正規雇用者、外国人など、それぞれに異なる事情とニーズを持つようになった。守島教授は、こうした環境変化の中で企業が取るべき姿勢として“新しい「全員戦力化」”を提唱する。

それはあらゆる人材が持つ能力や意欲を最大限に生かし、企業価値の向上につなげる考え方である。同時に注目される「人的資本経営」は、人材を管理対象ではなく投資対象として捉え、成長を促す経営手法である。人的資本は企業が支配できるものではなく、従業員が自らのスキルや意欲を企業に投資するという発想が重要だ。

企業は、働く意義を示すパーパスやビジョンを通して共感を得るとともに、心理的安全性と所属意識（ビロンギング）を醸成しなければならない。また人事部門は、採用や勤怠管理といった従来の「管理機能」から脱却し、経営戦略実現のための「人と組織の司令塔」として自立的に意思決定を行う必要がある。さらに、次世代のリーダー候補を早期に発掘・育成し、戦略人材を計画的に育てる取り組みも求められる。守島教授は、人事部門が「人材と組織を通じて自社の未来をつくる」という意識を持ち、主体的に経営をリードしていくことへの期待を示している。

製造業の中でも「男社会」や転勤の多さ、地味な素材産業という印象から人材確保に苦しむ企業が多い中、住友金属鉱山は安定的に新卒・中途合わせて年間100人超を採用し、7400人規模の社員を維持している。同社の平均年収は790万円と総合商社の三菱商事（2033万円）に比べて大きく劣るが、離職率は過去10年間で1～3％と極めて低く、全産業平均15.4％や製造業平均9％台に比べても際立っている。

これは社員にとって「居心地の良い会社」であることを示している。低離職率の背景には、入社前の徹底したミスマッチ防止策がある。転勤を伴うジョブローテーションを説明し、地方拠点や社宅見学を通じて実際の働き方を具体的にイメージさせる取り組みを続けている。また鉱山開発から素材加工・商品化までを担う自社ならではの「商社ではできない仕事」に魅力を感じる人材を採用しており、適性の合う人材が集まりやすい。さらに2023年10月には、一度退職した社員や内定辞退者を対象とした「アルムナイ制度」を導入。登録者は求人情報にアクセスでき、既に再入社した事例もある。他社への転職者が「前職に戻りたい」と感じるケースも多く、制度が実際の人材確保につながっている。給与や転勤などの条件面では不利でも、誠実な採用姿勢と社員との長期的な信頼関係が、同社の人材定着の源泉となっている。