RM Re-Library(RMリライブラリー) 発売日・バックナンバー

2,310円
目次:
日本の蒸気動車

蒸気動車とは、鉄道の動力が蒸気機関しかなかった時代に、客車に小型の蒸気機関を取り付け、
1両で自走できるようにした車両のことです。この蒸気動車という名称が転じ、後のディーゼル
カーなど内燃機関を持つ鉄道旅客車を気動車と総称するようになったのです。この蒸気動車は
明治期に都電の前進、東京馬車鉄道にフランス製に蒸気動車によって試験運転を行なった
(採用には至らず)ことから始まり、後に国産の工藤式蒸気動車が官営のほか私鉄でも採用
されるに至ったのですが、そもそも客車内に蒸気機関を設置することは難が多く、ガソリンエン
ジンやディーゼルエンジンの内燃機関が開発されると取って代わられ、戦中の物資統制期を除いて、
明治から大正期には蒸気動車の歴史は幕を閉じています。本書は蒸気動車の数少ない製造所の公式
写真や関係役所への申請図、当時の運輸業界誌への広告など基に、各メーカー、駆動方式、導入
会社などから、同車種の歴史を可能な限り紐解いた内容です。

■はじめに
●1.外国製車の時代
●2.国産車の時代
●3.各鉄道・軌道使用例
●4.鉄道院→鉄道省→運輸省
●5.1940年以降の蒸気動車使用例
●6.機関・走行部のみ再生事例
●7.客車としての購入事例
■おわりに
全45件中 1 〜 15 件を表示
2,310円
シリーズ45巻目は、RMライブラリー第180・181巻「加悦鉄道―丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」―」
(共にNPO法人 加悦鐵道保存会 著)」を取り上げます。
 加悦谷と呼ばれるエリア、現京都府与謝野町は古くから絹織物の最高級品「丹後ちりめん」の産地として
知られていましたが、大消費地である京都との物流はかなり不便であり、幾度もの鉄道誘致の試みが為され
ましたがなかなか実現せず、ついに地元資本家を中心に住民自身の力にて丹後山田(当時の国鉄宮津線、
北近畿タンゴ鉄道野田川駅を経て現京都丹後鉄道与謝野駅)~加悦間5.7kmの非電化路線を1926(大正15)
年12月5日に開業させたのです。つまり本年2026年は同鉄道開業100周年でもあります。
こうして「絹の鉄道(てつみち)」として誕生した加悦鉄道ですが、戦前に終点加悦駅の少し先に発見された
ニッケル鉱山によって大きく性質が変わります。戦時中の戦略物資として重要視されたニッケルの産出のため、
加悦鉄道は両端に日本冶金工業の専用鉄道がつながり、片や鉱山、片や精錬工場という形で、貨物列車が
通しで運転されるようになりました。この規模の鉄道として、機関車や貨車の両数が異例に多かったことが、
この時期の活況を現していたと言えるでしょう。
戦後はニッケル鉱山は一時を除いて休止となり、専用鉄道も精錬工場方のみが残され細々とした貨物輸送と
旅客輸送で生き延びてきましたが、工場出荷貨物のトラック移行によって引導を渡される形で1985年4月30日
をもって営業を終了しました。
その時点で残されていた車両たちはその後長年「加悦SL広場」にて大切に保存されてきましたが、それも2020年
で閉園。幸運な車両は別の保存場所へ移動しましたが、残された車両の現在は不明な状況となっています
(本書は「広場」閉園前の時点で編纂された記述となっています)。
本書前半では、加悦鉄道資料館などに残された貴重な資料を用いた沿革を、そして後半では車両について形式図や
諸元表を含めて詳細に取り上げています。保存活動に携わるNPO法人のメンバーが力を合わせて取り組んだ渾身の
一冊と言えるでしょう。
2,310円
半流国電モハ40・51系/鋼体化国電モハ50系

