つり人の編集長インタビュー

編集長プロフィール

つり人社
「つり人」編集長 山根和明さん

やまねかずあき 1994年つり人社入社。2006年より『月刊つり人』編集長を務める。渓流釣り、アユ釣り、磯釣り、沖釣り、コイ釣りなどなど四季折々の釣りを楽しむ。コイ釣りニュースタイルマガジン『Carp Fishing』、渓流釣り専門誌『渓流』、トラウトルアー専門誌『鱒の森』編集長を兼務。

編集長写真

第64回 つり人 編集長 山根和明さん

伝統にあぐらをかかず新手法を取り入れて

―山根さんは「つり人」編集長であると同時に専務取締役でもあるわけですね。現場と経営を両方見るのは大変ではないですか。

風格のある新ビルに編集部はある
風格のある新ビルに編集部はある
地下には撮影スタジオもある
地下には撮影スタジオもある

ええ、そのほか、季刊の「鱒の森」、年2回ですが「CarpFishing(カープフィッシング)」と「別冊渓流」の編集長も兼務です。たしかに激務ですが、つりの全国規模の総合誌って、いまは「つり人」しかないんですよ。だから専門誌的なものをこなして新しい情報や知識を総合誌にも活かせるように一通りやんなきゃって感じなんです。

―伝統の雑誌ですから力が入りますよね。

はい、自分の憧れの雑誌でもありましたから。2011年3月号で創刊777号でした。もう65年やってるのかって感慨深いものがありました。創刊したのは佐藤垢石(こうせき)ですが、彼自身も物書きで井伏鱒二などとの交友もあったような人です。釣りでは井伏さんが佐藤の弟子だったということです。表紙がレオナール藤田とか(笑)。そんな巨匠たちがつくっていた雑誌ですから、私が潰すわけにはいかないんですよ(笑)。

―やはりつり好きな少年だったのですか。

そうですね。「釣りキチ三平」とか影響受けてますね。僕は川崎で育ったのですが、多摩川だとフナがちょっとつれるくらいでイマイチおもしろくはない。たまたま母の実家が九州の柳川で、夏休みなど遊びに行くとおじいさんがつりに連れて行ってくれる。これがつれるんですよ、東京の比じゃない(笑)。それではまったんですね。

―では就職は迷わずつり関係だと。

何と言うか、僕らのときって就職氷河期の入り口で、なかなか就職先が見つからなかったんです。僕もどうしようかと思ってました。そのときレスター・ブラウンの「地球白書」を読んだら、21世紀は環境の世紀だとあった。僕はコレだと思いまして、いや実は、学生時代から北海道の田舎の川につりに行ったりしても上流に堰堤があったりして、なんだこれは、って思ってたんですよ。長良川の河口堰問題もあったりして、環境ということを大切に考えられる、そんなメッセージを出せる仕事をやるべきと僕は考えたんです。「つり人」に入って記事を書けば、北海道の田舎に堰堤をつくる馬鹿馬鹿しさを、つり人にメッセージとして出せると思った。
それで直接ここに電話して働きたいと言ったら、じゃあ面接に来いといわれました。実は現社長の鈴木以外は全員僕を入れるのに反対したらしいですが(笑)。
でもバイトに来いと言われ、まだ大学4年でしたが、バイトで潜り込むことに成功し、それが縁で採用されました。

―当時の編集部の印象ってどうでした。

創刊号の復刊本も出された
創刊号の復刊本も出された

93年なんですが、まず上には上がいるということを痛切に感じました。
釣りに対する取り組みというか姿勢はまさに草野球とプロ野球くらいの差がありました。
編集部の人たちの釣りに対する思いは、「好き」などという生易しいものではなく「釣りがすべて」という感じで、知識はもとより、イトの結び方、作る仕掛けの美しさ、キャスティングの技術などなどすべてが洗練されていました。
それまでの自分は、釣果は運が半分、ウデが半分くらいの認識でしたが編集部で働き始めてから、釣りは8割方はウデで決まるということを知りました。
そして、各ジャンルのエキスパートを取材していく過程で、さまざまなことを教わった結果、それまでと比較にならないくらい魚が釣れるようになり、さらに釣りが面白くなっていったんです。

―じゃあ毎日が楽しくってしょうがない。

ええ。仕事と趣味が一体化しているわけですから、これはもう取材に行くのが楽しくてしょうがない。徹夜も苦にならないし。それに若いうちは金を残すな、金は自分に投資しろと鈴木(現社長)から言われてましたので、まったくお金もない(笑)。いまの人はそうじゃないのかもしれないけど、僕らのときはまだそんな空気がありましたね。
社長の鈴木など、一年中ほとんど会社にいませんでしたから(笑)。日本の各地でつりをして、たまに校了前などに帰ってきて、青焼き見て、これ変えろとか(笑)。