シリーズ44巻目は、RMライブラリー第60巻「美しき半流国電40・51系電車」、112巻「鋼体化国電50系とその仲間たち」
(共に長谷川 明 著)」という、旧型国電の代表的な存在を取り上げます。
 「旧型国電」と記しましたが、実は著者が伝えたかったことは、これらの車両が「新型」として登場した時に如何に画期的
であったか、そして戦争という災禍を経て大いに消耗した後、現場の努力をもって如何に美しく安全に復旧されていったか、
という点に主眼を置いています。その過程をリアルタイムで観察してきた著者ならではの観点が反映されていると言えるでしょう。
本書前半で取り上げる半流国電とは、通勤型40系(ロングシート)と近郊型51系(セミクロスシート)の昭和10年度後期製造分
から適用されたデザインのグループを指します。それまで平面形状だった先頭部に、当時流行の流線型を少し取り入れて丸みを
持たせたのが特徴で、さらにこの後も年度ごとに一旦は洗練の一途を辿るのですが、中国戦線の拡大に伴い、昭和14年度を頂点
として転がり落ちるように簡素化・技術の後退がなされた…という経緯を持ちます。この年度ごとのマイナーチェンジが興味深い
のですが、後年の改造である程度共通仕様に改められ、識別が難しくなった…というエピソードは著者が折に触れて惜しんでいる
ところです。
本書後半で取り上げる鋼体化国電とは、大正時代に大量に製造された木造車体を持つ国電を、安全性の高い金属製車体に載せ替えて、
安価かつ短期間に都市部の輸送改善を図った車両のこと。改造工事期間は実は前述の半流国電とほぼ重なっていますが、こちらは
種車のサイズの関係で17m級、平妻車体を持っていました。先頭部スタイルこそ平妻と半流とで異なる2グループの電車ですが、
年度ごとのマイナーチェンジにはある程度の共通性があり、元は2分冊であった本を今回合本化したことで、より一層理解を進めて
いただけるものと信じております。
本書では昭和20~30年代の貴重な写真を豊富に収録、さらに車歴表や戦災被災の記録など、詳細なデータまで、著者の長年の研究
成果が反映されています。ファン必携の一冊と言えるでしょう。
2,310円
山形交通(三山線・高畠線・尾花沢線)

シリーズ43巻目は、RMライブラリー第78巻「山形交通三山線」、82巻「山形交通高畠線・尾花沢線」(共に鈴木 洋・
若林 宣 著)」という、山形県内陸部にあったそれぞれ独立したローカル私鉄路線を復刻いたします。
山形交通という会社は現在はヤマコーという商号にて県内で交通事業・不動産他手広く事業を手掛けていますが
(バス事業は子会社の「山交バス」)、そもそも戦時中の統合にてそれぞれ別会社だった三山電気鉄道・高畠鉄道・尾花
沢鉄道と周辺のバス会社を合併して誕生した会社です。3つの鉄道はそれぞれまったく接続がなく、また規模も比較的
小さかったことから統合による合理化などは図りようがなく、また統合時点で既にバス事業の方が割合として大きかっ
たこともあり積極的な投資は行われずに、1970年代初頭に相次いで廃止となってしまいました。
三山線(←三山電気鉄道)は国鉄左沢線羽前高松から間沢までを結んだ鉄道で、国鉄支線の途中駅から分岐するという
点で現役時代は「訪問しづらい路線」として知られていました。路線名は地名ではなく「出羽三山」から取られており、
山岳信仰の参詣者を運ぶことが大きな目的であったとされます。開業時から電化されており、1974年に廃止されました。
高畠線(←高畠鉄道)は国鉄奥羽本線糠ノ目(現:高畠)から高畠を経て二井宿を結んだ鉄道で、当初は非電化でしたが、
戦前に電化。三山線には居なかった電気機関車も2両保有していました。廃止は三山線と足並みを揃えた1974年のことでし
たが、それに先立って高畠~二井宿間は鉄橋損壊によって休止→廃止となっていました。
尾花沢線(←尾花沢鉄道)は国鉄奥羽本線大石田から尾花沢を結ぶ、途中駅もない非常に短い路線で、終始非電化でした。
非常に小型の2軸ディーゼル機関車の奮闘が見られましたが、1970年に廃止となっています。
本書では異なる生まれ・立地からなる個性的な3路線をそれぞれの沿革から路線紹介、車両解説まで幅広く掲載しておりま
す。車両竣功図などの図版も豊富に収録。山形交通の3路線については今なお決定版、待望の復刻です。
2,310円
北恵那鉄道・東濃鉄道

シリーズ42巻目は、RMライブラリー第32巻「北恵那鉄道」、72巻「東濃鉄道」(共に清水 武 著)」という、岐阜県の
今は亡きローカル私鉄(バス会社としては両社健在)を復刻いたします。
 北恵那鉄道は、中央西線中津川に隣接した中津町から下付知まで22キロあまりの路線で、1924年の開業時から電化
されていました。木曽産の木材の輸送などの貨物輸送も行いましたが、自社では基本的に機関車を持たず、電車が数両の
貨車を牽引するスタイルが特徴でした。モータリゼーションの進展・沿線の過疎化などの要因で1960年代には輸送量の
ピークが過ぎ、1972年には昼間の列車をバス代行となるなど末期状況を呈した後、1978年に全線廃止となっています。
その後会社は北恵那交通と名を変え、バス会社として健在です。
東濃鉄道はルーツの異なる2つの路線があり、中央西線の土岐津(現・土岐市)から東駄知間10キロ余りの駄知線(旧・
駄知鉄道)と、同じく中央西線の多治見から笠原町間約5キロの笠原線(旧・笠原鉄道)が、他のバス会社などと戦時統合
された成り立ちでした。駄知線は戦後に電化され堅調でしたが1972年に水害で鉄橋が流失、結局復旧されることなく1974
年に廃線となりました。笠原線は極めて短距離ということもあり、旅客輸送は比較的早くからバスに移行、1971年に旅客
輸送廃止となり貨物専業となりましたが、それも1978年限りで終了しました。会社は東濃鉄道という社名のまま域内有数
のバス会社として健在です。
本書では同じエリアで比較的似た経緯を辿った2社3路線について、開業から廃止までの沿革、路線、車両を詳細に解説。
特に車両解説には重点が置かれており、個性豊かな陣容のすべてが手に取るように理解できることでしょう。車両竣功図や
駅構内配線図などの図版も豊富に収録しています。この2つの鉄道については今なお決定版、待望の復刻と言えましょう。
3,300円
国鉄DD13形ディーゼル機関車

シリーズ41巻目は、RMライブラリー第213~215巻「国鉄DD13形ディーゼル機関車(上・中・下)(共に岩成政和 著)」を
復刻いたします。
 DD13形は国鉄時代に入換や小運転用として多数が製造され活躍した中型機関車。その製造数はDE10形、DD51形に次いで
第3位という大所帯でしたが、JRには1両も引き継がれずに全車廃車となってしまいました。しかしその確立した液体式動力
伝達方式などは後年のDLに与えた影響が大きく、今なお各地の臨海鉄道に亜流機が活躍するほど。とはいえ、花形列車を
牽いたり魅力的なロケーションを走ったり…ということがそもそもあまりなく、その活躍は終生都会の片隅がメインであり、
ファンが残した記録が少なく、今となっては不明な点も多数残されてしまっているのが実情です。
本書は多数の原典資料や写真類から、次数別の形態分類を試み、通説とは異なる点、後年の改造により矛盾が生じている点
などを逐一明らかにしていきます。特に増備途中から加わった重連型と寒地型に関する章は、従来発表されていた文献より
以上に踏み込んだ考察を行っており、DD13という機関車をより深く理解することができるものとなっています。
各種図面や模型製作にも好適な細部写真等も多数収録されており、まさに決定版となる一冊と言えるでしょう。
2,310円
日本硫黄沼尻鉄道部