―私もあまり人のことは言えません(笑)。いまの読者層はどのあたりですか。

雑誌から生まれたベストセラー
雑誌から生まれたベストセラー

40~60代男性が9割で、やはり経験者が中心です。いまはつり雑誌が本当に細分化して、ひとつひとつを突っ込んでいけないほど細かくなっています。春の渓流つりひとつとっても、やる人以外には分からない、夏のアユだってしかりという状況のなか、「つり人」は総合誌としてつくっていますので、その意味では初心者が入ってきても読めるようにつくっているつもりです。

―ノウハウも大切ですが、文化としての「つり」の側面を忘れて欲しくないですね。

そうですね。いわゆる趣味としてのつり文化は日本ではそもそも淡水系で、海のつりは文化というより食べるための色が濃かった。「つり人」は淡水系から始まっているので、そのカルチャーは引き継いでいます。ただ、流行を無視するということではありません。
たとえば海のルアー・フィッシングが流行りましたが、これは「つり人」でずっとやってきたことなんです。で、流行しはじめると専門誌が出てくるんですね。専門誌がでてくると細分化していきますので、総合誌である「つり人」の役割ではないのかなと思うんです。バスにしてもフライにしても、新しい市場を用意するのが「つり人」で、用意した後は専門誌さんお願いします、のスタンスでいいかなと思っています。

―潔い(笑)。おきまりのコンテンツというと何になりますか。

DVDも各種制作している
DVDも各種制作している

春に渓流、夏にアユ、この2本は定番ですね。秋はフナ、冬はタナゴ、海が入ってきますね。船つりも専門誌があるので、情報面ではやっても勝てないということもあります。ですから情報は携帯サイトでカバーしています。釣りキング(http://pc.tsuriking.com/)というサイトです。
実は、つり人ってデジタルと親和性が高いんですよ。これみんな意外と知らないんですが、船長さんたちは携帯使ってメールのやりとりなんかも一番早くからやってるんです。それは無線通信をやってた人たちですから、携帯が登場したときにいち早く手にしたんですね。

―それで「つり人」のデジタル対応も進んでいるんですね。

弊社の場合、トップである鈴木が新しいモノを積極的に取り入れていくというスタンスで、「歴史のある会社が歴史にあぐらをかいていてはダメになる」と、新人時代から言われ続けました。僕もマイコン時代からのパソコンユーザーで、新しいモノ好きだったんでしょうね。
歳を重ねると頭が固くなってきますが、つり以外のことでも流行の兆しをみせたものは、とりあえず触ってみる。そして、これはイケると感じたら、実際に仕事で活用してみる。というわけで、新しいモノ、新しい技術を積極的に取り組んでいくという気持ちを大切にしています。
弊誌はつり雑誌の中では最も歴史がありますが、最新のやり方で作られている雑誌ではないかと思っています。
現在スマホ対応も検討中ですが、まだまだペイするレベルではないと思っています。

―いま何人で編集されてますか。

編集長デスクからみた編集部
編集長デスクからみた編集部

5人の編集部です。それにフリーの人が参加してくれてます。基本、日本各地のつりの名人が原稿を寄稿してくれるスタイルですので、執筆者は全国に散らばっています。これはでもすごいネットワークになっています。

―でも山根さん自身、フィールドに出られないんじゃないですか。

いやあ、まさにその通りなんです(涙)。
でもやらなきゃならないことが山積しているし、辛いところです。この2~3年、出版業界はもとより釣り業界も厳しかったので、必死で仕事してきたのですが、そろそろちょっと休憩してもいいかなと思っています(笑)。ですから僕のフィールドからのレポートもぜひお読みくださればと思います。あ、ブログ(ざっと日刊つり人http://e-tsuribito.blogo.jp/)も更新します(笑)。

編集長の愛読誌

(2011年8月)

取材後記
取材中なんどか山根さんが口にされたつり人社の鈴木康友社長は、実は私の古い友人というか海洋記者クラブでの大先輩で、東京湾やサイパン島で海釣りを教えて下さった師匠でもあります。
釣り竿かついで日本中、いや世界中を旅されているような方で、その自由奔放な生き方に私は、憧れと尊敬の念をもって接しておりました。
山根さんは、そんな鈴木さんに認められ、バイトで入社していまは専務取締役という重職についておられる方です。入社してあっという間の十数年間でしたと言われてましたが、本当に仕事なのか趣味なのか分からないくらい充実した日々だったことなのでしょう。
つり業界は混沌としていて、細分化されすぎで、ともすると、つり本来の楽しみの部分から乖離してきているところもあるのかもしれません。しかし、そんななかで総合誌を発行するということは、業界全体を引っ張っていくような役割も担うことになります。正直、仕事を投げ出して今すぐにでも渓流に入りたいとの思いもありましょうが、ここはひとつふんばっていただいて、太公望よろしく泰然と行きましょうよ。

インタビュアー:小西克博

大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。

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