シリーズ40巻目は、RMライブラリー第113・114巻「日本硫黄沼尻鉄道部(上・下)(共に青木栄一 著)」を復刻。
通称沼尻鉄道は、福島県は磐越西線・川桁駅から約15km、沼尻山麓までを結んでいた軽便鉄道で、軌間は762mm
でした。建設の動機としては沼尻の硫黄鉱山からの資源輸送が挙げられ、実際独立した鉄道会社ではなく鉱山会社
の一部門として1913(大正2)年に開業しています。貨物輸送以外にも、沿線や鉱山従事者とその家族のための
旅客輸送も年々盛んになり、営業売上的にも最終的には旅客の方が上回ることとなりました。
 この鉄道の経営が危機に至ったのは、実は石油工業の発展という意外なところからでした。石油精製の副産物
として硫黄が大量に発生し、石油元売り各社はそれを硫黄資源として安価に販売。鉱山から硫黄を掘り出すという
産出方法自体がたちまちのうちに時代遅れとなってしまったのです。鉄道は観光開発による旅客輸送に希望を託す
ような形になりましたが、結局は1968(昭和43)年に営業を休止、翌年に正式に廃止となってしまいました。
 この鉄道の運行の特徴は、末期まで機関車牽引の貨客混合列車が主力であったことで、いわゆる気動車としては
長年2軸単車のガソ101の1両が予備車的に活躍した程度でした。最末期に他の鉄道からの譲渡車を複数受け入れて
いますが、その活躍期間はなんと半年程度ということで、いかに突然の運行休止であったかが伝わります。
 本書では、豊富な一次資料と複数名・複数回に及ぶ現地訪問を集大成したもので、歴史的経緯、各駅の紹介、
55年におよぶ生涯での全車両の解説などから構成されます。同鉄道に関しては本書によって概要をすべて理解できる
と言っても過言ではないでしょう。
2,310円
京王線14m車の時代 / グリーン車の時代

シリーズ39巻目は、RMライブラリー第111巻「京王線14m車の時代」、第163巻「京王線グリーン車の時代
(共に鈴木 洋 著)」を復刻いたします。
京王線は元は軌道法に基づいて建設された経緯もあり(新宿駅付近の併用軌道を行く情景も本書では多数収録)、
比較的小型の電車が主力を務めていました。本書前半で取り上げる14m車は、系譜としては当初子会社の玉南
電気鉄道(府中~東八王子間)が開業時1925年に用意した1形(後の2000形)に始まり、両社の合併後、京王
側にも多数が投入された2000番代の車両およそ70両のグループとなり、その最終増備は1940年でした。大戦
中に比較的多数の車両が戦災・火災に遭いましたが、戦後にそのすべてが復旧され、大きく姿を変えたものも
あり興味が尽きません。後年は戦後に誕生した大型車(16~17m車)の間に挟まるサハ化改造を多くの車両が
受けたことで、編成美とは一味異なる趣味的面白さを醸し出した時期もありました。昇圧とATS整備という近
代化の波に押されて1969年に全車廃車となっています。

本書後半の主題は、その14m車の跡を継いだ戦後製の2600、2700、2000、2010系を主に取り上げます。思い
切って車体を大型化し、デザインや構造面でも最新のものを投入。まさに京王線近代化の礎となったグループ
です。2600系では前面3枚窓のややあか抜けないスタイルでしたが2700系からは2枚窓の湘南顔を採用。2000形
ではカルダン駆動車に発展します。これらの電車は登場時はダークグリーン、後年にライトグリーンとなり、
次世代の5000系がアイボリー色で登場後は「グリーン車」とも呼ばれて区別されていました。いずれも後継の
形式に置き換えられて1980年代までに京王線からは撤退。その後一部が伊予鉄道に譲渡され、さらにその一部が
銚子電鉄にて2連1本のみ現役を保っています。
本書の真骨頂は複雑な編成の変遷を当時の原資料を基に多数収録していることで、この時代の京王線を語る
貴重な原典と言える一冊となっています。
2,310円
有蓋ホッパ車のすべて

シリーズ38巻目は、RMライブラリー第140・141巻「有蓋ホッパ車のすべて(吉岡心平 著)」を
復刻いたします。
 ホッパ車という貨車分類は比較的新しいのですが、要は粒状または粉状の物質を、上から積み
込んで下から取り降ろす…という荷役方式を取るものです。本書では大前提としてそこに「屋根」
が付いているかどうかで大分類をしています。屋根が必要となる理由は、雨水を嫌う積荷、食品の
ように汚染を防がなければならない積荷、走行風での飛散を防ぐためというような理由もあり様々
ですが、本書ではとにかく「屋根付き=有蓋」のホッパ車の歴代全形式を紹介しています。
原書の上下2分冊は、その有蓋ホッパ車の荷役方式として「積荷を自重で落下させるか」「ホッパ体
底面に空気層を吹き込むエアスライド方式で落下させるか」でもう一段分類をしています。旧上巻
では自重落下方式での側開き式・底開き式・円筒形・箱型のホッパ車の数々を紹介。この中でメジャ
ーなのは穀類専用で円筒形ホッパ車であるホキ2200形でしょう。そして旧下巻ではエアスライド方式
ホッパ車を主に取り上げ、その積荷は主にセメントでした。決定版となるホキ5700形に至る試行錯誤
も読みどころとなります。
本書の構成は上記の通りホッパ車を大分類・中分類したうえで形式ごとに特徴・履歴・形式図・ロット
ごとの違いなどを収録したもの。定評ある著者による一連のシリーズのひとつであり、貨車ファン必携
の一冊と言っても過言ではありません。
2,310円
鹿児島交通南薩線 -南薩鉄道顛末記ー

シリーズ37巻目は、RMライブラリー第108・109巻「鹿児島交通南薩線―南薩鉄道顛末記―(髙井薫平・
田尻弘行 著)」を復刻します。 鹿児島交通という会社は、今も鹿児島県内のバスやフェリーのネットワーク
を構築している公共交通企業ですが、1984年までは非電化の鉄道事業も担っていました。鹿児島本線の伊集
院から、中心地であった加世田を経由して指宿枕崎線の枕崎までを結ぶ枕崎線が本線格で、この路線は元々
南薩鉄道という名で誕生、1964年に鹿児島交通へと社名が変更されています。1983年に豪雨にって甚大な被
害を受け、再起ならず前述の通り1984年に廃止となりました。 本書前半では主に設立から戦時期まで、後半
では戦後から廃止時期までを取り上げています。史料を駆使した沿革編、貴重な写真を多数収録した車両編・
施設編は読みごたえがあります。
3,300円
シリーズ36巻目は、RMライブラリー第147~149巻「国鉄アプト式電気機関車(小林正義 著)」を復刻いたします。
原書は上中下の三分冊でしたので、非常にボリュームのある巻となりました。
 信越本線の難所、横川~軽井沢間の碓氷峠は当時我が国唯一のアプト式として建設されましたが、その難工事も
さることながら、蒸機運転時代は速度の遅さ、輸送力の少なさ、そして煤煙による乗務員・乗客への過度の負荷など、
まさに輸送上のネックというべき箇所となっていました。それを解消すべく、幹線として初めて電化がなされ、国鉄
初の電気機関車・10000形(後のEC40形)がドイツ・アルゲマイネ社に発注され、投入されたのです。そしてその技術
を基に国産として大宮工場で製作されたのが10020形(後のED40形)。比較的小柄なこの2形式の電機が、電化初期の
碓氷峠で活躍しました。
 やがてさらなる輸送力の拡大を目指し、サンプル的にスイス・ブラウン・ボベリ社に2両だけ発注されたのが10040形
(後のED41形)。そしてそれをひな形に28両もの多数が国内メーカー各社で製造されたがED42形で、同区間用の決定版
電機として粘着運転開始の1963年まで活躍したのです。
 本書では、上記4形式の電機について、技術的な成り立ち、改造の変遷、一部形式での私鉄への譲渡例などを詳細に解説。
筆者得意のCAD作図による部材解説や全体を描いた形式図も必見の内容です。ED42は全28両について何かしらの画像が
収録されており、まさにこの時代の碓氷峠を顧みる決定版と言うことが出来るでしょう。
2,310円
戦後昭和の大阪交通局

シリーズ35巻目は、RMライブラリー第49巻「全盛期の大阪市電(宮武浩二 著)」および56巻「万博前夜の
大阪市営地下鉄(荻野 基 著)」を復刻いたします。市電と地下鉄という、大阪市交通局の二大交通事業を
まとめて総覧できる一冊となりました。
大阪市の市電は東京などに比べて公営となったのが歴史的に古く、街の発展とリンクしていたことが特徴です。
戦前期から大型ボギー車が大量に投入されるなど、商都・大阪の象徴的存在でもありましたが、第二次大戦
では空襲によって大規模に被災し、多くの廃車が発生しました。戦後の復旧と、生き残った車両の整理改番が
行われたことから、本書は主に戦後以降の車両ガイドという性質で編纂されております。新性能車3001形や
車体更新車2601形が活躍した戦後の全盛期は華やかではありましたが、あまりにも短い期間で急速に衰退し、
1969年に全線が廃止。これは全国の政令指定都市で最も早いものでありました。
市営地下鉄も、東京と違って最初から市営として戦前に第1号線(今の御堂筋線の一部)が開業したのがはじまり
です。東京よりも大型の車両で、各駅のホームは幅・長さ共に将来の発展を十分以上に考慮した非常に先進的な
設備を持っていました。こちらは戦災での被害はほとんどなく、戦後は猛烈なペースで発展していきます。車両
も第二世代、第三世代…と鋼製車体のまま進化していきますが、1970年の大阪万博に合わせて、アルミおよび
ステンレス車で御堂筋線を統一することとなり、既存の鋼製車は車齢が高いものは引退、それ以外は他の路線に
転属となりました。つまりこの万博のための一大車両増備と異動がひとつの節目となるため、本書ではその直前
まででの車両ガイドという方針で編纂されています。
本書の著者2名は共に大阪市交通局OBで、長年の交友関係から得られた黎明期などの貴重な写真・資料・証言
などを豊富に収録。今は亡き市電と、発展期の地下鉄の両方をたっぷりお楽しみいただけます。
2,310円
京成青電・赤伝ものがたり

シリーズ34巻目は、RMライブラリー第153巻「京成青電ものがたり」および154巻「京成赤電ものがたり
(共に石本祐吉 著)」を復刻いたします。 本書「青電」編では、京成電鉄黎明期の車両の解説から始まり、
昭和10年代の「京成タイプ」200・210形を経て、戦後の本格電車2100形へと至る流れを詳解。
また特急車の系譜となる1500形、1600形「開運号」も紹介しています。 後半となる「赤電」編は、1958
(昭和33)年に、京成・京急・東京都との三者乗り入れ協定に則った最初の系列・3000形から始まります。
乗り入れるための大規模な改軌工事の模様もたっぷり収録。その後3000系一族は大量に増備されましたが、
1970年代半ば以降はステンレス車が台頭し、現在は全車廃車となっています。

■京成青電ものがたり
 ・「青電」編はじめに
 1.創業初期の京成電車
 2.昭和10年代の京成電車
 3.戦後期の京成電車
 4.戦後ではなくなった時代
 5.3000形の登場と改軌工事
 6.特急車の系譜
 7.行商専用車
 8.青電その後
 ・「青電」編あとがき

■京成赤電ものがたり
 ・「赤電」編はじめに
 1.戦後の京成電車
 2.赤電前史
 3.3000形と3050形
 4.改軌工事
 5.3100形・3150形
 6.3200形・3300形
 7.赤電のメーカーと台車
 8.赤電世代の「開運」号
 9.赤電その後
 ・「赤電」編あとがき
2,310円
シリーズ33巻目は、RMライブラリー第27・28巻「国鉄冷蔵車の歴史(上・下)(共に渡辺一策 著)」です。
生鮮食品、特に鮮魚の輸送用として発展を遂げた冷蔵車。その歴史は明治時代に遡り、遠洋漁業の発展と共に
遠隔地にある港と大都市を結ぶ重要なライフラインを成していました。発展の過程では様々な試行錯誤がなされ、
氷曹の位置、有無などは歴史上たびたび揺り戻し的な動きが見られるのも興味深いところ。
そして冷蔵車の歴史に燦然と輝くのは高速貨車が用意された鮮魚輸送専用列車で、本書ではその歴史から運用、
そして終焉までを詳細に説き明かしております。 豊富な資料・図版類も収録した、冷蔵貨車の歴史全てを物語る
決定版です。
3,300円
シリーズ31巻目は、RMライブラリー第156~158巻「国鉄鋼製郵便客車(上・中・下)(共に藤田吾郎 著)を
復刻いたします。
 国鉄時代の1986年まで行われていた鉄道郵便輸送。その歴史は古く、鉄道開業・郵便事業開始とほぼ同時で
あったと言われます。今のトラック輸送と違い、車内で郵便を仕分け、途中停車駅ごとに積み下ろしするという
システマチックな輸送制度だったのです。
本書ではその鉄道郵便事業のあらましから筆を起こし、用語の解説や車内設備の解説、車内で押印された消印の
説明など、車両ガイドに留まらない内容を含めました。車両ガイド自体はタイトル通り、車体が鋼製になった以後
の車両に焦点を当てており、その歴史はオハ31系のスユ30形に始まります。その後、スハ32系、オハ35系、スハ
43系などに属する郵便客車と系譜がつながり、戦後の一時期には戦災復旧車の70系も陣容に加わりました。
オユ10形に始まる軽量客車のグループは、仕様などの違いで多形式・多バリエーションとなっており、それが一望
できる本書はまさに待望の一冊と言えるでしょう。

2,200円
横浜市電

シリーズ31巻目は、RMライブラリー第119・120巻「横浜市電(上・下)」(共に岡田誠一・澤内一晃 著)を復刻いたします。
かつて横浜市中心部に一大路線網を構築していた横浜市電。関東大震災、第二次大戦で2度も壊滅的な打撃を受け、その影響で
近代化が遅れていたところに自動車交通との競争にさらされ、抜本的な改良などに至ることなく1972年に全線廃止となって
しまいました。本書は時代ごとにすべての形式を取り上げる「車両史」という性質を強く打ち出しており、「開業時から市営
初期までの車両」「市営後から終戦までの車両」「終戦後の車両」「横浜市交通局として登場した車両」という章立てで体系
立った解説を掲載。戦前期の大変貴重な写真も多数収録されているほか、混乱期の「バラック電車」の写真・図面なども収録。
諸元表や年表といった資料類も充実です。

・巻頭グラフ
・はじめに
・ハマの街に路面電車が登場
・横浜市電機局の誕生
・創業時から市営初期までの車輌
・関東大震災と復興事業
・財政難による事業の停滞
・焦土と化した横浜
・市営後から終戦までの車輌の動き
・横浜市電諸元表
・68年間を駆け抜けたハマの路面電車
・戦時中の状況
・終戦後の軍事接収と混乱
・横浜市交通局としての再出発
・改番の実施とビューゲルへの交換
・単車の整理と各種改造
・最盛期を迎えた横浜市電
・ワンマン運転そして全廃
・横浜市電保存館
・横浜市電諸元表
・路線開業年表
・おわりに

おすすめの購読プラン

商品情報・内容

既に290号を超える長い歴史の「RM LIBRARY」から、過去の傑作巻を2~3冊分まとめて復刻しております。 ★Fujisan.co.jp定期購読限定特典:毎号ここでしか手に入らないポストカード付き★

RM Re-Library(RMリライブラリー)の所属カテゴリ一覧

Fujisan.co.jpとは?

株式会社富士山マガジンサービスが運営する、
日本最大級の雑誌オンライン書店です。
一般的な書店と異なり、
定期購読サービスに特化しています。

雑誌、新聞、シリーズ書籍、漫画や
本屋にも無い古い本も見つかる!

法人サービスはこちら >
  • タイトル1万以上

    タイトル1万以上

    豊富なラインナップで
    書店に並ばない本とも出会える

  • 試し読み

    試し読み

    バックナンバー1冊まるごと試し読み
    したり、最新号も試し読みできる

  • タダ読み

    タダ読み

    5,000冊以上の雑誌が
    無料で読み放題

  • 500円OFF

    500円OFF

    普段読んでいる雑誌のレビュー投稿で
    500円割ギフト券をプレゼント

  • 事前予約

    事前予約

    気になる本は
    発売日前から事前予約可能

  • 割引や特典付き

    割引や特典付き

    定期購読なら
    お得に本が読めて
    送料無料の雑誌も!

デジタル雑誌をご利用なら

最新号〜バックナンバーまで7000冊以上の雑誌
(電子書籍)が無料で読み放題!
タダ読みサービスを楽しもう!

総合案内
マイページ
マイライブラリ
アフィリエイト
採用情報
プレスリリース
お問い合わせ
©︎2002 FUJISAN MAGAZINE SERVICE CO., Ltd.